第2話 異世界管理委員会
俺はノルマのために殺された。
この「事実」に納得できない俺は、ついに怒りを解放して爆発させた。
「くそったれが! おまえは、くそったれだ! 知ってるか!? おまえは神じゃない! 自分を神様だと勘違いしている、くそったれだ!」
俺はマルナが寝転ぶソファに飛び乗ると、ゲーム機を奪って投げ捨てる。
「おへぁ!? 何すんの!?」
マルナは顔を青くして悲鳴をあげた。放物線を描いて飛んで行ったゲーム機を取り戻そうと立ち上がろうとするが、俺が奴の両肩を掴んで許さない。
「俺を元に戻せ、サイコ野郎!」
急に俺の世界が恋しくなった。
アルバイターに終始する人生……いいじゃないか。
後輩に邪見にされる人生……いいじゃないか。
孤独死で終わる人生……それも人生だ。
……いや、やっぱりイヤだな。
それと突然のできごとで頭からすっぽ抜けていたが、俺には家族がいるではないか。
特別仲が良いというわけではないが、俺をここまで育ててくれた両親。
俺を雑巾と何かと勘違いしているのか、シャンプーされるたびに身体を擦り付けてくる、ハスキー犬のプリウス。
俺の帰りを待つ、愛すべき家族がいるのだ。
異世界なんてどうでだっていい! くたばれ、異世界!
俺は、俺の世界で生きるべきなのだ。
そして帰ったら、異世界モノのラノベをすべて古本屋に売ってやる。その金で家族を旅行に連れて行ってやろう。プリウスも一緒だ。
「無理だよ! あんた死んだの! はい、残念でしたっ!」
「ふざけんな! 無理でもやれ! 俺を生き返らせろ!」
マルナはぎゃーぎゃーと喚き、俺の拘束を抜けようとするが、神の筋力はそこまで高くないようだった。
奴はまったく動けず、身体をモゾモゾとさせる。
「うぐぐ……離して、ヘンタイ! 不敬だぞ! 神の力であんたを原子レベルで分解してから、ウンコに再構築して、そこのトイレで流すよ!」
恐ろしいことを言って脅してくるが、もちろん俺の怒りはそんなものでは止まらない。
「あぁ、やれるもんならやってみろ! というか、そんな力があるなら、俺を生き返らせるだろ!」
「できるけど、ムーリーなーのー! 異世界送りが決定された子を元の世界に戻すのは、申請が必要なんだよ!」
申請? どこにだ?
「なら、申請しろ! 今すぐにだ!」
「めんどくさいから、イヤだぴょーん吉! ママのパンツでも食べてろ!」
マルナを小馬鹿にしたように舌を出した。
こいつ、どうしてやろうか。
俺は、マルナの処遇を考えた。このまま怒りに任せて、ぶっとばしても許されるはずだ。
小学生の頃に、母親から「誠二郎、あんた勉強できなくても良いから、女の子に手ぇ出すようなクズになっちゃだめよ」と言われたが……ごめんなさい、あなたの息子は今からクズになります。
「よく聞けよ! 俺を今すぐ生き返らせなければ、おまえの歯という歯を――」
「マルナ・フェン・アトラス!」
俺のとびっきりの脅し文句は、白い世界を震わす声によって途中で遮られた。
驚いて振り向けば、突如として両開きの木製ドアが出現しており、そこから人影を吐き出していた。
男物のスーツを着た少女だった。
彼女を目にしたマルナが、「おげげぇっ!?」と女性らしからぬ酷い狼狽の声を上げる。やめろ。
スーツの少女は、紫という何ともパンクな色の髪をショートカットにしていた。
驚くべきことに、その紫色の髪を生やす頭から、犬に似た耳が飛び出している。2つのとんがった耳は、怒りに合わせてピコピコと動いていた。
耳は本物に見えた。スペインの作家、ミゲル・デ・セルバンテスの小説のタイトルを冠した〝スーパー″で購入できる「ジョークグッズ」とは思えない。
スーツの右胸には、盾と剣を組み合わせたエンブレムが付けられていた。
エンブレムには謎の言語が刻まれているが、俺は不思議なことに「ベルベット・パーン」と読めた。そして、その上には「査察部」と書いてあった。
犬耳少女――ベルベットの背後には、髑髏を思わす不気味なガスマスクを装着した男たちが立っている。人数は10人を超えたところで数えるのをやめた。
不気味な男たちは、弾薬やナイフを収納したタクティカルベストを身に着け、サブマシンガンと思われる銃を抱えている。
穏やかな雰囲気ではない。「マルナちゃん、あーそーぼー」と寄りに来たわけではないだろう。
「や、やぁ~、ベ、ベルちゃん。ど、どうしたのぉ?」
かわいい顔を台無しにするぐらい頬と目元を引きつらせ、マルナが尋ねた。
ちなみに俺は、まだマルナを拘束している。
奴の恐怖の震えが手に伝わってきた。
「貴様、査問会はどうした?」
ベルベットは鼻息を荒くし、マルナを詰問した。
怒りで鼻に皺を寄せる姿は……なるほど、犬っぽい。
「い、いやぁ、ちょっと他の仕事で忙しくて……。特殊部隊同士で訓練したり、異星人から地球を防衛したり、島で100人とバトルロワイヤルを繰り広げたり、仲間と4人で殺人鬼から逃げたり……い、いろいろ、ね」
後半2つは仕事じゃないだろ。
奴の言う「他の仕事」とは、ゲームだということに俺は命を賭ける。
まぁ、その命もコイツに奪われている訳で、賭けは成立しないからどうでも良い。
むしろ、ここで死んだらどうなるのか興味はあった。二度死んだ俺の魂は、どこへ行くのだろう?
