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1-3 Mのあこがれ

 帰宅しても「ただいま」とは言わない。

 家の中はしんと静まりかえっている。


 鍵は開いていたし、祖父は在宅のはずだ。

 だが、祖父は執筆に熱中するとまったく音が聴こえなくなる習性があり、存在感すらなくなってしまう。


 この祖父には、血のつながりがあるとは思えないほどの壁、距離を常々感じていて、顔を見なくて済むほうが正直気楽だった。二流とはいえ、小説家というのは普通とは異なる人種なのかもしれない。もう一人、この家には父も住んでいるが、こちらは普通に会社員をしているのでこの時間帯は不在だ。


 庭のほうから「にゃーにゃー」と心細げな鳴き声が聞こえる。


 鼻孔が何かの香りを感知する。

 何の香りか思い出そうとして、思い出す前に消えていった。

 しょっちゅう嗅いでいるから、すぐに慣れ、無いもののように感じてしまうのだ。


 制服のまま、ソファに深く座りこむ。

 今さらスカートに皺がつこうが構うことはない。


 もうどうでもいい。


 ドアを閉める。

 閉じた室内には外部の音は一切入らなくなる。

 にゃーにゃーと鳴く声も聞こえなくなる。

 怖いくらいに一切の音が失せる。


 半ば急かされるようにテレビをつける。

 人の声が響きだす、そんな些細なことでこの家は生き返る。


 部活に顔を出さなくてなって半月が過ぎた。


 やりたいことがあって休んでいるわけではないのだが、今ではテレビを観るために帰宅しているといっても過言ではない。

 テレビをつけ、なじみの番組のなじみのコーナーでいつもの『彼』の姿を見て。

 それでようやく一日の肩の重荷を下ろすことができるのだ。


 彼は正義の味方、太陽仮面という。


 なんともありきたりで馬鹿らしいネーミングだが、彼のことを笑う人はこの国には誰一人としていない。


 彼はこの国に突然現れたヒーローだ。


 ぴっちりとしたマスクで顔を覆っているが、二メートル近い長身、真っ赤なコスチュームを内から押し上げる逞しい肉体は彼が男だという証だ。


 一年前、彼はテロリストによって占拠された高層ビルの屋上に突如現れた。

 いかにもなヒーローのいでたちで、現れた刹那、突き上げた拳を天空に突き上げ高らかに吼えた。


 多くのテレビカメラが集合していたその場で、彼は空高くにある白く丸い太陽を背に跳躍した。

 青い空に赤い服を着た長身の彼が華麗に舞う姿は芸術的だった。


 それからの彼は怒涛の快進撃をみせた。


 向かいのビルまで飛び、側壁を蹴り、勢いを利用して元いたビル、事件が発生しているフロアに飛び込んだのだ。高層階特有の分厚く硬い窓は彼の足一本であっけなく割れた。


 その飛び込んだ階のフロア一帯にはテロリストが大勢いて、人質はその数倍はいた。その誰もが、ありえない乱入者、その風貌、突入方法に度肝を抜かれた。


 テレビ画面をとおして全国の視聴者の目が点になっている中、彼は目にも見えないほどの俊敏さでテロリスト達を拳一つで打ち負かしていった。誇張ではなく本当によく見えず、後日各局が特番でスロー再生した画像を流して彼の行動の一つ一つを解説するほどだった。


 当初、テロリストたちは彼に問答無用で打ちのめされ倒れていった。


 現実を直視し落ち着きを取り戻したところで、知性のある誰かが音頭をとったのだろう、残る大半が一斉に彼に銃器で襲い掛かった。


 だがそれすら彼は一瞬で屠ってみせた。


 テロリスト側はひたすら乱射したが、彼には何の効果もなかった。

 スロー再生画像を見ると、銃弾のすべては彼の身に触れた瞬間いずこかへ弾かれていた。


 人間離れした彼は人間ではないのかもしれない。

 かの有名なスーパーマンですら地球人ではないのだから。


 こうして、彼は鮮烈にこの世に現れた。


 それからはほぼ毎日、彼はニュースをにぎわせている。

 正体はいまだ不明で、探ろうとする者は多くいたが誰一人成功していない。


 だが彼が現れて一年が過ぎ、もはや誰も彼の正体になど興味をもっていない。

 それよりも彼の勇敢なる行動、正義の実行に称賛をおくるばかりであった。


 誰もが彼を好きになり、彼に感謝している。

 それでいいと皆が思っている。

 わたしもそんな一人だった。


 だが、そんな彼を見るたびに、心が落ち着き、逆にひどく不安になるときがある。


 ここ最近は特にそうだった。


 テレビ画面に映る今日の彼は、車ごと海に落ちて心中をはかった家族を救っていた。海に飛び込み車ごと浜に出てきたところを、周囲にいた一般人がスマホで撮影しテレビ局の専用サイトに投稿したものだ。


 彼は強い。

 強いうえに正義感にあふれている。

 誰からも好かれるヒーロー。


 それに引き替え、わたしはどうか。

 高校生相手なら剣道では誰にも負けない自信がある。

 だけどそんな強い自分、それに美しいとほめそやされる自分を誇れない。

 誇るどころか不安になる。

 自分自身に落ち着かない。

 

 本当の自分はもっと普通の人間ではなかっただろうか。

 どこにでもいるような平凡な人間ではなかっただろうか。


 だからいつかヒーローに会いたい。

 会って聞きたいことがある。


(あなたはどうしてヒーローになったの?)

(あなたはいつからヒーローをしているの?)


 わたしは今日も画面ごしに彼の雄姿を見つめ続ける。

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