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第6話 異世界の人々は神の娯楽でしかない

 暗黒のなか、世界が回転する。俺の身体も回転する。

 

 どちらが上でどちらが下かわからない。


 座席が回転するタイプのジェットコースターに乗っている気分だった。命綱となる安全バーが無いため、恐怖が倍増する。どこかへ飛んでいってしまいそうだった。


 暗闇と回転だけが支配する世界が終わったのは、突然だった。


 浮遊感が消え、俺は全身に衝撃を受ける。目の前には汚れたアスファルトがあった。


 俺は周りを見渡す。小汚いビルに挟まれた薄暗い路地裏だった。いたるところにゴミが散乱しており、異臭がする。


 身体が冷たかった。暗い空からは小雨が降っている。


 マルナは俺の目の前に倒れていた。


「おい、大丈夫か」


 俺は立ち上がり、奴を起こそうと腕を取る。マルナは呻き、俺の胸にもたれかかったと思うと、嘔吐した。


 酷い匂いと、さきほどの安全基準を完全に無視したアトラクションもあって、俺も胃の中身をぶちまける。マルナを避けようとはしたが、〝一部″が奴にかかった。


「…………こんな屈辱を受けたのは、はじめて」


 マルナは何度か唾を吐き、小さくつぶやいた。悲鳴を上げる気力もないらしい。


 俺もだ。


「あたしのはじめてを奪ったんだから、責任とってよね」


 ビルの壁に背中をもたれかからせ、マルナは疲れた顔で言った。


「認知はしてやる」


 頭痛はひどくなる一方だ。アスピリンかロキソニンが欲しい。


「ここはどこだ?」


「アドミニスの商業地区の……端っこのあたりだと思う」


 路地から顔を出し、マルナは首を左右に振って言った。


「アドミニス?」


「異世界を管理する神様の街だよ。普通の神様もいっぱいいるけどね」


 普通の神様って何だよ、と聞きたかった。俺からしたら、何もかも普通じゃない。


「異世界管理委員会の人間もいるのか?」


「もちろん。アドミニスの中央地区に本部があるよ」


 うれしくない情報だ。無計画に動けば、すぐにアホどもと再開するだろう。リターンマッチは勘弁願いたい。


「ベルベットは生きてるし、俺たちは指名手配されていると考えていいな。ここでは、下手な行動をしないように慎重に行こう」


「あたしと一緒に行動するの?」

 

 俺が提案すると、マルナがびっくりした顔をした。


「言ったろ。俺たちは運命共同体だ」


 俺は鼻を鳴らす。


「残念なことに、俺に仲間なんかいない。誰であれ、助けになる味方が必要だ。おまえは別行動を取りたいか?」


 いろいろ思うところはあるが、マルナには一緒にいて欲しかった。彼女は、この訳のわからない状況の〝安全バー″である。だが無理強いはできない。

 マルナはしばし沈黙し、一緒に行動するか別れるかを天秤にかけていた。


「ううん。しかたがないから、いっしょにいてあげるっ。ゲロかけあった仲だしね」


 マルナはニコリと笑顔を見せる。イカれているとしか思えないやつだが、笑うとカワイイから不思議である。とても汚いけれども。


「やめろ。また気分が悪くなってきた」


「んじゃあ、これからヨロシクね。――そういや、あんた名前何だっけ?」


 俺に手を差し出しかけ、マルナは小首を傾げた。


「自分が殺した奴の名前ぐらい覚えておけ」


「ごめんて。で?」


「伊介総二郎だ」


「ソージロー、ね。あたしは――」


「スーパーゴージャスゴッド最強神だろ」


 俺とマルナは握手をした。


 改名した方がいい。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 

 雨水でできるだけ身なりを綺麗にし、俺たちは路地を出た。


 みすぼらしい建物が立ち並び、いろんな内容の看板がネオンを輝かして宙を浮いている。空を見上げれば、自動車の群れがテールライトの尾を曳いて飛んでいた。

 遠くの方には、大小さまざまな高層ビルがずらりと並んでいる。ビルの周囲には、立体映像の看板が投影されていた。まるでSF映画のメガロポリスだ。


 マルナ曰く、商業区の端は下流層の神や観光客が覆いそうだ。神に上流も下流もないとは思ったが、彼らに経済的な差があるとは驚きである。地球でも辛い話だが、天国にも経済格差があるわけか。


