捜索チーム
それから、どれだけの時間が経過しただろうか。僕は肌寒さを感じて目を開けた。
どうやら、工藤のウンチクを寝転んで聞いているうちに、夢の中にいっていたらしい。
――悪いことしたな。
覗きこむと工藤も深い眠りについている様子で、寝息をたてていた。用意周到で両目にアイマスクがかけられていたりする。
何時なのだろうか。だいぶ寝たみたいだけど。
機体の中が妙に薄暗いのでそう感じた。それにトイレにも行きたくなってきた。
シートベルト着用のランプがついているか見ると消えている。取り敢えずは安全だ。隣にいる秀喜を起こさないように、シートベルトをはずすと席を立つ。機体は順調に目的地に向け、飛行しているようだ。揺れもないし、床も水平で足元も安定している。
しばらく体勢を変えてなかったので、歩くのに妙な感覚はあるが、何事もなくトイレに辿り着いた。先程の秀喜や宮本の言葉が気になって、無事辿り着くか心配だったのだ。
誰もいないか確認すると、赤の表示が出ていた。どうやら先をこされてしまったらしい。
秀喜が「乱気流で大怪我したニュースあったじゃん。お前ら、壁に叩きつけられて死ぬかもよ」と言ったのを不意に思い出す。かといって、通路を戻るのも癪だ。
しばらく待っていると、扉が開いて一人の生徒が姿を見せた。宮本とトイレに行こうとしていた仲間の一人、鈴木だった。
「あ、立花もトイレか……」
一言もなしに去るのも。と、僕に気を遣ったのだろうか。気づいた鈴木は声を出すと、脇に避けて僕にトイレを譲った。
中に入った僕は、緊張しつつも用を足し終えて、扉に手をかける。
途中で乱気流に巻きこまれやしないかと内心ドキドキだったが、それもなかった。
まあ、当然だろう。工藤の話によると、近年レーダーが発達したのと気象予報との連係が細かくなされていて、乱気流に巻きこまれる確率はかなり低いらしい。
しかし、扉を開けた途端、僕は驚きで息をとめてしまった。
そこにいないはずの鈴木が、立っていたのである。
「あのさ、立花……宮本、見なかった?」
申し訳なさそうに訊く鈴木の表情は不安そうだ。ただ、姿が見えないだけではこんなに心配しないだろう。姿を消してどれくらい経っているのだろうか。
「見てないけど。姿が見えないって……どこか探検でもしてるんじゃないか?」
僕の答えに鈴木が妙な反応を見せた。
視線が定まっていないでおよいでいる。まるで、違う場所に移されて驚く小動物のような反応だ。
「だって、トイレに行くって言ったきり、戻らないんだよ! 先生に言っても心配ない。じき戻ってくるって楽天的だし……田淵なんて全部捜したらしいんだけど、どこにもいなかったって」
両肩をつかまれて鈴木に揺さぶられた。完全に鈴木は冷静さを失っていた。
「落ち着けって! 飛んで逃げられるわけじゃあるまいし……工藤が話していたけど、民間人はあちこち探検できないって言ってたぞ。空いている席で寝てるかもしれないし、下のドリンクバーにいるかもしれない……」
僕の答えに、鈴木が床に落としていた視線をあげた。
――俺と一緒に捜してくれるよな?
鈴木は声にしていないが、真剣なまなざしがそう告げていた。
「取り敢えず、田淵がどこを捜したのか訊きたいから席に戻ろうか。宮本が空席に座って寝ていたら、田淵だって見逃すさ」
鈴木を説得しながら席に戻った僕は、先程と少し違う様子に気づいた。
あれほど、僕たちに無闇にうろつくなと注意していた担任の姿が見えない。トイレだろうかと思ったが、僕たちはそこから戻ってきたのだ。トイレに行ったとは思えない。
「田淵の姿もないみたいだけど」
周囲を見た鈴木が、僕の隣で不安そうな声をあげた。
確かに、行方不明になった宮本も戻っていなければ、田淵の姿もない。
ミイラ取りがミイラになる。と、言うが、捜しに出た田淵も消えてしまったらしい。
「秀喜、宮本と田淵の姿、見なかったか? 姿が見えなくなって、ずいぶん経つらしいんだけど」
僕が立ったまま訊くと、起きて一人神経衰弱をしていた秀喜は面倒臭そうに顔をあげた。
「俺がどうして、あいつのこと心配しなきゃいけないんだよ。心配して忠告したのに、鼻で笑うような奴だぜ。無視、無視!」
ハエを追い払うような動作で右手を振った秀喜は、一枚トランプを捲る。すると、開いていたトランプと、開いたトランプの数字が一致した。
それを見た鈴木が「おおっ」と、声をあげる。鈴木の声に反応して、秀喜は顔をあげた。
そして、鈴木を見て息を吐くと、トランプを混ぜ集める。
「……ったく、捜しに行くんじゃないぞ。暇だからついて行ってやるだけだからな」
秀喜は立ちあがると、手元に置いたカバンから財布だけ抜き取って席を立った。時間が許せば、機内販売の飲み物や食べ物を買うつもりなのだろう。
とはいえ、「暇だからついて行ってやる」というのは、秀喜の本心ではなく口実だと僕は知っている。なんだかんだいっても、秀喜は仲間を大事にする良い奴なのだ。
「まず手始めにどこに行く? ここにはいないようだし、下の階か?」
言った秀喜はトランプの一枚を引くと、絵柄を確認して笑う。
「すっげ、ジョーカー! 確率凄くないか? 十三かける四で五十二分の一か……」
引いたのがよりにもよってジョーカーとは。縁起が悪いと感じたが、敢えて言わないことにした。
「確率二十七分の一だよ。ジョーカーと予備のジョーカーの数が入ってない」
不意に背後から声がかかる。
見るとアイマスクを額にあげた状態で、眼鏡を取った工藤がいつの間にか立っていた。
「エコノミークラス症候群の予防のために、僕も行こうかな……」
ついてくるか? と訊くより先に工藤は眼鏡をかけて準備する。
呆れつつ僕は工藤から視線をはずす。すると、隣にいた笹田と目が合った。
近い場所にいた笹田は、話の一部始終が聞こえていただろう。興味深そうに見る目は、私もついて行っていいと訴えているようだ。
「ねえ、あまり立つなって先生、言ってたよ」
そう思ったが、僕の勘違いだったようだ。笹田は僕たちを心配してくれたのである。
「そのタトツがいないじゃんか。俺たちの勝手――」
だろ。と秀喜がつけ足す前に、笹田が席を立った。
僕たち男子一同は、優良生徒、笹田の行動に一瞬言葉を失う。
「じゃあ、そのタトツに文句を言いに行こうか。私、スチュワーデスになりたいから、社会科見学も兼ねて……」
ちなみに秀喜と笹田が言う、タトツは担任のあだ名である。
担任が自己紹介の時に、横書きで外川貴司と書いたのが、事のはじまりだった。
名字の外川の文字が汚くてカタカナでタトツに見えたため、ひとりが面白がって言いはじめたのが切っかけだ。そのひとりというのが行方不明中の宮本であるのだが。
隣に座る山口に「ついてくる?」と笹田は訊いたが、山口は、「私は遠慮する」と答えた。顔色が優れないところを見ると、彼女も寝不足らしい。乗り気ではない仲間の山口に相反して、笹田はノリノリのようだ。大きく伸びをすると、指を行く先に示して合図をする。
かくして、まるで戦隊物のような五人組が結成された。五人揃って席を立った僕らを見る、クラスメイトたちの視線が妙に気になった。