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第1話 きれいな鏡

「なあ、翔吾。俺の家でバースデイ・パーティーがあるんだ。」


これまでの翔吾の人生で、何かの始りはすべて流一が持ってきた。


翔吾にとっての流一とは、幼い頃からの親友であり、翔吾がこの世の中でもっとも尊敬する人物のうちの一人なのだ。


流一を一言で表現するならば、それは「天才」。


その知能、その財力、その人望、すべてがエリートだった。


そんな流一とずっと親友でいられることが翔吾の誇りでもある反面、天才と過ごし、天才と共に成長した自分が、「何をみても流一を基準においてしまう」という翔吾の弱点を生み出してしまったことを災難にも思っていた。


その天才を見続けた目で自分の姿を見ると、翔吾は自分が情けなく思えてもくる。


「もちろん来てくれるよな。鏡子も誘ったからさ。」


携帯電話特有のノイズが混ざった音声で、流一はそう伝えた。


翔吾に弱点を与えたもう一人の人物は、この雨宮鏡子。


雨宮流一の親戚にして、流一に引けをとらないほどの天才。


翔吾がどんな才能を手に入れたところで、この二人はその才能を生まれたときから標準装備しているのだと、諦めに似た感情を翔吾は常に持っている。


ただ、そんな二人のそばにいる事は翔吾にとって幸せだった。


嫌だと思った事は一度だってない。


「ああ、もちろんだ。」


翔吾はすぐに返事をした。





もう一人の天才、雨宮鏡子は高校入学前に引っ越してきた。


ふらっと、どこかに居なくなっていた時期もあったが、この時期になってようやく落ち着いたようだった。


雨宮の一族。


翔吾に詳細は知らされていなかったが、いろいろあるようだ。


新学期が始った時。


晴れて高校生になった喜びよりも、また3人で過ごせる喜びの方が大きかった。


「よう。」


雨宮鏡子は綺麗な顔をしている。


どうやら神は天才がお気に入りらしい。


「あ、ひさしぶりです。翔吾くん。」


鏡子は昔から、劇団に身を置いていた。


その端整な顔立ちや、大人顔負けの演技力から、幼い頃の鏡子は周りの大人たちから「神をも騙す名女優」やら「億の仮面」やらと呼ばれていたのを思い出す。


「元気そうでなによりですね。昔からずっと病院にいた翔吾くんだから、またどこか怪我してないか心配でした。」


「あー、心配かけた…」


「あはは。心配するのが私の趣味です。」


鏡子はそう言って翔吾に微笑んだ。





高校にも慣れてきた頃だった。


「翔吾くんは流一くんと仲がいいですよねー?」


数学のレポートを図書館で書いてる時に、鏡子がそんな事を聞いた。


「そうだな、なんだかんだ言っていっつも一緒にいるしな。」


それを聞くと鏡子は目を細めてくすくす笑い出した。


「はは〜ん、さてはデキてます?」


「なっ!?」


「だめですね。非常に良くないです。不謹慎です。汚らわしいです。」


腕組みをした鏡子がそんな台詞を吐き捨てた。


「なんでそうゆう発想になるんだよ!」


「私だって人間です。人間は想像力豊かな生物なのです。自然の摂理ですから抗えませんねー。困った困った。」


鏡子は暇さえ見つけては翔吾の事をよくからかった。


翔吾から見て鏡子は、人をからかう天才でもあった。


非常にたちが悪い。


けど他人がそばにいるときの鏡子は振る舞いが違った。






「雨宮さん、今暇?少しだけ話を聞いて欲しいんだけど…」


クラスの友達から相談を受ける鏡子。


そんな雨宮相談室を遠くから見ていた流一が呟いた。


「わからんな。なんで女は飽きもせずに恋愛の話だけを延々と続けられるんだ。」


ここ数日は恋愛相談が後を絶たないようだ。


鏡子が言うには、恋愛にはブームがあって、どこかでその手の話があがると、今まで隠れて行われてきた恋愛話が連鎖的に表立つらしい。


「だからね、佐伯さんの場合は…」


鏡子も鏡子で、流一だったら一切興味がないような話をすべて真剣に聞いている。


真剣に聞いたうえで、細かいアドバイスまでしているらしい。


「あれは、演技指導だな。」


呆れた口調で流一がそう結論づけた。


「演技?」


「そうだ、恋愛がうまくいくかなんて、結局は相手をどう説得するかに近い事柄だからな。あいつの領域だろう。」


天才の説明は凡人には判りにくい。


「つまりだな、あいつは恋愛を一つのドラマとして考えてるんだ。そのドラマがハッピーエンドになるまで頭の中でシミュレーションして、一番良かった結果を現実に引き起こそうとしてるんだよ。」


「どうやって?」


流一は遠くから鏡子を指差す。


「あーやって。」


そんな事を話している間に、恋愛相談は終わったようだ。


「すっごく参考になりました。ありがとうございます、雨宮さん。」


相談を終えたクラスメイトは、まるで自分にとっての教祖がそこにいるかのような振る舞いだった。


「俺らと喋るときの鏡子ってあんな感じじゃないだろ?台詞一つひとつも演技してるんだろうよ。」


確かに、翔吾の記憶にいる鏡子はあんな感じではない。


喋り方だけではなく、雰囲気も。


まるで、自分の知らない誰かがクラスメイトの相談を受けているような雰囲気なのだ。


「なーにこそこそ話してるのかな?私も混ぜてほしいなー。」


わざとらしい声がふいに響く。


目の前には、翔吾の記憶と一致する雨宮鏡子が立っていた。

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