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第8話 なぜ神は人を異世界に送るのか?

 マルナが先にシャワーを浴び、俺も汚れを落とした頃、ルルがサンドウィッチと水の入ったペットボトルをを持ってきてくれた。

 なんと無料のサービスだった。


「何かあったら、いつでも呼んでくださいっす。夜は長いんで、待ってるっすよ」


 ハンチング帽の似合うサキュバスはそう言って意味深な笑みを浮かべ、部屋を出ていく。


 ルルは、死んでから作った俺の「まともな人」ランキングの1位に輝いた。2位以下は存在しない。


「ねぇ、冷蔵庫からビールとって」


 俺の「おかしな人」ランキングの1位が、ベッドに寝転びながらほざいた。2位はベルベット。3位から30位ぐらいは、ガスマスクの男たちだ。


 マルナはいま服を着ておらず、ベッドの上で生まれたままの姿になっている。奴のローブは浴槽のお湯に浸けて軽く洗い、温水パネルヒーターにかけておいた。明日には乾いているだろう。


 俺も高校の制服とその下のワイシャツを洗ったが、Tシャツとパンツは身に着けている。


 バスローブぐらい羽織ってくれと頼んだが、俺の願いを神は無視した。かったるいそうだ。

 そもそも下着も穿かない奴である。ヌーディストビーチを好む人間がいるように、マルナもそういう性質(タチ)なのだろう。


 美少女だからセクハラにならないのはズルい話だ。もし逆なら、俺はすぐさま警察のお世話になる。


「ふざけんな。無料(タダ)じゃないんだぞ」


 俺が拒否すると、マルナは「ケチぃ~」と唇を尖らせてぶーたれた。


 ホテルの隅にはミニ冷蔵庫が設置されている。さまざまな種類の飲み物が用意されているが、もちろん有料だ。こんなことに金を使う余裕はない。といっても残金は僅かなのだが……。


「だいたい、おまえいくつなんだ?」


「さぁ? 1000からあとは数えてないよ」


 ……恐ろしい話だ。いろいろな意味で。


「なぁ、聞いてもいいか? 異世界管理委員会についてだ」


 俺は話題を変え、壁に立てかけられた粗末な椅子に座った。


「なんよ?」


 天井のシミをじっと見つめたままマルナが気だるげに答えた。


「どうして、委員会とやら……いや神か? 奴らは人を異世界に送るんだ? 遊びでやってるのか?」


 神々の遊び。商業区の様子を見ていると、そう思えた。


「あぁ、番組のこと? あれは副産物みたいなもんだよ。理由は別にあるの」


 「悪趣味だよねぇ」とつぶやき、マルナは(わら)った。笑うか、怒るか、泣くかの3パターンしかないと思ったが、彼女のそんな表情は初めて見た。


「神が人を異世界に送るのは、簡単に言うと、宇宙のバランスを保つためなの。無限に近い数の異世界を抱える宇宙のね」


 寝転がったマルナが両手を突き出し、左右に広げた。


「どこの世界にもね、『イレギュラー』ってのが存在するんだよね。イレギュラーは、世界を崩壊させる――神に匹敵する力をもってるの」


 「あんたは違うよ」と、マルナは付け加えた。


「世界が壊れるのを神様たちは良しとしない。それじゃあ、イレギュラーをどうしようかって、神様たちは考えたの。そして、イレギュラーをそいつが住んでいる世界とは別の世界……『異世界』に送れば良いんじゃないか、ってなったわけ」


「えぇ? それは問題の先送りでは?」


「まぁ、聞いてよ。イレギュラーってのは厄介でさ、すんごい力を持ってるのに、自分では気づいてないの。もっと厄介なのは、どうしてだか知らないけど、イレギュラーは周囲の人間から拒絶されていることが多いの。つまり仲間とか友達に、イジメられてるとか、無能扱いされてハブにされてるってことね。陰キャ、って言ったらわかる?」


「あぁ、リア充の反対だな」


 ラノベや漫画でよく聞く話だ。


 私見だが、ラノベや漫画の主人公は、「人生と友人に恵まれている人間」よりも、「世界のスポットライトから外れた人間」の方が多い気がする。もちろん、作家の数ほどパターンがあるが。


 ダメな人間でお話を作るのは簡単である。ゼロから要素を詰め込めばいいからだ。新しい能力、新しいヒロイン、新しい仲間、新しい世界……。


 そして読者は、主人公が〝成り上がる″のが好きだ。


 人生が本当に成功した人間は少ない。読者が共感できるのは、失敗続きの人間なのだ。自分と同じ。


「不満をためこんだイレギュラーは、いつか爆発する。突然、無差別殺人を引き起こす奴みたいにね。そして、そのとき力が覚醒する。そうなると、世界はサヨナラってわけ。宇宙には、そんな時限式の世界破壊爆弾を抱えている奴がゴロゴロいんのよ」


「だけど?」


「だけど、イレギュラーを異世界に送れば、そんな心配はなくなる。イレギュラーに何かしら力を与えて、適切な異世界に送ればね。力っていうのは、何でも良いのよ。超人的な身体能力でも良いし、画期的な武器を開発する知能でも良いし、魔法みたいな超常的な能力でも良いしね」


