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第9話 チェックアウト

 眠りから覚めたとき、見慣れない天井を目にし、一瞬ここがどこだかわからなかった。

 そして上半身を持ち上げ、すぐに安モーテルだと理解する。


 神の世界にお邪魔して、2日目の朝だ。異常な体験が悪夢でなかったことに落胆する。


 俺は立ち上がり、大きく伸びをした。床の上で寝ていたため、身体が痛い。


 マルナはまだ寝ていた。

 最後に目にしたときはシーツをかけていたが、それは取り払われ、大股を開いて全裸を晒している。

 口は大きく開かれ、よだれが垂れていた。ウェーブがかかった金色の髪はボサボサだ。これは常にだが。


 なんて酷い姿だろう。


「おい、起きろ!」


 俺はマルナの肩に手をかけ、身体を揺すった。


 マルナはうんうんと唸り、しばらくむずがったが、やがて目をゆっくりと開く。


「あれ……ここ、どこ?」


 俺と同じく、マルナもまた軽い〝現実逃避″を起こしていた。


「モーテルだよ。俺がわかるか?」


 マルナはだるそうに身体を起こし、ベッドの上で胡坐をかく。

 2つの目をパチパチと開閉させ、大きなあくびをした。


「ソージローね」


「その通り」

 

 追記すれば、神に殺され、別の神どもに追われている、哀れな子羊の総二郎だ。


「チェックアウトするぞ。お願いだから服を着てくれ」


 俺はサイドテーブルに置いた部屋の鍵を取り、温水パネルヒーターにかけておいたローブを投げつけた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 受付には他の客の列ができていた。

 旅行客のグループだろうか。5人の〝異形″は、みなスーツケースを手にしている。


「――それでな、こっからが大変だったんだ。俺はすげぇキレイなエルフの子とイイ感じになってたのよ。そしたら突然、転生者の奴が現れて『ボクの女に手を出すな~』ってキレだしたわけ」


 旅行客のひとりが、大げさなジェスチャーで話している。

 種類はわからないが、エビに似た男だ。たぶん甲殻類のなかでは二枚目なのだろう。

 

 男の話を3人が聞いている。二足歩行をするタコ、カエル、金魚の3人だ。

 金魚はワンピースを着ているので、女性だと思う。左右に飛び出した大きな目を煌めかせ、話に集中していた。


 5人目は後ろから見る限り、チーターかなにかだ。金と黒の縞々が美しい。彼あるいは彼女は、受付でルルとチェックアウトの手続きをしている。


 こいつらは、いったい何の神だろう?


「俺もよ、最初は穏便に済ませようと思ったんだぜ? だって転生者の勇者だしな。怒らせたらやべぇ。だけどよ、俺たちのことを汚らわしいモンスターだなんて言うからよ……」


「あぁ、あれには俺もムカついたぜ!」


 長い舌をシャッと出し、カエルが同調した。


「だよなぁ! 俺も酒が入ってたからよ、カッとなって転生者をぶん殴っちまったんだ」


「マぁジかよ!? いねぇと思ったら、おまえらそんなことしてたのか?」


 チーターが振り向き、正気を疑った顔をした。このなかじゃ一番のハンサムだった。


「それでそれで?」


 金魚がぐいと迫り、エビに続きを促す。


「殴った瞬間、『やべぇ!』と思ったんだ。っていうか、死んじまったと思ったぜ。相手は転生者だからよ」


 ここからが傑作だとばかりに、エビはくつくつと笑った。


「でもよぉ、勇者様は一発でノビちまったの! 俺のパンチでだぞ? なぁにがイレギュラーだ。神様なめやがって!」


 ぎゃははは、と5人は大笑いした。


「まぁ……すぐに旅行会社のやつらがすっとんできて、こいつと一緒に世界から退去させられたんだけどな。罰金も、それはスゲー取られたぜ。しかもよ、あとでネットでニュースを見たら、あの世界で俺、勇者をぶちのめした覇王とかになってたんだ」


