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花咲くその名は

 ヴェルデガイアには多数の種族が暮らしています。

 ピンと横に伸びた耳が特徴的なエルフという種族は、元々ひとつの種族でした。


 伝統や血統を重んじる純血派と自由と成長を望む進化派に別れており、種族内で争い合っていました。

 それがある時、魔族の来襲をきっかけに進化派は魔族と交流を始め、次々と魔族との間に子をもうけたのです。


 それがダークエルフ。

 魔族もエルフも青白い肌をしているのに、最初の赤ん坊が褐色の肌を持って産まれてきたことからそう呼ばれるようになりました。


 他の血を混ぜては気高きエルフの純然たる血が途絶えてしまう。

 それが純血派の考えですので進化派の行動は両派閥の関係を悪化させる決定打となりました。


 それから進化派改めダークエルフ達は魔界に移り、純血派は元々の地に住み続け以後ライトエルフと種族を名乗るようになります。


 顔を合わせようものなら一触即発! ……なので、交わろうだなんて禁忌の中の禁忌です。


 しかし障害があればあるほど愛は燃え上がるのだなんて、よく言ったものだと思いませんか?

 そんな環境下でも、出会ってしまえばただのオトコとオンナ。


 ――――でなければ、私は産まれていませんから。



 ……もう十年以上前になるのでしょうか。

 それはまだ少しの肌寒さを残す冬の終わりのことでした。


「そのハーフエルフはいくらだ?」


 良い身なりの魔族の男性が、私を指さして言いました。


 ハーフエルフとは、ライトエルフダークエルフとの間に生まれた混血児のことです。

 それぞれの特徴である肌色を併せ持った私は歪な肌色をしていたので、気味悪がられては酷い扱いをされ、そしてとうとう奴隷として売り飛ばされそうになっていました。


 ヴェルデガイアとネグロシエロの境にある闇市場で商品として並ぶ私。

 まともな衣服もろくな食事も与えてもらえず、寒さと空腹感でとても辛かったのを覚えています。


(ああ、とうとう買われてしまうんだ……)


