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瀬能くんの人見知り事件簿~犬の飼い主はだれ?~

 ――瀬能(せのう)くんは少し変だ。


 どう変かと聞かれると難しいんだけど、なんとなく私とは見えている世界が違う気がする。

 みんなは瀬能くんのことを一匹狼だと言っていたから、そういう感じなのかもしれない。


 そんな瀬能くんと同じクラスになったのは小学校六年目にして初めて。

 最初に見たときはすごくかっこよくてびっくりしたのを覚えている。

 私たちよりも色素が薄い感じで、茶色の髪と茶色の目だった。

 なんていうか涼しい顔のイケメンってやつ。

 まあ、顔はかっこいいけど少し変だからあんまり女の子にモテる感じじゃないけど。


 そうして朝の会の最中に、目の前に座る男の子――瀬能くんのことをぼんやりと思う。

 まだ新学期が始まって一か月ぐらいだから、わからないことだらけだ。

 私の隣の席は井伊(いい)くんという男の子のものなんだけど、なんとここ一か月間、一度も登校していない。

 なんでも、ピアノで世界を目指しているらしく学業をしている場合じゃないという話を聞いた。


 ……みんな大変なんだなぁ。


 どれぐらい大変かはわからないけれど。

 だって、今の私にはなによりもこの花粉の問題のほうが重要だから!