 マルナは天井に向けた両手の拳を握り込み、「でも」と続けた。


「人に力を与えるには、一度肉体の構成をゼロにしないといけないの。ブランク体、霊体、いろいろ呼び方はあるけど、ようは魂の状態ね。だから神様は、イレギュラーを一度殺すの」


「トラックをぶつけて?」


 俺が言うと、マルナは「ふふふっ」と笑みを零した。


「それは、あたしの趣味。死ねば何でも良いよ。それでイレギュラーの力も消えてくれたら万々歳なんだけど……面倒なことに、魂の状態でも世界を崩壊させることができるんだなぁコレが」


 素晴らしい。俺は趣味で殺されたわけだ。

 不満を言いたいところだが、今は話を聞こう。


「イレギュラーに力を与えて異世界に送ると、どうして問題が解決するのか。それは、イレギュラーの人間性を考えればわかるよ。神が授けた力をイレギュラーが異世界で使うと、どうなると思う?」


 俺は少し考えた。


「異世界の人はびっくりするだろうな」


「それから?」


「それから? うーん……ラノベとかだと、異世界に転生した奴は、力を使って強力なモンスターを倒したり、問題を解決したりして、ヒロインや仲間から尊敬されるが……」


「うん。カワイイ女の子たちはもちろん、街の人や国の偉い人もチヤホヤしてくれるよね? 『すごーい』とか『さすがです』って」


 ……そして主人公はハーレムを作る。めでたし、めでたし。


 なるほど、読めたぞ。


「そうか。世界に拒絶されていたイレギュラーの不満が解消されるわけだな」


 俺が答えると、マルナは手を打ち合わせ、こちらを指さしてきた。

 

「そっ、イレギュラーが〝現状″に満足すれば、不満が爆発することなんて起きないよね。黙示録のラッパは吹かれない。まぁ異世界でも不満が出ないように、神様はいろいろサポートしないといけないんだけどさ」


 随分と遠回りな話だ。俺はもっと簡単な〝解決方法″を思いついて口にした。


「そんな危険な奴らなら、世界を崩壊させる力ごと始末するとか、封印する方法を探した方が良いんじゃないのか?」


「そだね。異世界管理員会には、研究部ってのがあって、そこで探してると思うよ」


 いろいろな部があるんだな。ベルベットは査察部だったか。


「でもね、イレギュラーを異世界に送るメリットは、宇宙のバランスを保つだけじゃないの。世界には神と直接コンタクトを取れる接触者(コンタクター)ってのがいて、神がイレギュラーを送った見返りとして、そいつらからエネルギーや便利な技術を提供してもらうんだ。基本的にイレギュラーは、異世界を平和にすることはあっても、破壊することはしないの。異世界側にもメリットがあるわけ」


 マルナは「宇宙の平和を守るお仕事は、慈善事業じゃないのよ~」と続けた。


 ――神の力は万能だが、有限なのだ。


 俺はベルベットの言葉を思い出した。


「その接触者(コンタクター)とやらは、イレギュラーと神様のからくりを知ってるわけか」


「うん。それ以外は、自分の世界に平和をもたらしたのは、イレギュラー様のおかげだと思ってるけどね。半分は本当のことだし」


「なるほどな」


 なかなか神の仕事も大変なようだ。すると、非常に大きな疑問が湧いてくる。


「なぁ……どうして、そんな大変な仕事なのに、おまえはちゃんとやらないんだ?」


 これは世界が崩壊しかねない重大な問題だ。

 仕事の遂行には、核ミサイルのボタンなみに慎重を期す必要がある。


 ところが、マルナの答えはあまりにぞんざいだった。


「……べつに? ただ、めんどいからだよ」


 投げやりに答えるマルナの声には、「それでこの話は終わりだ」という響きがあった。


 明らかに「べつに」という雰囲気じゃないが、話したくないのなら仕方がない。


 それからマルナは何かを思案するように、天井を見つめる目を細めた。


「……あたしのこと怒ってる? あんたを殺したこと。イレギュラーでも何でもないのに……」


 いきなりどうしたのだろうか。


「怒っていると言えば怒っているが……まぁ、今は『起きたことはしょうがない』って気持ちだな」


 本心だった。

 終わったこと――殺されたというのは結構大事だけど――をグチグチ責めるのは趣味じゃない。


「そっか」


 マルナは小さく息を吐き、ゴロンと寝転んで背中をこちらに向ける。


「ねぇ、これからいろいろあるだろうけど……あたしの力は期待しないで」


 白い背中ごしにマルナは言った。

 

「……あたしはダメな神様だから」


 俺がいる場所からは、マルナがどんな表情を浮かべているのかわからなかった。


 馬鹿なことばかり言うが、笑顔のカワイイ神様は、いったいどんな顔をしているのだろう?




「安心しろ、マル子。最初から期待なんかしてないさ」


 俺はそう冗談混じりに言うしかなかった。

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