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10.春の朝

シリアスなファンタジーになってきてしまいました。少し痛々しいかもしれません。ご注意ください。



 



「行ってきます!」

「ちょっと!新太!何?!なんでこんなに早く出てくのよ!朝ごはんは??」


 トーストを咥えて自転車に乗る。いつもより一時間はやく家を出た。こんなにはやく出たことは今までにないかもしれない。


「あのクソジジイ…」


 一日頭を冷やして、オッさんの呼び名はクソジジイに変わっていた。


 いつもと同じ道の風景が、変わって見える。たった一時間で、こんなに変わるものか。鳥の声がよく聞こえるし、まだ陽も完全に昇りきっていない。


「…いた!」


 昨日と同じ場所に、同じサラリーマン。あのクソジジイだった。


「…やぁ。今日は早いんだね」

「あんたに文句言わないと気が済まなくてね。わざわざ早起きしたんだ」


 新太は自転車を停め、オッさんの前に仁王立ちする。


「まあ座れよ。40分くらい時間あるだろう??」


 おじさんはゆっくりと腰掛け、ポンポンとコンクリートを叩いて新太を誘う。


「俺はこのままでいい。聞きたいことがたくさんありすぎる。正直3時間前にはここに来たかったが…それじゃあアンタがいないとおもって」

「はは。そうだね。うーん、40分で説明できるかなぁ…」


 オッさんの黄色いピアスがキラリと光る。


「どうやら、この力を使ったみたいだね」

「…?なぜわかる」

「ほら、魔力が減ってる。石が昨日より小さくなってる」


 オッさんは新太の耳を指差す。


「昨日俺は変態というレッテルを貼られた。この屈辱は大きい。」

「あの恐ろしい化け物を見たというのに、君は随分と冷静だ。私の見る目があったんだな」


 新太はおじさんをじっと見て話す。


「あの化け物がなんなのか、このピアスがなんなのかはどうだっていい。あんたの正体もどうでもいい。


 ピアスの外し方を教えろ。」


「外し方…」


 おじさんは遠くの方を見つめて、儚げに「そんなものはないよ」と言った。


「外せないなんてことはないだろ?」

「一つだけあるよ。耳を落とすんだ。」


 おじさんが自分の耳をギュッと引っ張ってみせる。新太は怒りが湧いてきた。


「俺をからかってるだけだろ!外し方を教えろ!どうせ遠くから見て嘲笑ってたんだろ!」


 新太は胸ぐらを掴む。爪が反対側を向きそうなほど強く襟を握る。

 おじさんの身体が少し宙に浮いた。


「落ち着け少年。外せたら私だってもう外してるさ。こんな力、ほしくなかったしあんな恐ろしい生き物も一生見たくなかったさ。でも耳を削ぎ落とすしかないんだ。」

「どうして俺にさせたんだ!あぁ!?俺があんたになんかしたか!」


 両手で胸ぐらを掴んで前後に揺すった。服と服の擦れ合う音と、新太の荒い息が辺りに響く。


「ここは住宅街だ。まだ寝てる人もいる。もう少し静かにするんだ。」


「…っ!」


 手の力を抜いた。

 思わずドスンと座り込んだ。


「なんで…俺なんだ。」

「君のことは前々からチェックしていた。チェックしていたと言っても、正直この道を通る男の子なら誰だってよかったんだ。


 この大きな市を俺一人管理するのは無理だと思ったんだ。だから仲間を作った。それが君だ。ただそれだけの話なんだ。」


「あのクソ趣味のわりぃコスチュームはなんだよ」

「どうせこのピアスの開発者がロリコンだったんだろう。…私もよく知らない。

 誰が作ったのか。他に誰が身につけているのか。世界に何個存在するのか。」


 黄色とピンクのピアス。今は2色しか知らないが、もしかしたら7色かもしれないし、2色だけなのかもしれない。

 俺はピアスに触れる。朝の空気に触れたピアスはとてもひんやりしている。




 よいしょとあぐらをかいておじさんは座り直す。


「わたしがこのピアスを受け取ったのは、もう2年も前だ。」





 2年前ーーーーー


 毎日朝7時半に駅まで歩き、8時半に出社、帰りは23時近い生活を送っていた。


 わたしはどこにでもいるサラリーマンだった。


 会社に出勤し、一日働き、晩に家族の元へ帰る。そんなことを何十年も繰り返してきた。


 ある日、とうとう疲れてしまった。

 いろんな不幸が私に重なった。

 私は限界だった。


 自殺するために会社の屋上に行き、フェンスに足をかけたところで…


「どうせなくなる魂だ。少しの時間俺によこせ」


と、あの化け物は私の前に現れた。


 本当に死を決意していた私にはもう恐怖もなかった。ああ、いいとも。そう返事したところで、黄色い戦士がどこからともなくやってきた。


 鞭のようなリボンで鮮やかに化け物を解体し、ボロボロになった私の前に


「大丈夫か」


と手を差し出した。


 もう彼は60代後半くらいだったと思う。

 私は返事もできずにいた。


 目の前で起こったことと、目の前にいるミニスカートのおじいさんを目の前にして声が出なかった。


「君はまだ若いじゃないか。生き甲斐を見つけよ」


 彼はそう言って、私の目の前で…

 耳を落とした。



「私がつけている黄色のこれは、彼からもらったものだ。私はその後も1時間はぼーっと座ったままだったから、彼がどうなったかは知らない。

 そして去り際に言った。『滝泉寺の住職にそのピアスを見せるんだ。いいものがもらえる。』と」


「……そのいいものが、俺がしているこのふざけたピアスか。」

「そうだ。」

「どうして2年後の今になった。」

「探したのさ。滝泉寺を。全国に何箇所もあった。しらみつぶしに北から回ったんだ。回るだけならこんなに時間はかからなかっただろう。

 あの異常な化け物を退治しながら全国を回っていたら2年もかかってしまった。」


 日差しが顔にかかる。

 周りの風景はようやく活動的な「朝」を迎えたようだった。

 家から人が出たり入ったり、洗濯物を干し始める主婦や犬の散歩をしている人がチラホラ遠くに見えた。


「君を巻き込んだのは本当に悪いと思っている。だが、俺ももう歳なんだ。そう長くはない。…後継者がいるんだ。」

「そんなこと知るかよ。俺は耳を削ぎ落とさずにピアスをぶっ壊す方法を考える。」



 立ち上がりお尻についた砂を払いのけた時、耳が熱くなった。


「!!!!!」


 新太もおじさんも辺りをキョロキョロする。


「いるな…こんな朝早くに…」


「俺はいかないからな!」

「ダメだ!君も行くんだ!」

「っちょ!高校卒業させないつもりかよ!テストなんだよふざけんな!」

「ふざけてなんかないさ…っ…!この方向は…」




 君の学校にいる。








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