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西へ

「……なんだありゃあ。バケモンだろ」


 中央都市から少し離れた街のとある宿屋。そこの一室で、赤毛の悪魔が頭を抱えていた。


「やっほー。どしたのヴィゴラス? 信じられないもの見ちゃったような顔して」


 ノックもなくドアが開かれ、桃色の髪の少女が現れる。


「……見ちまったんだよ。信じられないものを」

「ふーん? それ、<遠見の水晶>でしょ? どこ見てんの?」

「メルヴィナおまえ、所属違うだろ……ま、いいか。俺らは今、中央都市を支配しようと作戦を実行中だったんだがな……」

「うんうん」

「隊長がやられた」

「うそお!? あの悪魔ひとすっごく強いのに!? あそこの使徒はみんな東に行ってるんでしょ? いったい誰に――」

「それがいたんだよ、使徒が。ったのはアルフレッド・ヴェノマイザー。南の街からやってきた使徒らしい」

「それって、ウチの団長も興味津々だっていうイニシエーター? 見たい見たい!」

「……ほれ」

「……え、この子? どう見ても可愛い女の子なんだけど。こりゃ団長が放っておかないね」

「見た目はな。間違っても戦おうとするなよ。俺とお前の二人でかかっても無理だ」

「ふーん、この子がねえ……。もし、なんとかしてこっちに引き込めたら大手柄だよね」

「まあな…………おい、まさか誘惑とかしようなんて考えてないよな?」

「やだなあ、そんなこと考えてないよー」

「だよな。さて、どう団長に報告したもんか……」


 そう言って赤毛の悪魔――ヴィゴラスはうんうん唸り始める。隣でメルヴィナがじっと水晶を見つめていることには気付かなかった。


「…………」

「アルフレッド様あああーっ!」


 何もないはずの虚空を眺めていたアルフレッドに、メアリーが抱きついた。涙で顔をくしゃくしゃにしながら額を擦りつける。


「……どうした」

「うう……、アルフレッド様が生きててよかったです……!」

「……イニシエーターが不死だというのは知らなかったのか?」

「知っていましたけど……。でも、アルフレッド様が倒れたのを見た時、きゅうっと胸が締め付けられる感じがして、頭が真っ白になってしまったんです……」

「……そうか。怖ろしい目にあわせてしまったな」

「……へ?」

「すまなかった」

「……アルフレッド様って、そういうのは鈍いんですね。マリー姉様の苦労がわかった気がします」

「……?」

「なんでもないです。それより、怪我の手当てをしないと!」

「必要ない」

「必要ないって、そんなに血も流れ、て――――」


 メアリーは言葉を失った。辺りに飛び散ったおびただしい血が、まるで時間が巻き戻るかのようにアルフレッドのもとに集まり、吸い込まれていくのを見たからだ。それとともに体中に刻まれた傷もふさがって元通りになっていく。

