3.小春日和
『次のニュースです。本日Z市のH町で火災が発生しーーー』
春の学校は書類の山。生徒が帰った後の職員室テレビは付けっ放しだ。
「H町って、すぐそこじゃないですか!」
「生徒たちにもH町の子達いただろ」
「私、確認してみます。」
赤ペンを片手に、先生が丸つけをしている。膨大な量のテスト用紙。それはもはや工場の流れ作業に近い。
「最近物騒な事件多いですねぇ」
「いつの時代だって事件はあるさ」
「みんな自分さえ平気だったら、ニュースなんてただのゴシップですね」
「ちょっと、磯崎先生言い過ぎですよ!」
少しだけ赤ペンに力が加わる。
「ほら、なんかテレビって遠い存在じゃないですか。そういうことが言いたかっただけで…勘違いなさらないでくださいね?」
事故も事件も、皆人が起こすもの。
自然災害は、地球の掟。
「もう少し減ってくれたらなぁ…あ!この子間違ってるのに丸つけちゃった!!」
南商店街大通。昔はもっと栄えていたと聞くが、今でも人はたくさんいる方なのではないか。学校から45分は自転車を漕がないとたどり着かない場所だ。
自転車を止めて目的の店に向かう。45分も走ると、汗が滲む。なんたって今日は小春日和なのだ。
新太はこの商店街のゲームセンター目当てに45分も自転車を走らせた。
「イライラする」
新太にとってゲームセンターは、ただのストレス発散場。制服姿で来てしまったが気にしない。ここは学校から離れている。学校の人間はそうそう居ないから、ゲームセンターといったらいつもここだった。
財布の中身を見る。700円ちょっとか…朝のオッさんのお金少しパクってくりゃよかったかな、なんて考えながら100円玉を投入し、暴言を吐きながら格ゲーをした。
「差し込み失敗したじゃねぇーかクソがぁ…あーあ、詰んだわ」
機械をバンッと叩いて、だらりと腕を下げる。
「つまんね」
鞄を肩にかけ立ち上がろうとした時、外からサイレンの音が聞こえた。
けたたましい音を立てて、何台も何台も消防車が通っていく。
ゲームセンターをダッシュで飛び出し、お祭りの気分で新太は追いかける。
上を見ると、黒煙が空高く昇っていた。
「結構大きな家事だな」
もう少し行ったところに火災現場がある。人がたくさんいてこれ以上は近づけないし、近づきたくない。
消化活動をする赤い服を着た戦士たちと、国家の制服を着て野次馬を近づけさせないように必死で止める警察。ご苦労様、と方向転換して帰ろうと思った瞬間、新太の目に見たことのないものが映った。
目を見開いて、そいつを凝視する。
「な、なんだ…」
火災現場の野次馬の上に、雲みたいな大きな生き物が禍々しいオーラを放って動かずにいた。
ドス黒い紫色をしたその生き物は、全身から血管が浮き出、大きな牙と太い腕をもつゲーム世界のラスボスみたいな生き物だった。
すごくリアルな風船かとも新太は考えたが、明らかにそれは生きていた。
「なんでみんな驚かないんだよ…そうだ、写真撮ってネットにアップすりゃあ…」
スマートフォンをポケットから急いで出した。手は少し湿っていた。モンスターに焦点当てて撮影したが
「映らない…!!!幽霊か…?」
スマートフォンから目を離し、モンスターを肉眼で見た時、目があった。
「オレノジャマシニキタノカ…?」
新太は全身の毛が逆立った。手は汗で濡れ、スマートフォンがカラカラと滑り落ちた。
『俺に話してるのか!?あいつには俺が見えてるのか?!』
冷や汗が垂れる。背中を一本スッと濡らした。身体が冷たい。逃げなきゃ。本能でこれはマズイと分かる。
ヌッとモンスターがこちらに身体の向きを変えた。距離にして3、40メートル。こっちに向かってくるに違いない。
足は全く動かなかった。使い物にならないくらい震えていた。身体は冷たいのに、左耳がとても熱い。燃えるように熱い。
なんとか動く左手で左耳に触れる。ピアスがとても熱かった。グッと力んでピアスを握ると
パチンーーー
と弾けるような音と、見たこともない眩い光が新太を包んだ。