 ――花粉症だから窓を開けないでください。


 そう言いたいけど、先生が窓を開けるように指示をするから、窓側の一番後ろに座った私は、今日も仕方なく窓を開ける。

 病院の薬を飲んではいるんだけど、少しだけ眠くなっちゃうんだよね……。それは少し困る。


 ……ああ、やだなぁ。


 そう思いながら、すんっと鼻をすする。

 そして、窓の鍵をがちゃと下げて、ゆっくりとそれを左に引いて行くと――


「え……なにあれ」

「……犬だな」


 私が窓から校庭を見下ろしながらつぶやくと、同じように窓を開けていた前の席の瀬能くんがいやそうに言葉をこぼした。

 瀬能くんがいやそうな声を出すのは珍しい。

 興味をひかれて顔を上げると、窓側の一番前の席にいた長野(ながの)さんがきゃあ! と声を上げた。


「先生!犬がいる!かっわいい!」


 教室に響く高い声。

 その声に反応して、みんなが席から立ち上がって、わっと窓へと押し寄せた。


「うわっまじだ! 先生、犬!」

「私、知ってる、あれ、ポメラニアンだよ!」

「あ、知ってる! テレビのCMのやつでしょ!」


 みんながいっせいに窓に向かってきたから、私は教室の真ん中へと押し出されてしまう。

 あまりの盛り上がりに目を白黒させていると、さっきまで窓側にいた瀬能くんも私と同じように窓から引き離されていた。


「瀬能くん、犬見なくていいの?」

「俺は犬はきらいだ」


 さらさらの茶色い髪を風になびかせて、瀬能くんはぎゅっと眉の間にしわを寄せた。


秋月(あきづき)はいいのか?」

「……私はなるべく窓から離れたい」


 瀬能くんが私を見たから、鼻をすんっとすすってから答える。

 すると、瀬能くんがそんな私の言葉にくくっと喉を鳴らして笑った。


「秋月、鼻が赤くなってる」

「……しかたないの」


 花粉症なんだもん。


 むっとしてにらむと、瀬能くんはまたくくっと笑う。

 そうして私と瀬能くんでやりとりしている間にも窓側は犬のことですごく盛り上がっていた。

 先生が落ち着くように言ってはいるけれど、みんな全然聞いてない。

 すると、長野さんが一際大きな声を上げた。


「あれ私の犬なの! 先生! 捕まえてくるね!」


 ショートカットで活発な長野さんはそれだけ宣言すると、先生が止める間もなく教室から走って出ていく。

 そして、そんな長野さんにつられ何人か一緒に教室を出て行ってしまい、先生が慌てて後を追って行った。


「長野さんの犬だったのかぁ」


 窓から離れた教室の真ん中でなるほど、と頷くと、隣にいた瀬能くんがなにかを確かめるようにさっと窓へと走り寄った。

 さっきまで私と同じようにカヤの外だったはずの瀬能くんなのに、様子がおかしい。

 なんとなく気になって、私も瀬能くんの横へと行き、窓から校庭を見下ろした。


 でも、そこに広がる光景はさっきとあまり変化はない。

 相変わらず鼻はむずむずするし、校庭には白くてふわふわの小さな犬がいる。

 さっきとの違いは、長野さんが犬に向かって呼びかけているかどうかだけ。


「アイルちゃん!」


 校庭に響く活発な声。

 その声に犬は反応したようで、しっぽを振りながら長野さんへと走っていった。

 たぶん、長野さんの家から犬が脱走していたんだろう。


「よかったね。長野さんの家に帰れるね」


 朝から大騒動だったけど、一件落着。

 そう思って、隣にいる瀬能くんを見ると、なぜか瀬能くんは真面目な顔をして、じっと校庭を見下ろしていた。


「……本当にそうか?」

「……え?」


 その顔がいやに真剣で、なんだか胸がざわざわする。


「あれ、本当に長野の犬か?」


 瀬能くんのまっすぐな声。

 その視線の先には嬉しそうな長野さんと抱っこされてる白いふわふわな犬がいて……。


「……でも、長野さん、ちゃんと名前を呼んだし、今だって本当の飼い主みたいだよ?」

「ああ。でもあいつは最初、自分の犬を見つけたような態度じゃなかっただろ」

「あ、そういえば……」


 瀬能くんの言葉に、長野さんの言葉を思い返せば、確かになにかおかしい気がする。


『先生! 犬がいる! かっわいい!』


 自分のペットにそんな言葉使うかな……?

 でも、窓の外を見れば、犬は長野さんの腕にしっかりと抱えられている。


「最初は遠くてわからなかったんじゃない? 名前を呼んだら犬が走っていったし」


 そう。犬はちゃんと名前を呼ばれて反応していた。

 『アイル』。それがあの犬の名前なのは間違いない。


 でも、瀬能くんはいまだ納得できないようで、首を少しかしげた。

 その仕草に合わせて、少し長めの茶色の髪がさらりと揺れる。

 そして、すぅと息を吸い込むと、窓の外に向かっていきなり大きな声を出した。


「ポチ!」

「……っ!せの、うくん!?」

「シロ!」

「ちょっと、ちょっと……っ」

「キャサリーヌ!」

「……なにそれ」


 瀬能くんの突然のおかしな行動。

 びっくりして止めようと思ったけど、あまりに急で止められなかった。

 しかもなんか最後が変だったし。


 そんな瀬能くんの声に教室に残っていたみんなの視線がいっぺんに向く。

 その注目具合に隣にいた私が恥ずかしくなってしまう。

 そして、みんなは一瞬しーんとした後、一気にあははと笑い始めた。


「なんだよ、せのぉー!」

「いきなりびっくりした!」


 笑いに包まれる教室。

 でも、そんな中にいても瀬能くんは恥ずかしくないらしい。

 ただ窓の外を見て、ふむ、と小さく頷いた。


「犬は俺の呼んだ名前には反応しなかった。なんでもいいわけじゃないらしい」

「えっそれを確認してたの?」

「ああ。長野が適当に名前を呼んだ可能性もあるからな。これであの犬は『アイル』で、長野が飼い主だって証明されたな」


 まさか、あの大声でそんなことを確認していたなんて。

 どうやら瀬能くんは長野さんの態度が変だと思って、本当に長野さんの犬なのかどうかを確認したかったらしい。

 そして、それの確認が終わったから、窓の外に興味はなくなったようで、そこから離れていく。

 瀬能くんが興味をなくした外を見てみると、そこには長野さんとクラスメート何人か。さらに先生がいて、校舎へと歩いている姿があった。

 犬はしっかり捕まえているし、あとは先生が長野さんの家の人に連絡すれば終わりだろう。


 それを確認して、私も窓から離れる。

 うん。花粉から逃げられるとは思ってないけど、やっぱり窓からは逃げたい。

 そうして窓から逃げて、教室の真ん中へと行くとそこには瀬能くん。

 せっかくなので、そういえば、と声をかけた。


「最後のキャサリーヌってなに?」


 うん。なんか変じゃない?


