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ある日の来客

もしかしたらこのエピソードの前に別の話を挿し込むかもしれません。

 シルフ領の緑豊かな森の中。

 陽射しが温かく、今日はとても良い天気です。


「今日は絶好のお布団干しの日ですねぇ、ルジェラニア」

「……ええ、そうですね」

「僕、お日様に照らされた後のお布団の匂い、好きなんです」


 いつも通りのほほんとしているドラグニカ様。

 それに対し、私が顔を引きつらせているのは決して不機嫌だからなどではありません。


「よっこいしょっと――――!」


 年寄り臭い掛け声と共に、物干し竿に分厚い布団を乗せるドラグニカ様。

 それを横で手出しする事を許されず、ひくひくと頬を引き攣らせ黙って見ている私。


 ええ、怒ってないですよ。

 主であるドラグニカ様に仕事を取られ怒ってなんかいませんとも。


「さあルジェラニア。次は何をするんです?」


 ニコニコと私に尋ねるドラグニカ様ですが、困った事に裁縫も料理も洗濯も基本的な事を一通り出来てしまう家庭的な人なのです。

 あれもこれもとやられては、私が存在する意味がなくなってしまいます。まあそれを教えたのは私なのですが。



「私の仕事を取らないでください!」



 仮にも主であり、魔王様でもあらせられるドラグニカ様に吠える私。


 ――――ああもう、家事なんて教えるんじゃなかった。





 そんなほんの少し(かなり)の後悔から始まったとある日の事です。




 時間は正午を指したと知らせる鐘の音と同時に、来客を告げるベルの音がお屋敷内に響き渡りました。


「おや、誰でしょうねぇ?」

「今日の来客予定は無いはずなのですが……」


 昼食を終えお楽しみのデザートタイムをしようとしていた所でした。

 とぽとぽとポットからお茶を注ぐ私とそれを待ちきれないといった様子で眺めていたドラグニカ様は、鳴り響いたベルに首を傾げました。

 ベルに気を取られお茶を零しそうになりましたが、セーフです。

 ちょっとカップに雫が垂れましたが、セーフです。

 こっそり拭うから、セーフです。

 ほら、ドラグニカ様は気付いていません。だからセーフです。


 ついでに言うとデザートのフルーツタルトはドラグニカ様の手作りです。


「たのもーー! 誰かいないかーー!?」


 すると若々しい張りのある男性の声が聞こえてきました。

 聞いたことの無い声に再び私とドラグニカ様は首を傾げます。


「迷子さんでしょうかねぇ?」


 ドラグニカ様がぽつりと呟きます。


 私達が住むシルフ領の広大な森は、たくさんの植物が大地に根を張り様々な動物達が生息しています。

 その為研究者や狩猟者達などがこの森をよく出入りしているのですが、時々迷われる方がいらっしゃるのです。

 以前彷徨い歩きボロ雑巾のように酷い姿をしていた男性を保護した事があります。

 途中で獣に襲われ逃げていたら迷子になってしまったそうです。


 今回もまた迷子になられた方なのでしょう。ドラグニカ様もそう思ったようです。


「おーい! いないのかーーーー!?」


 するとまた男性の声が響きます。

 声の様子から至って元気でありそうな感じです。

 幸いにも怪我をすること無くこの屋敷に辿り着いたのでしょう。回復キットは必要なさそうです。


「とりあえず迎え入れましょう。ルジェラニア」

「はい、ドラグニカ様」


 私は一旦持っていたポットをワゴンに置くとドラグニカ様が立ち上がります。

 私は先回りしてドアの前に立ち、ドラグニカ様がご自分でドアを開ける前に私が開いてあげました。

 その様子にドラグニカ様は苦笑されています。


「ルジェラニアってば……ドアくらい自分で開けますよ」

「いいえ。ドラグニカ様は一応お仕えしている主人ですから」


 私の見てないところであれこれ家事していようと私の主人に変わりありません。

 私がそう言うとドラグニカ様はポリポリと頬を掻き『うーん……家族のように振る舞ってほしいんですけどねぇ』と小さく呟いたのが聞こえてきました。いえ、家族だとしても貴方は主です。