 エビはカエルの肩を叩くと、「やってられないぜ」と首を振った。そこでまた5人は大笑いしだした。 


「ギヒヒ。頭、どうかしてるぜ、おまえ」


 タコが自分の腹を押さえてのけ反る。笑いに合わせて、頭部から生える8本の触手が震えた。


「あのー……他のお客様も待ってるんで」


 受付のルルが上目遣いで5人に話しかけた。「おぉ、悪い悪い」とチーターが向き直る。


 やれやれ、チェックアウトにいつまでかかるのやら。


 列に並ぶ俺に対し、マルナはソファに座って新聞を読んでいる。真面目なところもあるもんだと思っていたら、スポーツ新聞だった。


「結局、女はゲットできたのかよ?」


「いやぁ、今回のツアーは不作だったな。あの旅行会社はダメだ」


 エビとタコはおしゃべりを続けていた。チーターのチェックアウトが終わり、次はカエルの番だった。


 背後でドアが開く音がした。

 後ろを振り向くと、ビジネススーツを着た羊が現れる。俺と目が合うと、羊は軽く会釈をした。


「今度はグルメツアーにしようよ。あまりに美味しすぎて、食べた人が死んじゃう料理を作る転生者がいるんだって」


「そりゃあ、いいな。ウマい魚料理が食べたいぜ」


 エビがカウンターに移動し、金魚とタコが次の旅行についての打ち合わせを始めた。


 またドアが開く音がした。

 

 俺は振り返り、すぐに顔の向きを元に戻す。



 入ってきたのはロングコートを着た2人だ。――ガスマスクを装着した。



 2人は列を無視して受付へ向かい、カウンターに腕を置いて占領する。

 

「おいっ、順番を――」


 エビが抗議しようとしたが、ガスマスクの男のひとりが胸からバッジのようなものを取り出し、彼の顔の前に突き出す。


 甲殻類のイケメンはそれだけで沈黙し、カウンターから後ずさった。


「い、委員会じゃん……」


 金魚が怯えた声を漏らした。


 俺は混乱した。


 俺たちの居場所がバレたのか? おそらく違うだろう。


 奴らは宿泊施設をしらみつぶしに当たっているのではないか。確信があるのなら、もっと大人数を用意するはずだ。


「宿泊客に、この女と男を見かけたか? 女は神、男は転生者だ」


 エビに対応したのとは別の男が、2枚の写真を取り出してカウンターに置き、ルルに質問する。


 予想通り、ガスマスクの男たちは聞き込みを始めた。


 奴らは俺とマルナの居場所を知らないのだ。まさか同じ部屋にいるとは。


 どうする? すぐに逃げるか? マルナにはどう合図する?


 マルナの方をちらりと見ると、奴は新聞を顔の前まで持ち上げていた。やめろ。怪しすぎる。


「はぁ……どっちも見たことないっすねぇ」


 写真を手に取り、ルルが顔をしかめて言った。


 なぜだろう。どんな写真かは知らないが、昨晩チェックインした俺たちだとわかるだろうに、ルルはしらを切った。


「そうか。こいつらを見かけたら連絡しろ」


 ガスマスクの男はルルから写真を受け取り、顎をしゃくってもうひとりに合図した。


 そうだ。ここにはお目当ての獲物なんかいない。行け。


 男たちがカウンターから離れる。俺は顔をさりげなく伏せ、目立たないように小さくなろうとした。


 行け。行っちまえ!


「いったい何事でしょうなぁ」


 緊張を和らげるためか、まずいことに、後ろにいた羊が困惑した声で話しかけてきた。


 やめろやめろやめろ! 今は俺に話しかけるな!


 列の横を通る男たちがこちらを見た気がした。


 

 死の使いが立ち止まる。一秒、二秒……。



「奴だ!」


 男のひとりがロングコートに手を突っ込みながら叫ぶ。


 男の手がコートから抜き出されると、そこにはサプレッサーを装着した自動拳銃が握られていた。

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