1-6 Kの妬み
そして今日も俺は公園にいる。
朝、家を出て。
今日こそは出社するつもりでいた。
心は会社に向かっていたし、定時には仕事を始めようと決意していた。
なのに――気づけば公園にいる。
家からほど近い、赤ちゃん連れしかこないような、遊具も何もないこじんまりとした公園に俺はいる。
いつ家族に見とがめられるか分からないのに、今日もここにいる。
手の内にあるシステム手帳は、さっきから握り続けているせいで汗で湿っている。
この手帳、半分は仕事のスケジュール管理のものだが、半分は詩を書きとめるためのレフィルで占められている。
詩を作ることは俺の長年の趣味だった。
……だったはずだ。
なのに最近、まったく書けない。
フレーズどころか言葉一つとして浮かんでこない。
昔は違った。
もっと溢れんばかりに俺の魂そのものの言葉を綴ることができた。
息をして吐くように言葉が生まれ、それらがレフィルに書き出されていた。
書き出すことで心の安定を得て、読み直すたびに前に進む力を取り戻すことができていた。
なのに……。
今はもうどうして詩を作ればいいのか分からない。
無から生まれる言葉があるのかどうかも分からない。
分かっているのは、会社での仕事と正義の執行、この二つが自分を成り立たせているということだけだ。
そういう自分がいなくなれば、もう俺には何の価値もない。
だからいい加減、俺は元の自分に戻らなくてはならない。
だが――。
(俺は本当にそんな人間だったのか?)
この疑問はふいに湧いてくる。
白くありたいと願う心を、ふいに黒く汚してくる。
なのに疑いは消えない。
(俺はいったいどうしたらいいんだ?)
(俺は……俺は……)
ふいに、きゃっきゃっという幼く高い声を耳がとらえた。
「はーい。たかいたかーい。たかいたかーい」
向こう側、噴水のほうを見ると、ベビーカーの中に手を入れた女性がそう言って高々と抱え上げたのは赤ん坊だった。二月の割には強い陽光を受け、こちらからは赤ん坊が光り輝いてみえた。
「リョウちゃん、気持ちいいですかあ?」
きゃきゃきゃ。
赤ん坊が応じるように気持ちよさげに笑った。
真っ白なつなぎの服を着て、おそろいの布でできた柔らかそうな帽子をかぶっている。
幸福と母乳の味以外は知らなさそうな赤ん坊だ。
母親らしき女性は、同じように笑みを浮かべて、飽きることなく同じ遊戯を繰り返している。
「気持ちいいですねえ」
きゃきゃっ。
「もっともっと。たかいたかーい」
きゃきゃきゃっ。
平和の象徴ともいえるこの光景。
本来であれば、安堵し満足せねばならないところを、俺はなぜか痛切にうらやましく思う自分に気づいた。
『あんなふうに――なりたい』
俺はその光景から目が離せなくなった。
妬ましかった。
あんなふうに笑っていられる赤ん坊が、うらやましく妬ましかった。
きゃきゃきゃっ。
きゃきゃきゃっ。
――うらやましい。
――妬ましい。
疲れた。
疲れた。