神隠し
「あっ、お客さん。なにか、ご用ですか?」
五人揃って歩く姿は、さすがにスチュワーデスも変に感じたらしい。階段をおりる手前で僕たちは、呼びとめられてしまった。かといって隠すことは何もない。
「友達の姿が見えなくなってしまって……心配で捜しているんです。飛行機の中だし、何もないとは思うんですけど、捜していた友達も姿が消えて数時間は経つので……」
皆を代表して僕は遠慮がちに答えた。
担任のタトツと同じように「心配でしょうけど、席についていてください」と言われると思ったのだ。
スチュワーデスにそう言われてしまえば、席に戻るしかない。
一人だけでなく、二人いなくなったという含みもつけた。絶対に自分たちで捜したいという意思も示さなければならない。
「つきましてはスチュワーデスさん。機器がある所に侵入するのは可能でしょうか? 探検好きな友人なので、誰もいけないような場所に入った可能性もありそうなのですが」
きらりと光る眼鏡を指先で持ちあげた工藤が、いやに説明口調で語る。得意気な表情は、僕がこのグループのリーダーだからな! という雰囲気だ。
「それはないです。そういう箇所には鍵を掛けていますから……」
聞いた工藤が胸を張る。先程説明した通りに、スチュワーデスさんが言ったのだから、得意気になるのも仕方ない。
「下に行って捜してもいいですか? 人見知り激しいから、あいつ泣いてるかも」
続けて秀喜が無茶苦茶なことを言った。余計に怪しまれる気がする。
しかし、そんな心配は不要だったようで、スチュワーデスは微笑んだ。
「いいですよ。私も下に行く仕事があるので、お付き合いします」
秀喜を先頭に、僕たちは階段をおりはじめた。秀喜の後ろに僕と笹田、そして工藤、最後尾に鈴木といった順だ。鈴木の後ろにはスチュワーデスがいる。先頭の僕たちに向かって「足元に気をつけてください」という声だけが聞こえてくる。
「あのさ、タッチー。宮本を見つけたとしてだ。何事もなかったようにされたらどうする?」
階段をのぼり終えた秀喜が僕に質問する。
確かに、捜されている当人は、こんな騒ぎになっているとは思っていないだろう。
呆れた第一声をぶつけられるような気がする。
「うーん、そこまで深くは考えてなかったな。見つけていたらいたでいいんじゃないかな。あっ、そこにいたんだ。席に着けよ。くらいでさ」
「なんか、それはそれで腹立つよなー。心配してやってるのに」
「心配してたんだ。はっきり言わないなんて、秀喜らしいな」
「俺はしてねーよ。心配しているのはお前たち!」
慌てて否定した秀喜は、階上を見ると目を見開いて動きをとめていた。妙な雰囲気に、僕も階段の上を見る。
するとそこには、笹田と工藤の姿しかなかった。
「おい、鈴木とスチュワーデスは? ついてきていたはずだよな?」
秀喜の質問に、工藤は背後を見ると不思議そうな表情をする。
「ついてきていたはずだけど、戻ったのかな……」
「マジかよ。あいつ、連れ戻してきてやる!」
工藤の言葉を聞いたと同時に、秀喜が引き返そうとした。その秀喜をとめようと僕は手を伸ばしたが、数センチの差でつかみ損ねてしまう。
すると、僕に代わって、笹田が秀喜の腕をつかみ取っていた。
「せっかくここにきたんだし、下に行ってみようよ」
笹田に言われて、秀喜は「ちぇっ」と舌打ちすると、のぼった階段をおりてきた。
僕は戻ってきた秀喜の姿を見て安堵した。
何故なら、異常な不安が去来すると同時に、疑問がわきあがってきたのだ。
突然、姿を消した宮本。後を追うように田淵が消え、担任の外川も姿が見えない。姿が見えなくなったくらいならまだいい。今度は一緒にきてくれと言った鈴木と、下に仕事があると言ったスチュワーデスまで姿を消したのだ。
――何かが違う。この機には見えない何かがある。
僕は秀喜をとめようとして腕を伸ばしたのではない。秀喜が離れてしまうと、一生会えないのではないかという、言いようのない不安に襲われたのだ。
「もしも、ハイジャックに遭ったのなら」
ぼそりと呟いたのは工藤だった。疑問に答えるような、その言葉に僕はハッとなる。
工藤も僕と同じことを考えはじめたらしい。
元気だった人間が、なんの前触れもなしに姿を消す。神隠し現象の謎に迫ったのだ。
「どこかに監禁されたと考えるのが、妥当じゃないかな」
「でも、誰にも気づかれないように、ひとりひとり監禁するなんて効率悪くない? いっぺんに脅して、一か所に集めたほうが監視も楽だと思うけど。だって銃をむけられれば、誰も反撃しようなんて思わないでしょ?」
恐ろしいことを笹田がさらりと言う。しかし、彼女の言い分は尤もだ。
ハイジャック犯の目的は、大抵、人質を引き換えにした取引だから、気づかれないより騒ぎになってくれたほうがいいはずなのだ。
「じゃあ、笹田はどう思うわけ?」
秀喜の問いに、笹田は唸り声を出すと、思いついたように口を開いた。
「メアリー・セレスト号事件みたいなのは?」
笹田の言葉に僕たち、男性陣は顔を見合わせる。聞いたことのない事件というのが理由だ。
「知らない? 怪奇事件って結構、有名な話なんだよ。ある帆船が、ビスケー湾にさしかかったところで、漂流している大型帆船を発見するの。けど、無線で呼んでも応答がない。回りこんだ船尾には船名があって『メアリー・セレスト』ってある。仕方なく、発見した船員たちで様子を見るために乗船するんだけど、船内には誰の姿もなくて、船長室には食べかけの朝ご飯が、船室の前には干したばかりの洗濯物が残されていたの。逃げた形跡もなければ、事件に巻きこまれた感じもない。平穏を感じさせる船内から失踪した船員たち。だから、怪奇事件と同時に海洋史上最高の神隠し事件とされているのよ」
「それって、実話?」
ごくりと生唾を飲んだ秀喜が、恐る恐る笹田に訊く。自分たちもそれに近い状況にいるという恐怖がこみあげてきたのだろう。
「正真正銘の実話よ。他にはバミューダ現象っていうのがあって――」
「いいよもう! 実話ってのは、十分理解したからさ」
秀喜は、熱をあげはじめた笹田の言葉を遮って叫ぶと、背中を震わせた。
「ありえないよ。そんなこと……なにかいるわけないじゃないか」
普段、強気の秀喜が、怪奇現象とか心霊現象が物凄く苦手というのを僕は知っている。
肝試し大会に参加するとかお化け屋敷に入るのを、一即答で確実に断るのが彼なのだ。
「取り敢えず、下に行こう。鈴木も後からくるかもしれないし、宮本もいるだろうからさ」
僕が言うと、みんな了解して首を縦に振った。