 広々とした廊下を二人で歩きます。

 並んで歩いたりはしません、ドラグニカ様の一歩後ろをついていきます。

 ドラグニカ様的にはこれも嫌らしいのですが、私メイドですから。


 吹き抜けのロビーに出ると、そこには白く薄汚れた鎧を身に纏った若い男性がいました。


 赤毛の短髪に、黒い瞳。

 凛とした顔立ちが真面目そうな印象に見えます。


 腰にサーベルをぶら下げ、現れた私達に熱い目を向ける男性。

 ドラグニカ様に目に止めた瞬間、彼は素早く剣を抜きました。

 そして切っ先をドラグニカ様に向けます。


「俺は誇り高き勇者の名を継ぐ、リヴァン・エクスヴィア=ルグニールだ! お前が魔王サタンだな!? 俺はお前に決闘を申し込みに来た!!」


 エコーのように屋敷中に高らかに名乗ったリヴァン様の声が響きます。

 私とドラグニカ様は目を見合わせ首を傾げました。


「決?」

「闘?」



 ◆



 とりあえずリヴァン様には剣を納めていただき、一度お話を聞くことにしました。

 場所を応接室に移し、私は今向かい合って座るなりお二人にお茶を淹れています。

 テーブルの中央に座る、『チャーリー』と『ブラウン』の双子の猿(のぬいぐるみ)が異様な雰囲気に怯えているように見えます。

 あくまでそう見えるだけです。実際に表情など変わってません、ぬいぐるみですから。


「リヴァンさんはどちらからいらしたんですか?」

「アウロラ帝国の帝都グラントーラからだ。サタン、何故お前は」

「お茶が入りました。お熱い内にどうぞ」

「あ、ああ……ありがとう……」


 とぽとぽとカップにお茶を注ぎ二人の前に置いてやるとドラグニカ様はニコニコと手に取り、リヴァン様の方も戸惑いながらお茶を口にしました。

 私はドラグニカ様の傍に控え、成り行きを見守ります。


「グラントーラと言えば、焼菓子が有名ですよね? 僕、グラントーラの焼菓子大好物なんですよー」

「そうか。……そんなことはどうでもいい! サタン、なんでお前は」

「あっ、お菓子といえばルジェラニア……まだ僕が作ったケーキありましたよね? 持ってきてください、せっかくですからリヴァンさんにも食べていただきましょう。甘い物はお好きですか、リヴァンさん?」

「……む。まあ好きだが……」

「それはよかった。そこのルジェラニアに教わって作ったのですが、すごく美味しく出来たんですよー! 僕それで最近お菓子作りにハマってですね……」

「菓子作りが趣味だとか変わってるな…………って、お前の趣味はどうでもいい! 俺の話を聞かんか!!」


 中々話が出来ないことに業を煮やしたリヴァン様が声を荒げます。

 ポカンと口を開けてリヴァン様を見やるドラグニカ様に釣られ、とっくに平和ボケしていた私もじっとリヴァン様を見つめます。


「まあまあ、せっかく訪ねて来てくださったんですし、まずはのんびりお茶でもしながらお互いの事を話すのもいいかと思ったのですが」

「俺は勇者でお前は魔王だ! 何故お互いを知らねばいかんのだ! 俺は尾前に決闘を申し込みに来たと言っただろう!」


 のほほんとお話されるドラグニカ様に掴みかからん勢いで立ち上がるリヴァン様です。

 その拍子にテーブルが揺れカップの中身が少し零れましたがドラグニカ様は特に気にする様子はありません。

 ドラグニカ様はきょとんとして尋ねます。


「何故ですか?」

「何故……!? 勇者と魔王だからだ!」

「それがどうして決闘する理由になるのです?」


 うーん何故と首を捻り更に尋ねるドラグニカ様。

 ドラグニカ様の対応にリヴァン様はからかわれていると思ったのでしょう、ぷるぷると拳を震わせています。

 リヴァン様すみません、これがドラグニカ様の素です。


 まさか魔王が平和ボケしているなんて普通思いません。

 リヴァン様は知らないとはいえ次にとんでもない行動に出てしまいました。


「――――貴様は俺をからかっているのかぁぁぁぁ!!」


 ガシャァァァァンッ!!

