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航空路  作者: つるめぐみ
2/10

犬猿もただならず

 数十分経過するとシートベルト着用の文字が消え、同時に何人かの生徒が席を立った。

 トイレが我慢できないとの理由でだ。彼らが通り過ぎようとした時、

「いっぺんにいったらやばいだろ? 乱気流で大怪我したニュースあったじゃん。お前ら、壁に叩きつけられて死ぬかもよ」

 すかさず秀喜が皮肉っていた。

 お前たちは無知だ。そう秀喜が言ったように聞こえたのだろう。彼らも黙ってはいない。

「ばーか。落ちたら、全員死ぬんだよ。お前こそ、エコノミークラス症候群で死ぬぞ」

 秀喜に応戦したのはクラス一の行動派、宮本(みやもと)誠也(せいや)だ。みんなでどこかにいこうと言い出すのは必ず彼であり、いうなれば幹事役である。

 が、この幹事。少々問題点も多く、自転車を盗んで補導された過去がある。性格も言葉遣いも荒くて、クラスで恐れられている存在でもあるのだ。当然、周囲の者たちの感情を理解しようとはしていない。

 ただでさえ、はじめての飛行機で不安なメンバーも多いのに、宮本の「落ちる」「死ぬ」などという会話で、機内は張り詰めたような空気になった。

 すると、そんな空気を打ち破るように、

「君は無知で困る。エコノミークラス症候群の発症例は日本人には少ないとされていて、予防すれば避けられる。手元のパンフレットに予防法が書いてあるだろう。それに落ちるなんて心外だね。君の知人で宝くじに当たった人は? その確率は一千万分の一なんだ。飛行機事故に巻きこまれる確率はそれ以下、ましてや落ちる確率なんて、限りなくゼロに等しい。ここまで説明すれば、無知な君にもわかるだろう? それ以前に、君が恨まれて殺される確率のほうが高いよ」

 秀喜の後ろの席に座っていたクラス一のウンチク王、工藤賢一が口を出した。

 その視線は秀喜ではなく、宮本のほうに向いている。宮本相手にここまではっきり言える者は、クラスで工藤しかいない。眼鏡を指先であげる仕草は、いかにもインテリっぽい。

 父親が警察官であり、中学で生徒会長を務めた彼は、理論と学力の塊と紹介してもいい。

「そうかよ……お前が恨まれて死ぬ確率のほうが、俺が恨まれて死ぬ確率より高いのは確かだな。ここにハイジャック犯がいたら真っ先にお前、標的になるぜ。俺が、こいつは刑事の息子だって叫んでやるからな」

 殺気をまとって工藤に言った宮本は、往年のギャグ「飛びます」「飛びます」を言いながらトイレに足を向けて、去っていった。

 宮本についていこうとした者たちは、秀喜の言葉で安全策をとろうと決めたのだろう。

 トイレは一人ずつにしようと、その場で話し合うと、互いの席に散っていった。

 秀喜はというと、ウンチク王の工藤が言っていた手元のパンフレットを読みはじめている。

 僕はイヤホンを耳につけて、昔の映画を見ることにした。

 とはいえ、映画もアニメも見たものばかりで、すぐに飽きてしまう。少しくらい重くても、暇潰しに本でも持ってくればよかったと、今更ながら後悔した。

 イヤホンを取って横をむくと、秀喜と目が合った。秀喜も暇を持て余している様子で、窓の外をずっと眺め続けていたようだ。

「飛行機の中じゃ、電波飛ばす携帯ゲームもメールもできないから暇だよなー。二人じゃ、トランプもつまらねーし。それに窓の外だって、見えるのは雲ばっか」

「どれくらいの高さで飛んでいるんだろう。陸地が見えないから、わからないなあ」

 何気ない話で時間を潰すしかないと思い、秀喜に口調を合わせる。

「高度一万千ぐらいだろうね。この機体なら、それが最適高度らしいから……」

 後ろの座席から、突然、声が聞こえた。振り返ると工藤が、こちらを覗きこんでいる。

 工藤も暇なのか、僕たちの話を聞くなり、大好きなウンチク語りを開始したのだ。僕らも後部座席を覗きこむと、工藤の隣にいる田中が熟睡しているのが見えた。

 無理もない。明日、海外旅行で飛行機に乗るという思いがあれば、誰であっても寝つけないはずだ。田中は英気を養うため、不足した睡眠時間を取っているのだ。

 僕も睡眠不足だし、異常なまでに襲いかかってくる睡魔を我慢しているのは、修学旅行という、ノリで目を開け続けているからに過ぎない。

 通路に頭を出して奥を見ると、何人かの生徒は目を閉じていて、担任もいびきをかいて寝ているのが見えた。

 通路越しにいる笹田が何をしているのか気になって見ると、台の上にオセロゲームを開いて遊んでいる。奥の窓には曇ったガラスに、大量のマルバツゲームの跡があった。

 暇な時間を潰す能力に関しては、僕たちより女子のほうが得意らしい。

 鉛筆片手に絵を書く姿があったり、古今東西ゲームをする声も聞こえる。

「俺も少し寝るよ。むこうに着けば着いたで疲れるだろうし」

 秀喜は言うと、座席を少し傾けて目を閉じてしまった。

 傾いた座席の隙間から視線を感じてみれば、ウンチクを語り切れずに不服そうな、工藤と目が合う。

 ただの肩書でも僕は班長だから、同じ班の工藤の機嫌はとっておこうと考える。

 「工藤の話、興味あるから少し聞かせてよ」

 僕が言うと、工藤は満面の笑みを浮かべて飛行機の仕組みを語りはじめた。

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