表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
航空路  作者: つるめぐみ
9/10

同じ夢

 それからどれくらい時間が経っただろうか。

 冷たい空気で僕は目を覚ました。思わず自分の体を見る。生きている。

 機内を見ると、離陸した時と同じ平和な空間がそこにあった。

 古今東西ゲームをする女子の姿も、大富豪をしている男子の姿も見える。

 とんでもない夢を見た。縁起でもない。隣にいる秀喜や笹田に話したらきっと笑われるだろう。

「変な話するんじゃねえよ」と、怒られるかもしれない。

 両隣を見れば、秀喜と笹田は寝ている。

 そして、冷えた空気のせいだろうか。トイレに行きたくなってきた。

 シートベルト着用のランプがついているか見ると消えている。取り敢えず安全だ。隣にいる秀喜を起こさないように、シートベルトをはずすと席を立つ。機体は順調に目的地に向け、飛行しているようだ。揺れもないし床も水平で足元も安定している。

 しばらく体勢を変えてなかったので、歩くのに妙な感覚がある。少しふらついた。

 その時だ。

 僕は座席に宮本と担任の姿がないことに気づいた。宮本とつるんでいる鈴木と田淵の姿もない。夢の中での出来事を思い出して血の気が引く。

 僕は正夢を見たのだろうか。

 怖くて用を足すのも我慢して席に戻った。寝る前のことを思い出す。

 工藤の話を聞きながら寝入ったのは覚えている。そこまでは現実に間違いない。

 それから目を覚ました後、用を足しに行ってトイレの前で鈴木に相談されたのだ。

 これは多分、夢だったのだろう。

 宮本たちを捜しに行って、一階の人たちが消えたのを見たのもきっと夢だ。

 しかし、どこからが夢で現実なのかははっきりしない。今だって夢を見ているのかもしれない。

 横で「なあ」という声がしたのに気づいて見ると、目を覚ました秀喜がいた。僕に声をかけた秀喜は、機内全体を見ると、

「先生と宮本たちの姿が見えないな……」

 僕が気にしていたことをズバリ訊いてきた。

「えっと、全員でトイレに行ったんじゃないかな」

 馬鹿なことを言ったな。完全にしどろもどろな答えになってしまっている。

 秀喜は突っこんでくると思いきや、

「ふーん」と言うと、座席を後ろに倒した。バタンと勢いよく倒れた座席は、後部座席側を狭くする。その影響で秀喜の後ろにいる工藤がアイマスクをはずすと、眼鏡をかけながら、迷惑そうにこちらを見てきた。

 工藤も寝ていたのだろう。大きな伸びをすると彼も機内全体を見る。

「宮本たちは?」

 工藤も秀喜と同じことを訊いた。

 僕は知っている。秀喜と工藤は宮本たちが嫌いだ。

 秀喜が宮本たちを嫌いな理由は、つるまなければ威張れないのに、いつも喧嘩腰だから。

 工藤が宮本たちを嫌いな理由は、授業中に馬鹿騒ぎするから。

 その二人が起きざまに宮本たちの心配をした。これは偶然なのだろうか?

