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渇いた喉が一瞬で潤う。
それが始まり。
コップを口に運んだわけでもないのに。
深いキスをしたわけでもないのに。
口内は確かに潤った。
奇蹟なのか、それともこの世の歪みなのか。
どちらかは分からない。
ありえないこと。
だがそれが始まり。
無から有が生まれた瞬間。
次は梅の花。
天に雄々しく伸びる枝を覆うは、芳しい白梅。
季節はずれの粉雪のような花びら。
中央には小塔のようなめしべ。
それを守護するかのように取り囲むおしべ。
そこに一滴の紅。
刃をあててもいないのに血のごとくにじみ出てきた紅。
あらわれるとともにその侵略は一瞬で終わった。
純白の春の知らせはこの日を境に失われた。
その次は犬。
古木の下、紅色の花びらの散りゆくさまに興奮していた犬。
血の雨のごとき光景に、常ならぬ鳴き声を発しながら右往左往としていた柴犬。
ペンを動かす。
滑らかな触り心地の愛用のノートの上、ナチュラルブラックのインクは躍る。
踊る。
踊る。
きつく握る。
ペンが止まる。
書き終える。
不意の静寂があたりをおそう。
犬は口を縄で縛られたかのように押し黙った。
顔を上げると、静寂の中、犬は確かにそこにいた。
そこにいて、私を黒々とした瞳で見つめ、弱々しく「にゃー」と鳴いた。
そしてまた。
ペンを握る。
インクは踊る。
軽やかなステップは紙の上にいくつもの軌跡を残す。
私はさながらコンダクターだ。
私一人の、私だけのオーケストラ。
望みに合わせて自在に生まれゆく文字の羅列。
艶のある紙の上で、華麗に、孤独に踊り続ける文字達。
そして最後に。
神が生まれた。
すべては繋がっていた。
無が有に。
有はまず点に。
点は線に、平面に、立体に。
立体は膨れる。
際限なく膨れ上がる。
膨張し、上へ上へと攻めるように。
ここから天へ、空の彼方へ。
銀河系のもっと先へ、私の知らない次元へ。
そこに神が生まれていた。
だから――望むと望まないとに関わらず。
私は救世主と呼ばれた。