 唖然とするメアリーを置いてアルフレッドは斬り飛ばされた腕のもとに向かった。無造作にそれを拾い上げると、傷口に押し当てる。手を放した時には、腕は繋がっていた。


「言ったろう。必要ないと」

「す、すごいんですね、イニシエーターって」

「いくら再生するからといって、痛みがないわけではないがな」


 そう言ってアルフレッドは下を見下ろし、そこに見知った顔を見つけた。


「レオナか。脱出は上手くいったようだな」

「あっ! リリーお姉様! 無事でよかった……!」


 二人が地上に降りると、三人の男女が近づいてきた。


「お久しぶりですアルフレッド様。要請を聞き入れてくださり感謝申し上げます」


 銀髪碧眼、長身の美女が丁寧に一礼した。


「気にするな。自分で決めたことだ」

「いえ、中央都市のギルドマスターとして礼をしないわけにはまいりません。それに――」


 そこでレオナはちらりと視線を移す。その先には再開を喜び合う姉妹の姿があった。


「レオナの言う通りだ。この都市を、何より民を救ってくれたこと、王として礼を言う」


 次いで、レオナの後ろから金髪の美丈夫が話しかけてきた。


「……王、か」

「ジグムント・カインドラ三世だ。会うのはこれが初めてだな」

「……なぜ目を逸らす」

「……いや、ジークから話を聞いて、男だとわかっているつもりではあるんだが……つい反射的にな」


 今のアルフレッドは上半身を中心に服が破れ、ほとんど半裸であった。中性的、と言えなくもないが、どちらかと言えば少女に見える彼を前に、その反応は正しいと言えた。


「……誰も彼も俺をそのような目で見るな」

「……すまない」

「いや、かまわん。……あながち間違いとも言えんしな」

「なに? それはどういう――」

「陛下、横から失礼します! ですがどうしても彼にお礼を言わせてください!」


 最後に話しかけてきたのはメアリーとマリーの姉リリーだった。


「アルフレッド様、妹を助けてくださって本当にありがとうございます!」

「気にするな。マリーにも頼まれていたことだ」

「いえいえ。あの子も元気でやってるみたいだし、姉として、そして中央都市の受付嬢として誇らしいです」

「あ、いた! アルフレッドさーん!」


 そこまで話した時、聞き覚えのある声がした。見ると、セーラ、レヴィア、ティーダ、シグルムの四人がこちらへ向かってきていた。


「あれはお前の仲間か? アルフレッド」

「そうだ。見たところ、こことは別の場所で悪魔と戦っていたらしい」

「なら、彼らも恩人だな。みな城に招待しよう。そこで今回の件についての全貌を話す」






「さて、必要ないかもしれないが改めて自己紹介しよう。ジグムント・カインドラ三世だ。多くの民を救ってくれたこと、重ねて感謝する」


 玉座に座ったジグムントを、セーラは緊張の面持ちで見つめていた。

 一介の冒険者に過ぎない自分がこんな場に呼ばれるなんて、何かの間違いではないか。

 彼女はそう思ったが、何も言わず黙っていた。王が話しているのに口を挟む勇気がなかったからだ。

 それにしても、若い。年は二十と一つだそうだ。先代の王が病により早くに没したため、十五にして王位を継いだのだという。


「レオナと申します。元近衛兵長でしたが、今はこの中央都市のギルドマスターをしています」


 中央都市のギルドマスター。それはつまり、この世界の全ギルドの総帥ということと同義であるということ。冒険者に限れば王よりも影響力を持つ人物である。容姿端麗かつ才色兼備、まさに非の打ち所のない才女と言うべきか。


「リリー・セントレアです。中央都市のギルドで受付嬢をさせていただいています」


 そして、メアリーとマリーの姉リリー。マリーの話の通り、利発で快活な笑みを浮かべる彼女は、異性からも同性からも憧れの的なのだそうだ。かく言うマリーも、そんな姉を誇りに思いつつ、受付嬢の手本として彼女のようになれるよう日々研鑽を積んでいるという。


「では僭越ながら、わたしレオナが今回の経緯を説明させていただきたいと思います。始まりは今から三日ほど前、東の平原に悪魔の軍勢が現れたという知らせがきっかけでした。その報告を受け、この中央都市を拠点とするイニシエーター、アリア・メイルシュトローム、クレア・ヴァルガンド、そして、ジーク・ヴァーミリオンの三名はその日のうちに出発しました。イニシエーターが全員不在というのは不安ではありましたが、その穴も残った冒険者のみなさんで埋められるはずでした。ですが、いつの間にか民や衛兵、果ては王の側近の中にも悪魔と入れ替わる者が現れ、気がついた時には既に遅く……。さらに、西の大森林にゴブリンの大軍までもが出現したと聞き、我々だけでは事態の収拾は不可能と判断したわたしはアルフレッド様に救援を求めるべく、極秘に書簡を届けさせたのです。アルフレッド様の助けがなければ今頃この都市は敵の手に落ちていたでしょう。民の混乱も今はひとまず落ち着きを見せ始めています」

「……そうか」

「西の異変については、こちらで人員を手配することも可能ですが……」

「いや、俺たちが行く。ゴブリンと因縁のある者もいるしな」

「……そうですか。くれぐれもお気をつけて。何か必要なものがあればできる限り用意しましょう」

「休んでいかなくていいのか? 部屋なら貸すぞ?」

「いや、すぐに出発する。なるべく急いだ方がいいだろう」

「そうか。帰りはまたここに寄ってくれ。宴を開いてもてなそう」

「……わかった」


 そして、一行は西へ向かうべく、都市を出る。メアリー、リリー、レオナが見送りについてきた。


「アルフレッド様……ぜったいに戻ってきてくださいね。約束ですよ?」

「メアリーを助けていただき、本当にありがとうございました。吉報をお待ちしています!」

「ご武運を。みなさんの無事を祈っています」


 三人に見送られ、一行は馬を走らせる。目指すは西の街。


「ふむ、アルフレッド殿。もうしばらく行ってから、本日は野営と参りましょうか」


 馬を操るシグルムが、空を見上げてそう言った。時刻は夕暮れ。彼方に日が沈もうとしていた。


「そうだな。野営にするか」

「ふふ、都市で食料も補給できましたし、張り切って腕を振るわせていただきますね」

「やったあ! 今日は何かな~」

「わたしもお手伝いしますね」

「わたしの故郷では取ってきたものはほぼそのまま食べていたので、料理などする機会はなかったのですが、食材を捌くお手伝いくらいはできそうですね」


 馬から降りて火を起こし、六人で火を囲んで飯を食う。その後は各自の身の上話や他愛もない話で大いに盛り上がり、こうして夜は更けていった。空にはいくつも星が瞬き、一行を見下ろしていた。

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