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航空路  作者: つるめぐみ
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着陸

 僕はごくりと唾を飲んだ。慎重に決めなければいけない。倒れこんでいた秀喜が、席に座ったのを確認してから、彼の肩を叩く。

 秀喜はびくりと肩を動かした。振り返った顔は蒼白、目も充血している。

 どちらかに答えなければならないという究極の選択、秀喜に聞こうとした時、

「立花、お前たちは無事だったか。みんなは、どこに消えた?」

 担任のタトツが、僕たちの存在に気づいて声をあげた。

 みんなは僕たちが見えていないが、先生は僕たちが見えている。

 ――と、いうことは、僕たちはあっちの世界に近いということなのだろうか。

 秀喜が答えようと口を開けるが、僕はその口を塞いだ。どちらが死の世界に近いのか、まだわからないのだ。

 軍服の男を見ると、何も言わず僕たちを見ている。自分で選択しろということなのだろう。

 工藤と笹田も状況を把握したのか動かない。いや、二人の視線は外にむいているようだ。気になって僕も外を見る。

 瞬間、僕は目を疑い、言葉を失ってしまった。

 飛行機は青空の中を滑空していたはずだ。それなのに今は、見渡す限り黄金色に染まる花畑の中を進んでいる。

 ここがどこなのか想像して、僕は恐ろしくなった。

「宮本たちに応えちゃ駄目だ」

 工藤が震えた声で言う。

「ここから逃げないと……」

 次に言ったのは笹田だ。

 逃げる方法がわかれば僕も苦労しない。

 どちらに応えればいいかなんて、僕だってわからない。

「立花……」

 隣の秀喜がイヤホンをつけながら僕に問いかける。そのイヤホンを僕に差し出してきた。

 イヤホンからはニュースが流れていた。

『緊急ニュースが入ってきました。○○八便、○○行きが空軍機と接触し、緊急着陸したとの情報が入りました。空港に着陸したものの、機体は激しく炎上しているということで、現在、救助隊は機内に入れず、外から消火活動をしている模様です。この機には修学旅行に出た○○高校の約百人が乗っており――』

 これは僕たちがいるこことは違う、現実世界の放送だ。

 では、ここはどこか? 見渡す限り黄金色に染まる花畑。それが全てを語っている。

 僕たちの肉体は現実世界にある。着陸炎上した機内の中だ。魂だけが肉体から切り離されてここにいる。自分が生きているのか、死んでいるのかもわからないままの状態で。

 どちらに応えるか? もしそんなことをすればどちらかが死んでしまうのではないか?

 いや、僕たちが助かったとしても、全員が無事に現実世界に戻れなければ意味がない。

 僕は席を立った。

「こっちだ、救助隊! 僕たちは生きている! 助けてくれ!」

 あらん限りの声を出して叫ぶ。秀喜と工藤、笹田も同時に叫んだ。

「ここだ、助けてくれ!」

 僕たちが叫び出した途端、先生と宮本たちが「こいつら、頭がおかしくなったんじゃないか?」というように見ている。僕は宮本たちを見た。

「みんな一緒に叫ぶんだ。叫ばなきゃ助からないぞ!」

 僕が言うと、宮本は鼻で笑う。そして、自分の席に戻って座ってしまった。

 先生も関心がなくなったかのように席に戻ってしまう。ただ普段、宮本とつるんでいる鈴木と田淵が困った様子でいた。

 その時だ。

「その選択は間違っていない」

 軍服の男がはっきりと言った。そして、彼は霧のように姿を消した。

 僕らがしばらく叫んでいると、花畑を滑走する機体のアナウンスが告げた。

『間もなく目的地に到着します。乗客の皆さまは席に着き、シートベルトをつけてください』

 宮本と先生は、アナウンスに従いシートベルトをつけた。僕らはアナウンスに構わずに叫び続ける。

 すると、鈴木と田淵は僕たちを見て席に着くとシートベルトはつけずに、

「ここだ、助けてくれ!」

 同じように叫びはじめた。

 徐々に飛行機は速度を落としながら、どこともわからない場所へ停止しようとする。

 祈るような気持ちで叫び続けていると、

「立花? いつからそこにいたんだ?」

 僕たちの姿がないと叫んでいた級友が、僕と秀喜、工藤と笹田を見て言う。

 途端に遠くから、訳のわからない言葉の騒ぎ声と足音が聞こえてきた。

 助かったのだろうか。胸を撫で下ろした途端、

「熱い。それに苦しいよ!」

 笹田が喘ぎながら悲鳴をあげる。秀喜と工藤も同じ反応をしている。

 そして僕も、皮膚を熱されるような熱さと煙に巻かれるような息苦しさを覚えて、そのまま気絶してしまった。


      *


 次に僕が目を覚ました場所は、薬品の臭いが立ちこめる室内だった。

 しかし、目の前には心配そうに覗きこむ父と母の姿がある。

「父さんに母さん? なんでここに……?」

 訊くと母は僕を急に抱きしめて泣いた。体の所々が痛い。

 ――と、秀喜や笹田のことを思い出して周りを見た。ベッドがいくつか見える。誰なのかわからないが、寝ている人が見えた。

「秀喜たちは? みんなは無事なの?」

 父と母は困惑する。あまりいい知らせではないらしい。

「秀喜くんは無事よ。だけど、何人かの生徒さんたちは……」

 母の口からでなく、数日後に僕は取材にきた記者から全てを聞くこととなった。

 成田から目的地に飛んだ僕たちの飛行機は、目的地の空港着陸直前に空軍機と接触した。

 機長の冷静な判断で機は着陸したが、直後に炎上したらしい。何人かは自力で逃げ出し、気絶していた生存者も救助隊の迅速な働きで救われた。

 機に接触した空軍のパイロットは死亡。旅客機に乗っていた乗客の大半は救助されたが、生存者に先生と宮本の名前はなかった。

 席に座って叫んでいた鈴木と田淵は重体。

 秀喜と工藤、笹田は軽い火傷をしているが、命に別条はないとの話であった。

 僕も秀喜と同じくらいの火傷だったが、検査もあるとのことで数日入院が決まった。

 さて、今になって思う。あれはあの世にむかう機だったのではないかと。

 僕らは声をあげて逃げることができたが、宮本はこれを拒んだ。鈴木は席に座った中途半端な体勢だったのでどちらにも行けなかった。だから、機の目的地である場所に到着してしまったのだ。

 おそらく場所は、三途の川。

 目的地に案内しますと言われて、宮本は先生と川を渡ってしまったに違いない。

 いや、そもそもあの機に目的地はあったのだろうか?

 僕や秀喜たち、軽い火傷だったグループは数週間後退院して日本に戻った。

 もう二度とあんな目に遭いたくない。そんな怖さで帰りは飛行機ではなく、船を選んだ。

 が、数週間後、僕たちはある噂を聞いた。

 あの現場上空を飛んでいると、正体不明の黄金色に光る飛行機が、ゆっくりと近づいてくるという話だ。

 無線で問いかけても反応がないその機体は、通り過ぎた途端、霧のように消えてしまうという。

 まだ、あの飛行機は目的地を求めて飛んでいるのだろうか。

 もし、会う時があるのなら答えないほうがいいのだろう。きっと違う場所に連れていかれてしまうのかもしれない。

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