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第3話 スーパーゴージャスパワーは頼りにならない

「上層部は、怠惰な貴様に厳しい処分を下すことを決定した。マルナ・フェン・アトラス、本日をもって貴様の資格を剥奪する。さらに『アサイラム』に収監し、50年の教育プログラムを受けてもらう」


 ベルベットがマルナを指さし、そう宣告した。


「え!? マジで言ってんの!?」


 両手を頬に当て、マルナは『ムンクの叫び』を体現した。まぁ、あの絵は本当は耳を押さえているのだが。


「それ厳しくない? ねぇ、お尻叩きとかにならないかな?」


 マルナはベルベットに背中を向け、おもむろにローブをめくると、白いお尻を突き出して「バンバンやって!」と言った。


 下着を履いてないのか? 意味が分からない。


「神にも天罰が下るもんなんだな。ざまあみろ、ポンコツ神!」


 じつに爽快な気分で俺はニヤニヤと笑って見せる。


 するとベルベットは、今気づいたかのように俺へと視線をやった。


「貴様は、マルナに異世界送りにされた地球の人間か? ここで何をしている?」


 ベルベットは不審な顔をした。


 何をしている? 俺が聞きたいね。


「どうもこんにちは。俺は伊介総二郎です。おっしゃる通り、俺はこの自分を神と勘違しているアホに殺されました。えーと、あなたは?」


 アホに殺されたという、とんでもない〝悲劇″を伝えたつもりなのだが、ベルベットの同情は引き出せない。

 彼女は不機嫌そうに鼻を鳴らすだけだ。


「わたしたちは、異世界管理委員会だ。わたしのことは良い。質問に答えろ。異世界送りにされた人間が、ここで何をしている? さっさとゲートに入って異世界へ移動しろ」


 異世界管理委員会だと?


 なぜ異世界を管理する必要があるのかという疑問が湧いたが、異世界に対して興味はもちろん、さらには愛まで失った俺にはどうでも良いことだ。


「それなんですけどね、俺は異世界なんて行きたくないんです。俺はね、こいつに騙されたんですよ。人を殺しておいて何もサポートしないなんて、スマホがよくわからないご老人に高額プランを勧めるぐらい、とんだ悪徳業者ですよ、こいつはぁ!」


 俺は希代の詐欺師を指さし、ベルベットに訴えた。


「あたし、そこまでワルじゃないよっ」


 アホみたいにエサを口に突っ込んだハムスターの如く、マルナは頬をふくらまして抗議してくる。


 いや、無差別にトラックを突っ込ませる奴はワルだ。


 何なら「テロリスト」と言い換えても良い。


「それでですね、犬耳のお姉さん。もしよろしかったら、善良なこの俺を元の世界に戻して貰えたら、とっても嬉しいなぁって……えへへ」

 

 俺は善良でカワイイ子猫ちゃんを演じ、猫撫で声を出した。


 すると、マルナが「さ、サブイボがぁ……!」と震えだしたので、「黙れ」と言っておいた。


「貴様を元の世界に戻すだと? 貴様は何の能力もなさそうだが? 世界に変革を持つ強大な力を持っているならいざしらず、無能な貴様のために神の力を行使するなど、上層部が許す訳がない。神の力は万能だが、有限なのだ。――それとわたしの耳は、犬のそれではない。狼だ」