 リヴァン様がテーブルをひっくり返し、乗っていたカップや茶菓子などが宙を舞います。

 その中には双子の猿チャーリーとブラウンの姿もあり、くるくると舞い上がる二匹。


 私は見逃しませんでした、その瞬間ドラグニカ様の顔が凍りついたのを……。

 室内の気温がガクッと下がったような気がして、私は不味いと感じました。

 リヴァン様はドラグニカ様の表情に気づいていません。指を突き付け叫びます。


「勇者と魔王の因縁を分かっているだろう! お前と俺が闘うのは決められた宿命なのだ!! それなのにお前はいつまで経っても姿を見せず人々を不安に駆らせおって!!」


 どうやらいつまで経っても始まらない魔王の侵攻に、人々は『いつ? いつ来るの? 今? 今来るの?』と逆にそわそわしてしまっているようです。

 先程テーブルがひっくり返された時に飛んでいったチャーリーとブラウンがドラグニカ様の目の前にぽとりと落ちました。


 その刹那、ドラグニカ様の身体から真っ赤なオーラが溢れ出しました。


 ギロリ、と鋭い眼光がリヴァン様を射抜きます。


「僕の家族…………チャーリーとブラウンに…………何するんだぁぁぁぁぁぁっ!!!!」


 ドラグニカ様は力を解放してしまったのか、応接間の中で轟々と吹き荒ぶ嵐。

 私は怒りで我を忘れかけているドラグニカ様の代わりに、床で折り重なるように倒れているチャーリーとブラウンを拾い上げました。


「――――やる気になったか、サタンよ…………っ!!」


 剣を抜き揚々と構えるリヴァン様ですが、違います。

 ――――やる気というか下手すれば殺る気です、リヴァン様。


「僕の……僕の大事な家族にぃぃぃ…………!!」


 怒りに燃え殺気が滾った瞳をリヴァン様に向けました。


 のほほんとした表情から一変して、ドラグニカ様は魔王らしい強烈なプレッシャーを放つ顔になっています。


「――――ひぃっ!?」


 この気迫には、流石のリヴァン様も青ざめ悲鳴を上げながら後退しました。


 平和な日々過ぎてすっかり忘れていました。

 ドラグニカ様は心のお優しい方ゆえ、大事なものを傷つけられると豹変してしまうのです。あちゃー。


 ドラグニカ様は本当に私を含め熊のジョージ達を大切に思ってくださっているのです。

 それは大変嬉しいことではありますが、私が傍にいるとはいえこのままだと屋敷を破壊され兼ねません。

 私はチャーリーとブラウンを高く掲げました。


「ドラグニカ様っ、見てください! チャーリーとブラウンはとっても元気ですよぉ!」

『そうでおさる!』

『とっても元気だウキーっ!』


 声色を変えチャーリーとブラウンの声を代弁します。

 腕や足をフリフリさせ、一生懸命元気な姿を見せてあげました。

 フゥーフゥーと怒りで肩が震えているドラグニカ様がゆっくりとこちらに顔を向けます。


 そう、そうです。

 このままこっちを見て……落ち着くのですドラグニカ様。


 ですが、このあと悲劇が……。



「あ」


 チャーリーの左腕が、取れてしまいました。



「チャァァァァァリィィィィィィィィィッ!!」



 ドラグニカ様の力がより一層大きくなったみたいです。

 魔王と化したドラグニカ様は、鬼のような形相をリヴァン様に向けました。


「ひぃぃぃぃぃっ!?」


 腰が抜けたのか、尻餅を付き壁際へ逃げるリヴァン様。

 ドラグニカ様の迫力に相当追い込まれているみたいです。


 勇者と名乗っていた真面目な青年の姿はどこにもありません。

 ちょっぴり可哀想ですが、原因を作ってしまった張本人ですからね。


 赤いオーラを纏ったままジリジリとリヴァン様に迫るドラグニカ様。


 このままでは本当にリヴァン様が危ない。


 私はどうやってドラグニカ様を宥めようか考えを巡らせます。

 ドラグニカ様が大事にしている家族を傷つけられたのだから、宥めるのもやはり家族がいいでしょう。


 私だけではきっと無理…………ならば、あの娘なら…………!!