 でも、そんな私の質問にも瀬能くんは動揺することなく当然だ、と答えた。


「だから犬の名前だろ」

「……瀬能くんってわからないね」


 ポチ、シロ、キャサリーヌって……。

 瀬能くんのセンスがちょっとよくわからない。


「じゃあ秋月ならなんて名前にするんだ?」

「えっ私?」

「そうだ。俺に言うぐらいだから、いい名前にするんだろ?」

「うっ……それはあの……ポワンとか」

「ぽわぽわだから~か」

「……ポッキーとか」

「ポメラニアンだからって、『ぽ』にこだわり過ぎじゃないか?」


 苦しまぎれの私の答えに瀬能くんがくくっと笑う。

 私はそれにむっとにらみ返すのだけど、花粉のせいで鼻がすんっと鳴ってしまった。


「鼻が赤くなってる」


 そんな私を瀬能くんがまたくくっと笑う。

 私はさらにむむっとにらむと、そこに小さなおどおどした声が割って入った。


「あのね……あの子の名前は小太郎って言うの」

「こたろう?」

「あの子は私の犬で……」


 今にも泣き出しそうなその声にそちらを見れば、白いワンピースを来た鈴川さん。

 鈴川さんは泣くのをこらえるように唇を噛むと、必死に私と瀬能くんを見た。


「あの子は長野さんの犬じゃないのに。だって、長野さんはマンションに住んでて……。どうしよう……っ」


 そんな鈴川さんの様子に私と瀬能くんは顔を見合わせる。

 そして、瀬能くんは不敵に笑った。


「俺が全部証明してやる」



***



「結局、あの犬は誰の犬なんだろ……」


 朝の犬騒動があってバタバタしたけど、よく分からないうちにあっという間に学校は終わってしまった。

 鈴川さんの話を聞いて、それなら先生に言ったほうがいいと勧めたんだけど、鈴川さんは最後まで先生にはなにも言わなかったのだ。

 詳しく話をして、と言ったけれど、それもしてくれなかった。

 いつもおとなしい鈴川さんのあんな姿は見たことがないから、嘘をついているようには見えなかったけど……。


「よし、秋月。ペットショップ行くぞ」

「え」

「この辺だと個人経営がひとつとホームセンターのペットコーナーがひとつ。聞き込みだ」

「え」


 わからない。

 瀬能くんが全然わからない。


「いや、でも長野さんははっきり自分の犬だって言ったし、鈴川さんも誰にも言わなかったならいいんじゃないかな……」


 先生もあれから特になにも言わなかったから、ちゃんと解決したんだろうし。

 だから、私は乗り気じゃない答えを返したんだけど、瀬能くんはすこしだけ首を傾けた後、しっかりと私を見つめた。


「鈴川は言わなかったんじゃない」


 クラスメートの中でも一番色の薄い茶色の目。

 それがまっすぐに私を射す。


「――言えなかったんだ」


 その言葉が胸に残って……。


 だから、気づいたら私はわかった、と頷いていて、一緒にペットショップに行くことにしていた。



 そうして、まず向かったのは個人経営のペットショップ。

 商店街にあって、ちょっと古いし店内は狭いけれど、昔からあるから困ったらそこに聞きにいく人が多いらしい。

 瀬能くんが言うには、もし、そこで犬を買ったのなら、誰が買ったかわかるはずだ、と。で、誰が買ったかわかればあの犬の飼い主が長野さんか鈴川さんかわかるだろう、と。


「え。鈴川さんの犬だから鈴川さんの協力をするために聞き込みをするんじゃないの?」

「鈴川の犬なら初めからそう言えばいい。でも鈴川は言わなかった。――言えなかったなにかがあるんだ。俺はそれを証明する」

「……はぁ」

「鈴川もおかしいところだらけだからな」

「……はぁ」


 ペットショップに歩いて向かいながら、話をしていく。

 私はてっきる鈴川さんの力になるんだと思ったけれど、そういうわけでもないらしい。

