表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
航空路  作者: つるめぐみ
5/10

何かがいる

 今度は秀喜に代わって、僕が先頭で進んでいく。

 後ろの誰かがいなくなるのではと不安だったが、秀喜は僕の服の裾をつかんでいる。姿は見えなくても、人の感触があるなら安心だ。

 階段をおりると、一階の様子がはっきりと確認できた。

 冷房がきいているのだろうか。妙に肌寒く感じる。上着を羽織ってくれば良かったかなと少し後悔した。

 皆がついてきているか不安になって後ろを見る。今度は欠員もなかった。秀喜と笹田、工藤が確認した僕を見つめて複雑な表情をしている。

 勝手に消さないでくれ。ちゃんとついてきているから――そんな声が聞こえてきそうだ。

「じゃあ、捜そうか。僕と秀喜は右側の席、笹田さんと工藤は左側を見てよ。空席にいる可能性が高いから、背格好の似ている人には注意して」

 ――班長なのだからしっかりしなくては。そんな責任感のせいか、いつの間にか僕は先頭で指揮をとっていた。

 乗客の顔を見ながら少しずつ進んでいく。地味な作業だが乗客の数が多いので一苦労だ。

 しかも、機内が薄暗いので遠くの人は見にくい。思わず目を細くしてしまう。

 窓に顔を向けながら寝ている人もいて、宮本や田淵ではないと確認するのに数分要した。

 奥に進んでトイレやドリンクバーも覗きこんだが、担任も二人の姿もなかった。

「いないな。どこに消えちゃったんだろう……」

 何の手がかりもなくなった僕たちは、トイレの前で考えこんでしまう。

 その時だ。

「!」

 カシャンという音とともに鍵の音が響いた。僕の後ろにはトイレがある。鍵の色は赤表示。つまり、誰かが入ったということだ。

 しかし、秀喜と笹田、工藤の三人は鍵の色を見たまま、全身を硬直させている。彼らが動けなくなった理由を、僕はすぐに知ることとなった。

「おい、今、誰か入ったの見たか?」

 聞いた秀喜の声が震えている。

 誰でもいいから見たと言ってくれ。質問というより、そんな秀喜の魂の訴えが聞こえてきそうだ。

 そんな秀喜の訴えを裏切るかたちで、笹田と工藤は首を横に振った。こんな状況で嘘をつく意味などない。それを証拠に、二人の顔面も蒼白になっている。

 トイレに背中を向けていたので、僕は誰が入ったのか見ていない。けれど気配を感じなかったのは事実だ。

「……疑問をほうっておくより確認しよう。誰が出てくるのか待てばいい」

 僕の案に三人は生唾を飲みこむと、言葉なく首を縦に振った。緊張の中、息を潜めて出てくるのを待つ。

 程なくして、鍵の開く音が響き、表示が緑になった。トイレの扉が少し開く。

 しかし、十秒、二十秒、一分と待っても、人が出てこない。

 不思議から不安に、最終的に恐怖の感情に切り替わる。掌だけではない。全身から汗がどっと噴き出てくる。背筋に悪寒がはしっているから、これは冷や汗だ。

「……声かけようか? 中で倒れているかもしれない」

 秀喜は言うが、当人にそのつもりはないのだろう。視線を僕に向けたまま動かさない。

 僕は思いきって口を開いた。

「誰か入ってますか?」

 訊いてから、自分が馬鹿馬鹿しいと感じた。

 誰が入ったのか見ていない。そう三人は言っていて、僕は確認していないのだ。 

 けれど、自動的に鍵が解錠するなんて、現実的にはありえない。

 返事がないので、僕は扉に手をかけた。

「開けますよ」

 中の人に語りかけるように扉を開く。そこには――。

「!」

 いるはずの人がいなかった。

「嘘だ――」

 目の前で自動的に開いた鍵。しかも、扉も確かに開いたのだ。いないわけがない。

 当然、トイレは窓のない密閉空間だ。それに、窓があったとしても、高度一万メートルの上空では、開けて逃げようなどとは誰も考えつかない。

 不意に笹田が言っていた、バミューダ現象を思い出した。

 フロリダ半島とプエルトリコ、バミューダ諸島を結んだ、魔の海域。行方不明事件においては、こちらのほうが知名度は高いだろう。

 テレビで、何百もの飛行機や船が行方不明になった海域と聞いたことがある。機全体と人だけが姿を消す現象との違いはあるが、どちらも消滅したという共通点がある。

 更に、バミューダ現象とともに言われている怪奇現象が逆バミューダ現象――。

 何十年も前に行方不明になった飛行機が、突然、空港に着陸するという話だ。そして、機体内は普通の状態ではなく、乗客全てが白骨化しているという事件。

 いたはずの人はどこに行き、消えたのか? この機は同じ現象の中にいる。

「やっぱりいない……」

 秀喜が目を見開いたまま呟く。僕も見た現実を脳裏から消し去ろうと扉を閉めた。

 ――が、僕の思いは次の瞬間、打ち砕かれた。

 誰もいないはずのトイレの中から、水が流れ出す音が響いたのだ。

「うわあああああああっ!」

 僕が後ずさりするより早く、秀喜が悲鳴をあげて逃げ出そうとした。

 別行動をするといけない。僕が秀喜を呼びとめようとすると、笹田と工藤が秀喜の腕を片方ずつつかみ取っていた。

 皆、わかってきたのだ。

 この機には『何か』がいる。その『何か』が、乗客を一人ずつ消している。別行動をすることが、逆に悲劇をもたらすであろうというのを。

 工藤が真剣な面持ちで、僕と笹田、秀喜を交互に見る。

「よく聞いてくれ。この機内には乗客を一人ずつ消す化け物がいる。だから、互いの手を繋いだまま行動するんだ。まずは席に戻ろう。馬鹿にされるかもしれないけど、皆に報告したほうがいい」

 工藤の意見に誰も反論しない。無言のまま、三人同時で首を縦に振った。

 誰が先頭で進むか? という雰囲気がただよい、仕方なく班長の僕が、先頭を行くことに決まった。続いて笹田、秀喜、工藤の順だ。

 工藤は「最後じゃ怖い。真ん中にしてくれ」と、お化け屋敷に入る子供のような懇願をしたが、秀喜の「俺も怖いんだよ」という気迫ある言葉に押されて従った。

 恐る恐る一歩、二歩と、すり足状態で客席に向かいはじめたその時だ。

 僕は前方に黒い大きな影が、通り過ぎていったのを見た。機内に鳥が飛んでいるはずがない。いや、その影は鳥とは言えないほど巨大な物だった。全身が引き裂かれるような、ぞくりとする悪寒を感じる。

 恐怖のあまり、その場で僕は動けなくなってしまった。後ろを振り向くと、三人の視線が僕に向けられている。後ろの三人は見えなかったのだろう。隣にいる笹田は先に進んでとせがむように、握った手で押している。

 あの影が一体何なのかわからないまま、僕は仕方なく、前に進みはじめた。

 しかし、通路から客室に移動した時点で、僕らが目を疑う光景が眼前にあった。

「……あっ」

 僕は吐息のような声をあげることしかできなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