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4-4 Kの混濁

 二人を腕に抱える俺の頭はうつろだった。

 正義の味方になっている時、こういう状態になることはしばしばある。

 普段できないことができるようになって興奮してしまうのだ。

 経験はないが、薬物を摂取したらこんなふうになるのだと思う。


 だが――今はそれだけではない。


 今日の任務は非常に楽なものだった。

 低層のビルから二人の人間を連れ出すだけのこと、雑作もない。

 こんな仕事は俺でなくてもできる。

 消防士に任せれば十分だ。


 しかし、今、俺の中に別の人格があるかのようだった。

 ここに来たくて来たわけではない。

 内なる誰かに導かれるまま、手を引かれるままにここに来ていた。

 体は勝手に動いていた。

 そして今も自分で自分をコントロールできていない。


 飛び上がらんばかりに興奮しているこの少女にも見覚えがない。

 時代錯誤なほどに長いポニーテールの、道着姿の美少女。


 だが少女が発した言葉は俺の最奥に無断で触れてきた。


「あなたは! あなたはどうして!」


 ぐわん、と頭が揺れた。


(なぜ? なぜ『お前』はここにいるんだ――?)


 疑問が浮かんだ瞬間、キーンと頭の中で杭が打たれた。

 視界が狭くなり、異常を起こしたパソコンのように思考もろともシャットダウンする。

 それもわずかな時間で、すぐに元の景色を取り戻した。


 見えていた一人、その一人だけが消えていることには気づかない。

 マザーの名を呼ぶ群衆が、すべての現象を一つの方向へと収束させていく。

 それがこの世の理、大原則のように、世界がただ一つの色に染まっていく。


「にゃあああ!」

「美緒お! 健一い!」


 またも視界が乱れる。

 がたがたと視界が揺れる。


 その隙間を縫うように、髪の長い少女の姿が現れては消える。

 デジタルに、現れては消え、消えては現れ――。


「いじめっていうのはな――」


 幻聴が、遠い日の父の声がわんわんと頭の中で響き、俺はふらつきそうになる足で踏ん張った。

 両腕に抱える二人は俺の異常には気づいていない。


「見ていて何もしなかった奴も加害者なんだよーー」


 偽の声だというのに、父はやはり厳格だった。

 正しいことしか知らない父。

 仕事に愚直で、妻を第一に愛し、子供や孫は二の次という父。


 人に話せば、「そういうお父さん、いいね」とか、「同じ男として憧れる」とか、みんなが好き勝手に言った。


 だが子供にとってはたまったものではない。


 父はこの世のものを必須のものとそうでないものとで完璧に区分けしている。

 前者はそう、仕事、妻、それに正義。自分の信じること。

 後者はそう――たとえば俺。それに俺の娘。


 後者に振り分けられた俺はどうしたらいいんだ?

 ただでさえ後者に振り分けられているというのに、さらには出社すらしなくなったと知ったら、父は俺のことをどう思うだろうか。


(……あ)


 俺の中に違和感が生じた。


 父はなぜ俺と娘を格下の存在とみなしていたのだったか。

 それは俺がまともな大人になりきれない役たたずで、娘は平凡とは名ばかりの、才能どころかやる気もない、口だけが達者なガキだからではなかったか。


 俺はまだいい、俺は。

 正義の味方であることは秘密にしているのだから、父にとっての俺とはそのとおりのでくの坊でいい。


 だが娘は、美しく芯のある人間ではなかったか。

 誰からも憧れる稀有な存在ではなかったか。


 今目の前にいるこの少女――。


(そうだ。これが俺の娘だ!)

(ほら見ろ、やはり俺の娘は美しいではないか!)


 だが――娘であって。


(娘では、ない……?)


 パチン――。


 脳はまたも強制的にシャットダウンされた。

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