「異世界ウォッチTV24時。今夜追うのは、SSSランクでありながら、斧使いという理由で勇者のパーティーを追われた重戦士のカルロス・グッドウォーク。今宵、彼の斧は誰の血を求めるのか――」


 スーパーと思われる建物の上部に設置された巨大なモニターが、何かのCMを流している。


 映像では、どこかで聞いたことがあるような設定の戦士が、身体の倍はあろうかという巨大な斧を振って暴れ回っていた。


「あっ、コレちょー面白いよ。斧使いのおっさんが昔のパーティーを惨殺するのが、スカッとするんだよねぇ~」

「マジで? 録画しなきゃ。先週の要らないスキルを持った下等種族の話も面白かったね」


 モニターを見上げていた2人が楽しそうに話していた。ひとりは二足歩行の猫。もうひとりは、これまた二足歩行のトカゲだった。どちらも何の冗談か、学生服のようなものを身に着けている。


 異形の存在は彼らだけじゃない。これまでさまざまな姿の者たちと通り過ぎた。ここは、人種のるつぼ。いや、種族のるつぼだった。


 しかしまぁ、追放されただけで皆殺しにするのであれば、パーティーの判断は間違いじゃなかったのではないだろうか。斧使いは人格に重大な問題がある。彼が行くべきなのは冒険じゃなくて、精神病院だ。


「格安の異世界旅行はいいかがですか。勇者を引退し、スローライフを送る伝説の勇者と写真が取れます。お電話は――」


 宙を浮く看板のひとつが音声を発した。看板には「異世界体験ツアー。のどかな暮らしを体験してみませんか?」と書かれている。


 俺はスローライフという言葉を信じていない。どこに行こうが、絶対に何かしら問題が起きるはずだ。「末永く幸せに暮らしましたとさ」という言葉は、子ども向けの絵本の中にしか存在しない。


 どうやら異世界という存在は、神々の娯楽のひとつであるらしい。これは別に驚くことじゃなかった。ドキュメンタリーやバラエティなど、地球の人間も自分と同じ種族に対して同じようなことをしている。


「あんたもゲートをくぐってたら有名人になれたかもよ?」


 モニターから視線を剥がし、マルナがニヤリと笑う。


「ぞっとしないね」


 たしかに俺は「変化」が欲しかったが、注目されたかったわけじゃない。こんなのはゴメンだ。


「とりあえず、どこか泊まる場所を探そう。いい加減疲れた」


 時間の感覚はわからないが、3日間徹夜したぐらい疲れた。


賛成(はぁんへぇい)


 マルナが大きなあくびをする。


「金もってるか?」


 そもそも神に金銭の概念があるのだろうか。あるとして、単位は? (ゴッド)とか?


「神様だよ? お控えなすって、あたしにはハイパーゴージャスゴッドゴールドカードがあるのだよ」


 マルナの右手をくるりと回すと、人差し指と中指に金色に輝くカードが挟まれていた。


「クレジットカードってことか?」


 マルナはフフンと無い胸を張る。


 こいつは何でも大げさに言いたい子どものようだった。針小棒大という言葉があるが、マルナに限らず、棒どころかミサイルとホザく奴らを俺はSNSなどで知っている。


「そーよ。限度額は100億なんだから。すごいっしょ?」


 小学生みたいな利用限度額だった。たしかに凄いが、大きな問題がある。


「あぁ、すごいな。それで、そいつを使ったらどうなるかわかるか? すぐに情報が伝わって追手が飛んでくるぞ。現金しか使えない」


 俺の意見を聞いたマルナは仏頂面になった。


「じゃあ、どうやって現金を手に入れるわけ? あたしがカラダで稼げっての?」


「次、自分のことを貶めるようなことを言ったらぶっ飛ばすぞ」


 言いながら、俺はマルナの頭を軽くはたいた。


 そういえば……俺はズボンのポケットに手を当てる。財布の手ごたえを感じた。2万円ほど入っていたはずだ。


「地球の金が使えたりしないか?」


「お店によるかな。ここは異世界の良い文化は取り入れるし、異世界産のものを売り買いするから、使えるところもあるよ」


 それならいけるかもしれない。ビジネスホテルであれば、2人で夜を明かすぐらいなら何とかなるだろう。神の街でも1泊5000円でありますように……。


「俺の持ち合わせは少ない。とにかく、安そうなホテルを探すか」


「部屋にゲーム機を備え付けてるところがいいなっ」


「はいはい」


 よくそんな元気があるな。


 マルナの能天気ぶりに、俺は素直に感心した。

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