 まぁそう言われてみれば鈴川さんもなにか変だったから、やっぱり長野さんが犬の飼い主っていうほうが正しいのかもしれない。

 ……うーん。でも鈴川さんが嘘をつくとはやっぱり思えない。でも、長野さんは犬の名前を呼んだし。


 考えれば考えるほどわからないけれど、とりあえず個人経営のペットショップに着き、店主のおじさんから話を聞いていく。

 でも、この店では白いポメラニアンは扱っていない、とのことだった。

 今、白いポメラニアンは流行り? らしい。

 すごく高価になってしまうし、そういうのはいやなんだ、とおじさんは熱く語ってくれた。

 ついでに少し離れたところに二号店をオープンしたらしく、そこでドッグカフェを開いていると宣伝も添えてくれた。

 ……私は犬を飼ってないし、瀬能くんは犬がきらいだからいらない情報だけど。


「なにもわかんなかったね」


 私が聞き込みをしている間、ずっとペットショップの外にいた瀬能くんに声をかける。

 ペットショップが狭いから遠慮して、私だけが話す感じになってしまったけれど、話の内容は聞こえていたと思う。


「ああ。次に行こう」

「うん」


 個人経営のペットショップではなんの手がかりも見つけられなかったが、まだホームセンターのペットコーナーがある。

 そこはこの辺りで一番大きな店だし、いつも子犬がいっぱいいるから、なにかわかるかもしれない。

 そう思って、移動して話を聞いてみたんだけど――


「瀬能くん。ここにいるのはみんなパートの人だからそういうのはわからないってさ……」


 瀬能くんに指示され、聞き込みに行ってみたが、店員さんの対応は冷たかった……。

 落ち込む私に瀬能くんは堂々と頷いた。


「だろうな」

「……っ。 なにそれ! わかってて行かせたの!?」

「ああ。こういう大きい店は忙しいし、店員もひとつのことにかかりきりってわけにもいかないだろうしな。やめたり新しく入ったりで情報が長く共有されにくい」

「そこまでわかってるなら一緒に行ってくれたらいいのに……」


 悪びれない瀬能くんの言葉にむっとしてにらむ。

 そう。そこまでわかってるなら、一緒についてきて欲しかった!

 瀬能くんは聞き込みについてきてくれなかった。ペットコーナーについてきてはくれたけど、話すときはなぜか遠くにいた。


 ……正直ずるい。

 私だって大人に話しかけるのが得意ってわけじゃないのに!


 すると、瀬能くんはそんな私の言葉にふいっと視線を外して、ぼそりとつぶやいた。


「……オレは人見知りなんだ」

「え」

「だから、秋月を連れてきた」

「え。自分が人見知りで聞き込みできないから、私を連れてきたってこと」

「そうだ」


 ……なんでこんなに強気なの。瀬能くん。


「……そっか。瀬能くん正直だね」


 そうとしか言えない私に瀬能くんがしっかりと頷く。

 ……やっぱり少し変な人だな。


「あ! ねぇねぇさっき聞いたんだけど、白いポメラニアンの話を聞きたいってー」


 ホームセンターの外のベンチに座って話していると、そこにホームセンターの緑のエプロンをつけたお姉さんが手を振りながら近づいてくる。

 その様子に私はぴっと立ち上がって、はい! と返事をすると、お姉さんは話をしてくれた。


「二年前くらいかな。お父さんと娘さんが買って行ったよ。長い髪の女の子で、すっごく肌が白かったよー。私、あの子犬をすごくかわいがっててね。二人の友達が飼ってるんだよね?」

「あ、はい!」

「元気?」

「とっても元気です」


 お姉さんの質問にしっかりと答える。

 実際にはよくわからないけれど、校庭で見た感じは元気だった。


「そっかぁ、よかった。新しくできたドッグカフェに白いポメラニアンがいるよって聞いて、見に行こうかなぁって思ってたんだ。あの子は真っ白じゃなくて、耳と目のあたりが少しだけ茶色と灰色の模様があってねー。元気って聞いたら安心した」