「ねえ、先生は?」

 横から声が聞こえたので見ると、笹田が心配したようにこちらを見ていた。

「宮本くんたちの姿も見えないみたいだし」

 笹田の問いに、秀喜と工藤が顔を見合わせる。

「あのさ!」

 そして、二人同時に声を出した。互いが譲りながら「先に言えよ」と言い合っている。

「変な夢を見たんだ」

 僕が間に入って言うと、秀喜と工藤がぴたりと話すのをやめ、笹田も両手で口を塞いだ。

「もしかして、みんなも同じ夢を見たのかと思って訊いたんだけど……」

「変な夢は見た。お前と同じ夢かは知らないけど、みんなが消えていく夢だ」

 即座に秀喜が返す。僕と同じ夢に間違いない。

 工藤と笹田を見ると二人ともくぐもった声で「僕も見た」「私も」と答えた。

 秀喜は機内の様子を見る。

「これは現実なのか? 夢なのか? それとも俺たちは――」

「それ以上は言わないでくれよ!」

 工藤が秀喜の話を制した。

「言わないでくれよ……お願いだから」

 頭を抱えながら呟く工藤。しかし、話を続けないわけにはいかない。

 秀喜はこう言いたかったのだろう。『それとも俺たちは――死んだのか、生きているのか?』

「宮本たちは?」

 僕が秀喜の言おうとしたことの続きを話そうとすると、級友の声が聞こえた。

 先程の夢の中では、宮本の連れである鈴木が僕に相談するところからはじまっている。

 夢とは違った進行に少しだけ安堵した。

 しばらく黙って見ていると、トイレから鈴木が出てきたのが見えた。これも夢の内容とは違う。取り敢えず、正夢を回避することはできた。

 戻ってきた鈴木が「宮本を一緒に捜してくれないか?」と頼んできたとしても、今度は「すぐに帰ってくるだろうから待ってよう」と言おう。

 全員揃って一階に捜しに行くのだけは、気分的に避けたい。たとえ僕が行こうと言っても、同じ夢を見たであろう秀喜や工藤、笹田も「嫌だ」と即答するはずだ。

 鈴木がこちらに歩いてくる。僕たち全員は緊張した。

 しかし、心配は無用だったようで、鈴木は僕たちのいる席を通り越す。秀喜が深い溜め息を吐いたのが聞こえた。秀喜も同じ心配をしていたのだろう。

 すると――。

「立花の姿も見えないみたいだぞ」

 通り過ぎて行った鈴木が、妙なことを言った。

 彼は確かに僕たちの横を通り過ぎて行ったのだ。見ていないわけがない。

「本当だ。秀喜も工藤も笹田までいないぞ。珍しいよな。あいつら、優等生なのに」

 級友まで信じられないことを言いはじめた。彼だって僕たちの席を確認したのだ。

「おい、冗談はやめろよ! ただでさえ、こっちは変な夢を見て気分悪いのに!」

 秀喜が声を荒げながら級友の肩を叩く。

 が、秀喜は級友の体をするりと抜けて、そのまま転んでしまった。

「えっ?」

 当惑した。今、秀喜が級友に触れた時、透けたように見えたのは秀喜のほうだったのだ。

「嘘だ……」

 秀喜もそれに気づいたのか、自分の両手を見ながら震えている。僕も秀喜に近づくのを躊躇ってしまった。自分も同じ状況にいると信じたくなかった。

「嘘じゃない。君たちは現実を直視しなければならない。そして選択するんだ」

 すると、聞き覚えのある声がした。見ると夢に出た軍服の男が立っていた。

「俺は空軍に所属する操縦士だ。俺は空軍機を操縦し、数時間前に離陸した。その直後、君たちが乗っている旅客機と空中衝突したんだ」

 あの夢の中ではわからなかったが、男の体は透過し、むこうの景色が見えている。

「俺自身、自分が生きているのか死んでいるのかさえわからない。まるで魂のような存在になってしまっている」

 その時、階段をあがる音と、どなり声が割れんばかりに響いていた。

 見ると行方不明だった先生と、宮本たちの姿がある。夢の中で協力してくれたスチュワーデスも一緒だ。

 しかし、宮本たちは入ってこないで、その場で立ち尽くしていた。目を見開いたまま機内を見回している。

「宮本たちがいない」と言っていた級友の反応もない。すぐ背後に宮本たちがいるのに気づきもしないのだ。

 まるでお互いの時間が違う場所にあるかのように。

 男の話を聞きながら、僕の中で全ての疑問が繋がりはじめる。

 あれは夢などではなかった。彼が見せた現実。

 人の顔があるという影は、男が乗っていた戦闘機だろう。勝手に出てきた酸素マスクは、その戦闘機との激突で飛び出した物だ。

 皆の姿が消えたのは、僕等の魂の居場所と、皆の魂の居場所が違う場所にあったためだ。

 つまり、「生の世界」と「死の世界」。

 どちらが生きていて死んでいるのかはわからない。男が言う「選択」とは自分たちの運命を選んで、生きるか死ぬかの道を選べということなのだろう。

 宮本たちに答えるか、級友に答えるか。それが生死の選択になる。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