2.称号
傷ついたオッさんと離れた新太は、軽く汗をかくくらい自転車のスピードを出していた。
なぜ、学校二日目にしてこのような事態が起こるのか。やはり、春のせいとしか説明がつかなかった。
校門が近づくにつれ、生徒がちらほら見え始める。額に汗を滲ませている者ばかりという現実が、まるで今の時刻を表しているようだ。
自転車を乱暴に止め、下駄箱まで走る。 教室についた瞬間にチャイムが鳴る。みんな一限目のテストの復習をしたり、前のクラスの奴と春休みに起きたことについてダベっていた。
「席に着きなさーい。出席とったらすぐにテスト始めるからー」
肩で息をしていた新太を、クラスメイトが声をかける。
「おいおい、新太珍しいな」
「新太くん汗かいてるよ?大丈夫?」
「新太〜!俺とテストの点競争な!」
「おはよう新太」
たくさんの友人が新太の肩をポンと叩き、新太に挨拶をした。
「柳瀬くんも息上がってるのはよーくわかるけど、席ついてー!出席とるわよー!」
「先生、息と一緒に成績も上げておいてくださいよー」
クラスに笑いが起こった後、先生がプクッとふくれ、新太を見て笑った。
新太は人気者だ。人を批判することなく、笑顔を振りまき、面白いことを喋る。
対して顔がカッコいい訳でもないし、背が高い訳でもない。成績もテストの点数も中の上。スポーツが出来るかと言えば長年入部してきたバスケットボールくらいで、あとは対して普通である。
新太は、よくわかっていた。
笑顔の作り方を。
人の心の掴み方を。
人生チョロいよな
頭で唱えながら、テストの1問目を解き始めていった。
女性はどのような人物に恋心を抱くのか。
顔、身長、内面、筋肉、お金…
たくさんある種目の中で、新太が当てはまるのは「人気者」というカテゴリに入る。
人気者。それは、人々からの信頼や人望などがあってこその称号。
新太はその称号によって、よく愛の告白をされた。決まって同じクラスの女の子しか告白はしない。
なぜならば話は戻るが、新太は別に普通の人間だからである。クラスの外から見たら、三組の柳瀬新太くん。学校の外から見たら、ただの男子高校生。
数学のテスト問題も終盤に差し掛かったところで、頬杖をついた。ふと人差し指に何かが当たる。
「あ…」
そういえば、ピアスしてたんだっけ。
新太は見張りの先生の目を盗んで、ピアスを外そうと金具を引っ張った。
「…!」
硬くてとれねぇ…
奥までハメすぎたのかな、と一生懸命四方八方に引っ張ってみたが、びくともしなかった。耳が熱くなり始めたので、あとで鏡の前で取ることにしようと諦め、問題を再び解き始めた。
鐘が鳴り、今日のテストの終わりを告げる。
「じゃあまた明日なー」
「新太、このあと一緒にどっかいかね?」
「新太ばいばーい!」
「俺今日のテストマジでヤバかったから、ちょっと家帰って勉強するわ!本当に留年レベル!悪いな!」
はははと笑い声があがり、徐々にクラスメイトは帰っていった。
新太は黒板の隣にかけてある先生の鏡を使って、ピアスを取ろうと必死で引っ張る。
「んぎぎぎ…固すぎ…」
ガタっと椅子を引く音がしたので視線を動かすと、まだ一人クラスメイトが残っていた。
透き通るような白い肌、凛々しく整った顔、乱れのない制服、日本人形を思わせる女。高校三年生にしては童顔なのかもしれないが、とても美しく、そして地味だった。
彼女を見た記憶がない。去年は違うクラスだったに違いない。
「ねえ」
彼女が声を発した。思ったより低い声だった。
「ねえ、無視するの?」
「え、あ、俺?!?!」
「あなたしかここにいないでしょう」
彼女はこちらに向かって歩いてくる気配もなく、自分の席の前で突っ立って話し始める。
「あなた、上手ね。人の溶け込み方。」
「あ、ああ。ありがとう」
「とても気持ち悪いわ。」
新太は後頭部を殴られたような感触を味わう。
「…え?」
「すごく気持ち悪いわ。ピエロみたいで。では、私はこれで。」
彼女は足音も立てず、教室を後にした。
なんなんだあの女、ムカつくなぁ。見透かしたように。新太は人がいないことを確認して、教卓を蹴り飛ばした。
ガランガランと大きな音を立て教卓は倒れた。それを起こすことなく、カバンを持ってムスッとした顔で学校を後にした。