 お姉さんがふふっと笑う。

 すると、お姉さんが腰の辺りにつけていたトランシーバーがザーザーと鳴って、なにか指示のようなものを誰かがしているようだった。


「あ、ごめん。それじゃもう行かなきゃ」

「はい、ありがとうございました」

「いやこちらこそ。ポメラニアンによろしく伝えといてー」


 お姉さんが手を振って、仕事に戻るので私もそれに手を振り返す。

 そして、お姉さんの姿が見えなくなったあと、ちらっとベンチへと視線を向けた。


 ……瀬能くん。本当にひとことも話さなかった。


「……瀬能くん、本当に人見知りなんだね」

「ああ。俺は嘘はつかない」


 瀬能くんがしっかりと頷く。

 そして、お姉さんから得た情報を整理していった。


「髪が長いってことは長野じゃないな。長野はずっとショートカットだ」

「そうだね。長野さんとは一年生から一緒だけど、髪が長かったときはなかったと思う。それに、肌が白いおとなしい感じの女の子って言ったら、やっぱり鈴川さんだと思うな」

「ああ。あの犬をここで買ったのは鈴川だな」

「じゃあ、先生に言わないと」


 そう。鈴川さんの犬だとしたら長野さんが嘘をついていることになる。

 ちゃんとその嘘が嘘だとわかってくれていたらいいけど、鈴川さんが声を上げてないから、もしかしたらそのまま長野さんのものになってしまっているかもしれない。

 それは良くない、と急いで学校に戻ろうと立ち上がると、瀬能くんはすこしだけ首をかたむけた。


「ドッグカフェにも行くか」

「え」

「なにか情報があるかもしれない」

「え。でも、もう鈴川さんの犬ってわかったからいいんじゃ……」


 そう。これで解決したはず。

 でも、瀬能くんはそんな私の言葉に首を横に振った。


「犬を買ったのが鈴川だってわかっただけだ。なんで長野が嘘をついたのか、なんで鈴川がそれを先生に伝えなかったのか。それが証明されてない」

「……そっか」


 そう言われたらそうかもしれない。

 なので、結局、瀬能くんに押される形でドッグカフェにも向かうことになった。

 使ったのは市内循環バス。

 大人ならどこで降りても二百円で、私たちは子供だから百円だ。

 そして、バスの中では長野さんや鈴川さんのことを話していく。


「鈴川さん、お父さんと犬を買ったみたいだけど、その後離婚しちゃったのかな……」

「離婚?」

「うん。二年前ぐらいに離婚したって。名前は変わってないけどお母さんと一緒に住んでるって」

「なるほど」


 鈴川さんはもともと真面目でおとなしいタイプだったけど、それ以来もっとしっかりした感じになった。

 私はそんな鈴川さんを見て、すごいなぁっていつも思ってたから。


「長野さんもいつも明るくて、嘘をつくとは思わなかったけどなぁ……」


 長野さんは元気がいいから、ときどき先生の言うことを守らないことがある。

 でも、だからこそみんなの中心みたいな存在で、友達も多かった。


 わかんないなぁとぼやくと、瀬能くんは私をくくっと笑った。


「だから、俺が全部証明してやる」

「……うん」


 そうして、ドッグカフェにつくとさっそく聞き込みだ。

 さっきあんなに頼りがいのある男子だった瀬能くんは今は存在を消している。彼の気配はない。無だ。

 忙しいところ申し訳ないけれど、いつもカフェにいるという店主の女の人に話を聞いていく。


「えっと、じゃあここに白いポメラニアンが来ることはあるんですね」

「ええ。ときどき親子でアイルちゃんを連れて遊びに来てくれるの」

「……! アイルちゃん、ですか? 小太郎じゃなく?」

「そうよ。耳と目元に少しだけ模様があるポメちゃんよね? アイルちゃんで間違いないわ」


 店主さんの言葉に私は驚きながらも、瀬能くんを見る。

 瀬能くんは気配を消してはいたけれど、その言葉はちゃんと聞いていたらしくて、ゆっくりと頷いてくれた。


 つまりポメラニアンを買ったのは鈴川さん。

 でも、ここに来ているポメラニアンは鈴川さんの言っていた『小太郎』ではなくて、長野さんの言っていた『アイル』。

 だから、やっぱり、犬の飼い主は長野さん?