「貴様の怠惰な態度は目に余る。上層部は、貴様に『最後のチャンス』として地球の管理を任したのだ。だが任について数年、貴様はまともに仕事をしたか? われわれの忍耐にも限界が来ている」
同感だ。俺も限界が来ている。怒れるベルベットに親近感を覚えた。
ベルベットに問い詰められたマルナは、心外な顔をして唇を尖らせる。
「したした、したよ、しましたよ! 地球の文化について、かな~り詳しくなりました。地球は、他の異世界と比べてゲームが面白いよねぇ! あと、忘れちゃいけないのが、食べ物! これもおいしいよねぇ! 特にチーズハンバーガーとか、考えた人をウチで雇ってあげるべきだよっ!」
ふざけたことをほざくマルナに対して、ベルベットは鼻を鳴らしただけだった。
俺はベルベットの忍耐力の高さに感動した。
俺だったら、今すぐコイツをぶっとばし、悪しき文化として歴史から葬り去る。永遠に。
どうもマルナは地球の文化に明るいようだ。なら、ゲームだけでなく映画も見るべきだ。アクション映画はいいぞ。
「貴様の仕事は、適切な者を異世界に送る――たったこれだけだ」
ベルベットは人差し指を立て、事が簡単なことを強調した。
「にもかかわらず、貴様はノルマを守らず、送ったと思えば適当に選んだ者ばかり。先月のアレは、いったいなんだ。アイドルのライブ会場にトラック数台をまとめて叩き込んで、『はい、ノルマたっせ~い! お疲れちゃん』だと!? ふざけるのも大概にしろ、マルナ・フェン・アトラス!! 事態を収束させるのに、情報操作課がどれだけ苦労したと思っているのだ!?」
……何してんだよ。
俺が白い目でマルナを見ると、奴は目を泳がしてヘタクソな口笛を吹いた。
「なぁ、神様。あんた、どっかおかしいのか?」
「フォッフォッフォッ、神の考えることなど、人の子にはわかるまいて」
真剣に聞いたつもりなのだが、マルナはうさんくさい老人の真似をして答えた。
「あぁ、まったくもって意味不明だ。あぁっ、なんてこった! わかったぞ! 頭がおかしいんだな?」
「そんな歴史的大発見したみたいな顔で言うなや! あたしは、天才なんですぅー! 神のIQなめんなよ! 円周率もいっぱい言えるよ! 3.1415926535……」
「馬鹿っぽいから、やめろ! 円周率の桁が言えるのは、IQと関係ない! ただの記憶力だ!」
「へぇ、そう? なら、元素記号も全部言えるけど!? あんた言える? 言えないでしょ? あたしは神なの! 全知全能なんだから!」
「神様、落ち着いてよく聞いてね。――それもただの記憶力だ、馬鹿!」
「またバカって言った! また、あたしのことバカって言った! なんで、あんたみたいな何の取り得もない凡人に、神のあたしがバカにされなきゃいけないの!? わかってる? あたし、神だぞ! 一杯の水をワインに変えて、おまけに最新ゲームとDLCまで同梱させられる、ちょースゴイ神なんだぞ! もっと、ひれ伏せよ! 敬え!」
凡人という単語には、なかなかグサリとくる。
だが「コイツよりマシな存在」というのが凡人を指すのなら、俺は凡人で構わない。どうぞ凡人と呼んでくれ。
「静かにしろ!」
俺とマルナが言い合っていると、蚊帳の外にしていたベルベットが怒声を上げた。
先生に叱られた小学生のようにしゅんとし、俺たちは素直に口を閉じた。
だが最後に、マルナが小さな声で「怒られたじゃんかっ」とつぶやいたのを俺は聞き逃さない。
違う。おまえのせいだから。
ベルベットは、神の世界の警察か何かなのだろうか?
少なくとも、やっとまともに話ができそうだ。
しかし、俺は勘違いをしていた。
すぐにマルナやベルベットたちは『異世界管理委員会』という組織の一員だと知るのだが、結論を先に言うと俺の助けにはならなかった。
何の力もない俺に、味方なんていなかったのだ。
次はバトルです。ギャグが入りますが。