 私は応接室を飛び出し、玄関へと一直線に向かいました。

 部屋を出る時『俺を置いていかないでくれぇ』なんて聞こえたような気がしますが気のせいでしょう。


 玄関ホールで来客者を迎えるとある家族の一人を連れ、急いで戻ります。


「僕の家族……っ、大事な家族ゥゥゥゥッ!!」

「や、やめてくれ……殺さないでくれえ……っ!!」


 開け放したままの応接室の扉から、壁に追い込まれたリヴァン様と魔王要素が覚醒したドラグニカ様が迫る姿が見えました。

 私は応接室に飛び込み、叫びます。



『ドラグニカしゃま、こわいですぅー…………!!』



 これ以上に無いくらい、可愛らしい声色を作って。

 私は私の次に家族の仲間入りした熊のジョージ――の娘であるシャロンを前に突き出しました。

 ピンクブラウンの身体をした小熊のぬいぐるみ。フリルのドレスに身を包んだシャロンです。

 私はもう一度叫びます。



『いつものやさしいドラグニカしゃまが、シャロンはだいすきですぅ……!!』



 すると、どうでしょう。

 嵐が止み、ドラグニカ様から溢れ出していた真っ赤なオーラは霧散していきます。

 掌にあった魔力の塊も、しゅぽんっと音を立て消えました。


「……シャ、シャロン……」


 ぷるぷるとシャロンに手を伸ばすドラグニカ様……あと一押しです。

 リヴァン様は頭を抱え壁に背を預けた姿勢で私達のやり取りを見守っています。


『ドラグニカしゃま、だぁーいしゅきっ!』

「ああシャロンっ、ごめんよ!!」


 この一言にトドメを指されたドラグニカ様はシャロンを強く抱きしめ頬擦りをします。


「可愛いシャロンの前で、僕はなんて事を……!!」


 愛おしげにシャロンを見つめるドラグニカ様は、怒りを忘れいつものドラグニカ様に戻っています。

 まるで溺愛する娘を愛でる父のようです。

 まあ元々家族大事イコール溺愛という図式がドラグニカ様の脳内で出来上がっているようですが。


『ドラグニカしゃま、くるしいでしゅー』

「ごめんなさい、シャロン。おまえがあまりにも可愛いからつい……」


 ……このシャロンの台詞は私ではありません。

 愛のファミリー劇場を繰り広げるドラグニカ様を傍目に私は室内を見渡します。


 高級木材シカモアで作られた楕円形のテーブルは、ひっくり返された衝撃で脚の部分が折れてしまっています。

 どんな馬鹿力なんでしょうリヴァン様。


 チャーリーとブラウンが座っていたクッション。

 絹で紡がれた生地で光沢のあった白色は、テーブルに潰され割れたカップから流れたお茶を吸収して汚れています。


 それから高級感のあるダマスク模様の壁紙。

 ドラグニカ様の力により発生した嵐が壁紙を大きく切り裂き、見るも無残な姿に成り果ててしまっていました。


 そしてそんな壁の下でガクガクブルブルと膝を抱え震える勇者リヴァン様。


 私は一通りそれらを眺めると溜息を吐き、震えるリヴァン様に尋ねました。


「こんな魔王様ですが、それでも闘いたいですか?」


 リヴァン様はブンブンと首を振り否定しました。

 この騒動はリヴァン様の戦意を削ぎ落とす事も出来たようです。


 では、一通り落ち着いたところで。

 私はにこりと微笑みます。



「この後始末、一体誰がなさるんでしょうね?」


 さすがに今日は平和に一日が終わりそうにありません。


 今度はドラグニカ様が怯える番でした。

 怒ってません、怒ってませんよ……ええ。

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