「あ、あの、その親子はどんな感じですか? あの女の子の髪型がショートかロングか教えてもらえるだけでいいんですけど……!」

「え、ええ? 女の子?」


 突然、私がテンションが高くなって詰め寄ってしまったせいか、店主さんは驚いたように目を開いた。

 そして、おかしそうに笑う。


「やーねぇ。ここに来てるの親子は男の子よ」

「――男の子?」

「そうよ。ピアノで世界を目指してるっていつも言ってるわ」


 店主さんの言葉にばっと瀬能くんを見る。

 すると瀬能くんはあの不敵な笑みで笑った。


「これで全部証明できるな」


 そう。本当の犬の飼い主は――



***



「鈴川さん、突然ごめんけど、ちょっと来て!」

「え、秋月さん? どうしたの?」


 ドッグカフェから町内へと急いで戻り、鈴川さんの家に行き、鈴川さんを外へと連れ出した。

 まだぎりぎり五時だからきっと大丈夫!

 今日が五時間目までで良かった!


「あのね、鈴川さんがね、犬のこと言ってたでしょ」

「あ……いいの、それはもう。ごめん、忘れていい」


 鈴川さんの手をとり、走り出そうとするんだけど、鈴川さんはそこから動きたくない、というようにぐいっと手を引いた。


「なんでもない。なんでもないから」


 そしてうつむいて、じっと耐えるように唇を噛んだ。

 その姿が私の胸をぎゅうぎゅうと締め付けて……。


「あのね、鈴川さん。私ね、ホームセンターのペットコーナーに行ったの」

「……ペットコーナー?」

「うん。白いポメラニアン知りませんかって。そうしたら、髪の長い女の子がお父さんと買ったよって。二年前って言ってた」


 そこまで言うと、鈴川さんの目からぽとぽとと涙がこぼれる。

 私はびっくりして、でも急いでポケットからハンカチを取り出して、その目をおさえた。


「ごめん。つらいこと聞きたいわけじゃなかったんだけど、その、……瀬能くんが、鈴川さんは言えないんだって」

「……言えない?」

「うん。本当は言いたいことがあるけど、ずっと言えてないんじゃないかって。それを証明するって」


「私もよくわかってないんだけど、それを聞いて、そうかもしれないって思った。あのときの鈴川さんは言いたいのに我慢してるみたいだったから……。ごめんね。泣かせたかったわけじゃないんだけど……」


 どうしていいかわからなくて、とにかくこぼれる涙を必死で拭う。

 すると、鈴川さんは一度ぎゅっと目を閉じて、そしてゆっくりと開いた。


「今からどこに行くの?」

「……犬のところ。そこに行けば、今日のことがわかるから」

「……わかった。行ってみる」

「うん!」


 私と一緒に歩いてくれる鈴川さんにほっとして、すこし早歩きで前へと進む。

 向かう場所はそんなに遠くない。

 あの三番目の角を曲がればすぐだ。

 そうして、その角を曲がれば、そこには瀬能くん。


「来たな。こっちももう来るぞ」


 そう言ってあごで示した先にいたのは――


「……長野さん?」


 鈴川さんが道路の先を見て、びっくりしたようにまばたく。

 その視線の先には長野さんがいて、胸に白いポメラニアンを抱いて、ひっくひっくとしゃくりあげながら向かってきていた。


「目的地はここだ」


 瀬能くんが背後を親指で示せばそこにあるのは大豪邸。

 そして、いるのは――


「井伊くん……?」


 鈴川さんの声に井伊くんが恥ずかしそうに笑う。

 そして、そんな私たちに合流した長野さんは井伊くんを見るなり、大きな声を上げた。


「ごめんなさい! 私、どうしても井伊くんに会いたくて……ごめんなさぁいぃ!」


 白いポメラニアンを井伊くんに渡し、長野さんが泣きながら謝っている。

 その後ろでは長野さんのお母さんも一緒に精いっぱい謝罪をしていた。

 そんな二人に井伊くんが大丈夫、と声をかける。


「ポメラニアンを逃がしてしまったのは僕の責任です。こうして見つけてくれて連れて来てくれたんだから、こちらからお礼をすることはあっても、長野さんが謝るようなことはないです」