 ベルベットの対応は、気持ちの悪い虫でも見たかのようだった。


 その目は、映した者の能力を把握できるとでもいうのか。赤い瞳に射抜かれた俺は、カワイイ子猫から、みじめな便所虫になった気分になった。


「大人しくこちらが指定した異世界に飛ぶがいい。安心しろ。貴様など、どうせ異世界に何の影響も与えないで死ぬ」


 何ひとつ安心できない。「パラシュートをご用意していませんが、せっかくなのでスカイダイビングをしましょう」と同じニュアンスで、ベルベットが言った。

 せっかくだが、お断りだ。


「えーと……もし、俺が断ったら?」


 不満を言いたいところをぐっと堪え、俺は社交的な笑みを浮かべた。


 性格はキツいが、マルナと比べると理知的な人物だ。穏やかに話せばわかってくれるだろう。



 だが次の言葉で、こいつも「ヤベー奴」だということを知る。



「それが嫌なら、貴様も処分するだけだ。いま、ここで殺してやる」


「え!? マジで言ってんの!?」


 驚愕した俺は、マルナと同じセリフを吐いてしまった。


 今度は、マルナが「ざまをみちゃいな!」とニヤニヤ笑いを見せつけてきた。


「おい、コイツも話が通じない奴じゃねぇか! おまえのせいだぞ! なんとかしろ!」


 俺はまたマルナの肩を両手で掴み、がくがくと揺すった。


「なんでもかんでも、神様を頼りにしないでよね」


 マルナは唇をすぼめ、両手を軽く挙げて「わかりません」のジェスチャーをした。


「抵抗は無意味だ。どう足掻いたところで、結末は変わらない。マルナ・フェン・アトラス、貴様は投降しろ。そこの男は、さっさとゲートに飛び込め」


 ベルベットは苛立ちを隠さず、俺たちに命じた。 


「いやぁ、ちょっと……それは……なんというか……ねぇ?」


「あぁ……その……なぁ?」


 俺たちは、顔を見合わせて言葉を濁した。


 自分の進退を決める大事なことに関して、結論は急ぐべきではない。人生の教訓だ。覚えておいてね。


「もういい、面倒だ。この場で2人とも処分してやる。やれ!」


 だが、ベルベットは結論を急ぐタイプのようだった。


 ガスマスクの男たちが一歩前に出て、サブマシンガンの銃口を突き出す。

 死を吐き出す、黒い小さな穴が俺たちを睨んだ。


「マジかよ!?」


 俺とマルナは異口同音に叫んで抱き合った。


 銃声。銃声。銃声。銃声のオーケストラだ。車のバックファイアに似た騒音が連続して響く。


 ヘタクソな演奏者たちは、観客を肉片にするつもりらしい。奴らはしばらく撃ち続けた。


 逃げる時間もなかった俺にできた事といえば、ただ目を瞑るだけだった。暗闇の中、マルナの心臓の音と「どしぇぇぇ!」という鳴き声が聞こえた気がした。


 何秒経ったかなと思ったところで、俺は自分が〝物事を考えられる″ことに気づいた。

 おかしい。俺は一瞬でハンバーグになったはずだ。


 銃声が止む。


 おそるおそる目を開けると、目の前にはガスマスクの男たちが相も変わらず並んでいた。


 目を瞑る前と異なるのは、周りにあったソファや家電製品が残らず蜂の巣になっている。


 砕けた便器が噴水のように水を垂れ流し、冷蔵庫は衝撃で開いた扉から内容物を床に吐き出していた。ソファやテレビは、元が何だったかわからないほどバラバラになっている。


 そして、白い空間がオレンジ色に染まっていた。


 いや違う。


 俺とマルナ、ガスマスクの男たちの間に、オレンジ色の膜が張られている。その膜は俺たちを覆うように球状になっていた。


 男のひとりがマガジンを交換し、再度発砲する。


 大量の銃弾が膜に激突するが、水面に小石を投げ込んだように波紋を作るだけで、こちら側には1つとして通過しない。

 

 なるほど、これはシールドか何かだ。


「やるじゃないか! さすが神様!」


 俺はマルナの身体から腕を剥がし、このふざけた神に初めて畏敬の念を抱いた。神の盾があるなら、奴らは手出しできまい。


 感動している俺とは対照的に、マルナは勝気そうな顔を曇らせていた。


 どうも様子がおかしい。


 奴は顔色を悪くして脂汗を流し、喘息のようにぜえぜえと荒い息をつき始める。


「も、もしかして、もしかしてなんだが、シ、シールドを出しているのに限界があるとは言わないよな? な?」


 動揺から口がうまく回らない。


 異世界送りに選んだ理由を聞いたときと同じく、俺は再びとてつもない嫌な予感がした。


「……わりと限界。ゲボ吐きそう。うぇぇ」

 

 それは困る。美少女のゲロで興奮する人間を探してくれ。


 俺は苦しそうなマルナの背中をさすってやった。

 

 じつを言うと、俺も死の恐怖で胃の中身をぶちまけそうだった。


 ガスマスクの男たちはじっと待っている。この盾が絶対ではないことを知っているようだ。


 腕を組んで事の次第を傍観しているベルベットは、俺と目が合うとニヤリと笑う。

 ふざけやがって!


「何もかも滅茶苦茶だ。なんとかしろ、神様! あいつらに天罰を与えろ!」


「無理だよぉ! あたし、戦いは専門じゃないの!」


 マルナは青い瞳に涙を滲ませ、ふるふると首を振った。


「なら何が専門なんだ!?」


「ふふん、ゲームは何でも得意だよ。アドベンチャーとか、間違った選択肢を選んでもすぐに元に戻せるの」


 廃品回収サービスに突き出すべきポンコツが、ドヤ顔をした。


 そりゃ、セーブ&ロードをしただけだろ。


「ほぉ、それがこの状況で何か役に立つのか? このバッドエンド直行の間違いまくった状況をロードし直せるってのかよ!?」


「そんな便利な力がある訳ないじゃん」


 マルナは不思議そうに首を傾げ、おかしな奴を見るような目をした。


 ……神は万能であるいう説を唱えた奴は、とんだ節穴だ。


 それか、神を見たという日には、酒か薬でもやってたに違いない。


「もういい、俺が戦ってやる。向こうが銃を使ってんだ! おまえもスーパーゴージャスパワーを使って何でも良いから出しやがれ!」


 提案を聞いたマルナが、疑心に満ちた顔で「マジで?」と聞き返した。


 俺も自分自身に問いたいところだ。


 武器を手にしたところで、俺のような普通の男が何をしても、このトラブルが解決する確率は低い。


 蓮コラよろしく、集合体恐怖症の人が見たら発狂しそうなぐらい、穴だらけになった冷蔵庫の仲間入りになるエンディングが見えた。


 だが、それしか道がないのならやるしかない。


 マルナも同じ結論に至ったようで、ひとりうなずくと、両手の手のひらを合わせた。

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