 生まれてからこれまで幸せだった記憶はありません。

 捨て子の私はずっと凄惨な生活をしてきていたので、買われようとしていた時は幸せになることを諦観していました。


 どこへ行っても酷く扱われるのは変わらない。だってみんな私を醜いと言って嗤うんだもの。


 諦めにも似た思いとこれでまた追い出されるようなら次は死のうと将来への悲観を抱えつつ、数枚の銀貨と引き換えに私は買われることになりました。


 それが魔族界において絶大な権力を誇るルシウス家です。


 代々魔王を排出してきた魔族界の名門貴族のルシウス家は、今までに見たどの家よりも遥かに立派なお屋敷をお持ちでした。

 あまりの立派さについはしゃぎそうになってしまったのですが、私が連れて行かれたのは広いお屋敷を横切るように進んだ奥の――――暗い森の中でした。


 まるで灰色の木々に隠されるように建てられた小さな家。

 その前で男性は言いました。


『この中に魔力なしがいる。奴は我がルシウス家の恥だ……決して他の者の目に触れさせぬよう見張るように』


 そして放り込まれた私はそこで魔族の少年に出会います。

 静けさに包まれた空間にただ一人ぽつんと――――それが、当時十歳のドラグニカ様でした。


 ドラグニカ様を一目見て、先ほどの男性が言っていた意味に気づきました。


 魔力なしとは生まれながらに自身の魔力を持たない者のことでした。

 ルシウス家の恥とは、魔族界の名門貴族であるルシウス家から魔力なしが生まれてしまったこと。

 私を連れて来た男性は、ドラグニカ様の父君――つまり先代魔王ウィーヴィルカ・サタン・ルシウス様でした。


 ドラグニカ様は軟禁されていたのです。

 魔力なしがいることを知られぬように、隠されるようにひっそりと。


 それは私なんかよりも酷く、不幸なことだと思ってしまいました。


 ドラグニカ様は静かに読書をしているところでした。

 押し込まれるように家の中へと入れられた私に気づくと、本を閉じ立ち上がりました。


 禍々しさのある紫の長い前髪がユラリと揺れて、隙間から青白い肌に鋭い金の眼光が覗きます。

 瞬間射抜かれたような気がしてぶるりと背筋が震えました。


 幼いながらになんて恐ろしい印象。

 流石魔王の血を引く者だけあり迫力が凄いと思いました――――最初は。


「とても可愛らしい方がいらっしゃいましたね。貴女の名前を聞いてもいいでしょうか?」


 ドラグニカ様は私を見ても嘲ることなく……とても素敵な笑顔で私を迎えてくれました。

 笑顔で迎えられるなんて初めてで、ドラグニカ様に笑顔を向けられた私は心が洗われるような気持ちになりました。

 今までの、理不尽で不幸な境遇全てが無かったものだと思えるほど温かなものに包まれたのです。


 私はドラグニカ様を見て――確信しました。

 彼はとても優しいお方だと。


 しかし私はドラグニカ様に残念な事を伝えなければなりませんでした。


「……すみません、私に名前は……ないのです……」

「名前が、ない?」


 生まれてすぐに捨てられた私――つまり、名前を付けられる間も無かったのです。

 引き取られた先でもオイだのオマエだの不気味エルフだのと呼ばれ続けていたので、名前を付けて下さる滅多な方もいませんでした。


 名前を名乗るなんてしたことがなかった私は、名乗る名前が無いことを途端に恥ずかしく思いました。

 俯き黙ってしまった私にドラグニカ様が続けて言います。


「じゃあ僕が名前をつけてもいいですか?」

「えっ! 貴方様が……ですか?」

「あっ、僕の名前はドラグニカです。やはり名前が無いと呼び合うのに不便ですし、それにせっかく『家族』になるのですから」

「かぞく……?」

「うーん、何がいいですかねぇ。とてもいい名前を考えたいところなんですけど」


 ドラグニカ様から発せられた聞き慣れない単語に戸惑う私をよそに、ドラグニカ様はうーんうーんと唸り考え込みます。

 というか私はいいともダメだとも言っていないのに名前を付ける気満々のようです。出会った当初からマイペースなお人でした。

 ややあって、ドラグニカ様は閃いたように『あ!』と声を上げ、先ほどまで読んでおられた本に目を向けます。


「とってもいい名前を思いつきました!」


 ドラグニカ様がぱらぱらと本を捲り、あるページを見せてくれます。

 それは植物図鑑だったようで花の写真がいくつか掲載されていました。魔界の環境では決して咲かせられないヴェルデガイアの花たちのようです。

 その中の一つ、赤やピンクに黄色白と可憐に咲き誇る花をドラグニカ様が指で示しました。


 その花の名は――――ゼラニウム。


「貴女は今日からルジェラニアです。貴女のきれいな赤い瞳と、この花の名前から考えてみました。どうです? 良い名前だと思いませんか?」


 写真の花のように誇らしげな笑顔を咲かせるドラグニカ様。

 本当に、本当に、なんて素敵な方なのだと、私はとてもいい主に出会えたと心から思えた瞬間でした。

 私は生まれて初めて涙を流しました。


「あわわわっ、ごめんなさい! 気に入りませんでしたか?」


 泣き始めた私に、ドラグニカ様は大いに慌てられました。それはそうでしょう、突然ぼろぼろと大粒の涙を流し始めたのですから。私でもドン引きです。


 どんな辛い目にあわされても決して泣いたりはしなかった。

 赤ん坊のころは流石におぎゃあと泣いていたとは思いますが。

 私はふるふると首を振り否定しました。


「ち、ちがうのです……! とても、……とても良い名前で、嬉しいのです……!」

「…………貴女は、ここに来るまで大変な環境にいたんですね。――――でも、もう大丈夫です。貴女の事は僕が幸せにします」


 泣きじゃくる私にドラグニカ様は優しく声を掛け、気遣ってくれました。

 幸せにします、だなんてまるで恋人へ結婚を申し込むセリフのようです。

 でもそれが当時の私にはすごく、すごくすごく嬉しくて……この方に一生お仕えしたいと思えました。


 私にはその言葉を信じられるだけの確信がありましたから。


「あの……ドラグニカ、さま」

「はい、何でしょう」


 ……でもきっと、その力はドラグニカ様も自覚していない。

 私はドラグニカ様の微笑みに、すぐ決意しました。


「私の名前は……ルジェラニアです。生涯かけてドラグニカ様のお傍におります、これからどうぞよろしくお願いいたします」


 これからは私がいる。

 ドラグニカ様の方こそもう大丈夫。


「はい、こちらこそ。よろしくお願いいたしますね、ルジェラニア」


 四季もない。

 太陽もない。

 年中真っ暗な魔界の片隅で、太陽のような笑顔が私を照らしている――――


 その日から、私にとってこの名前は大事な宝物になりました。


「ルジェラニア」


 二人きりの穏やかな日々の中、ドラグニカ様の優しいお声で呼ばれるとまるで心に花が咲いたように明るくなれるのです。

 今まで生きた中で感じたことのないこの気持ち……きっとこれが『幸せ』というものなのでしょう。

 ドラグニカ様と出会ったことで、やっと私という花を咲かせられたような気がします。


 そんな優しいドラグニカ様がどうして魔王になったのか。

 それはまた追々。


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