「私、校庭で犬を見てかわいいなぁって思って……っ。そうしたら、友達があれは井伊くんの犬だよって。アイルって名前だよって教えてくれて……。そうしたら、思わず、私の犬って言っちゃったの…っ!」


 きっと、長野さんの嘘はすぐにバレたのだろう。

 学校から連絡の来た長野さんのお母さんはそれはもう驚いたに違いない。

 そして、長野さんはすでにこってりと絞られて、こうして涙が止まらない状態になっているのだ。


「……僕は、長野さんがアイルを連れていなくても、会えるときは来て欲しいです。学校にも行けてないから、僕のことはみんな忘れてるんじゃないかなって思ってます」


 そんな長野さんに井伊くんはちょっと寂しそうにつぶやいた。

 それに長野さんは思いっきり大きな声を出した。


「忘れてないっ! 井伊くんが優しいこと、みんな知ってる! みんな覚えてる!」

「……はい」


 その心のこもった大声に井伊くんは照れたように笑う。

 すると、それを見ていた瀬能くんが井伊くんに言葉をかけた。


「井伊、その犬はもともとは違う家からもらったんだろう?」

「はい。犬を買いたかったんですが、あまり時間が取れないので子犬だと難しくて……。成犬を探していたところ、近くで里親を探している人がいるからって、母がもらってきました」

「ああ。その元の飼い主が鈴川だ」


 瀬能くんの言葉に鈴川さんも井伊くんも驚いたように目を瞬かせる。

 そして、井伊くんは嬉しそうに笑った。


「鈴川さんだったんですね。これまで知らなくてごめんなさい。アイルはとってもいい子です。なかなか友達も作れないので、アイルが唯一の友達で……。それが鈴川さんからもらったんだと思うと、もっと嬉しいです」


 その言葉にまた鈴川さんの目からぽとぽとと涙が落ちる。


「お父さんとお母さんがもう一度仲良くならないかなって子犬を無理やりに買ってもらったの。でも、うまくいかなくて……。せめて飼い続けられたらよかったのに、お母さんに引っ越し先はアパートだからって。……私、ひどいことをしたって、ずっと後悔してた。もっといい子にがんばればよかったって。犬が欲しいって言わなければよかったって。犬のことは……小太郎のことは考えないようにしてたの。聞いたら答えてくれたかもしれないけど、もうその話はしたくなくて……」

「僕は鈴川さんがアイルを買ってくれてよかった。僕はアイルがいて幸せです。それは元をたどれば鈴川さんのおかげです」


 井伊くんが優しく言葉をかける。

 そして、瀬能くんは不敵に笑った。


「これで全部証明されたな」


 まずは涙でぐちゃぐちゃの長野さんに。


「長野。わざわざ嘘をつかなくても井伊は会ってくれるぞ」

「……っうん!」


 次は必死にハンカチで涙を拭っている鈴川さんに。


「鈴川。お前のせいじゃない。犬のことも家族のこともお前のせいじゃないんだ。お前はめぐりめぐって井伊を幸せにしてる」

「……うん」


 そして、最後は井伊くんに。


「井伊。お前、学校には来てないけど、忘れられてないぞ」

「……それは嬉しいです」


 そして、最後は私を見て、くくっと声をあげて笑った。


「秋月。鼻が赤くなってる」


 ……っ! だってこれは花粉と!

 もらい泣きしちゃったからしかたないの!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 児童書にぴったりのほのぼのした話で、シリアスながらもにこにこしながら読める作品でした。 主人公の性格が伝わってくるような、柔らかな一人称も児童文学らしくて大好きです。 瀬能くんの小学生…
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