第5話 十一月二十七日(火) (1)
いつもの音楽で目が覚める。携帯電話に手を伸ばしアラームを止めた。思考に靄がかかったままで上半身を起こす。
「また、大学生の頃の夢か……」
思わず口から零れる。今までも大学時代の友達が夢に出てくることは数多くあったが、昨日と今日の夢はいつもとは明らかに違うのだった。過去の出来事そのままであった。いないはずの人物、時間的な飛躍、物理法則を無視した展開、夢には付き物であるはずのものが全くないのである。起きているときでさえ過去の出来事をあそこまで忠実に思い出すことはできないだろう。忘れているような事細かな内容までもが再現されるのである。昨日の夢だけならそういうこともあると気持ちに整理をつけたのだろうが、二日連続で起こるとさすがに薄ら寒いものを感じるのだった。
寝起きの頭では全然思考がまとまらなかった。ふと世の中には一度見たものを写真のように記憶して再現するといった能力を発揮する人がいるという話を思い出した。人間は脳の機能を完全には使えてないという。思い出せない過去の出来事も脳のどこかに完璧に、それこそ映像を収めたフィルムのように存在しているのかもしれない。多くの人間が何らかの制約でそれを引き出せない中で、そのリミッターが外れている人が並はずれた記憶力を発揮するのかもしれない。だとするならば、自分の場合寝ているときのみリミッターがはずれ、脳の奥にある過去の出来事を収めたフィルムが再生されているのではないだろうか。いや、きっとそうであるに違いないと自分を納得させようとするのだった。
その後も思考を続けるが答えが出る気配はなかった。いつまでも答えのない問いを続けても仕方がないと気持ちを落ち着かせる。とりあえずコーヒーでも飲もうと思い、布団から起き出してキッチンに向かうのだった。
コーヒーを飲みながら夢の内容について考えていた。伊藤と出会った一週間ほど後の出来事だったと記憶している。思い出は美化されるというが、自分の場合もその例に漏れず、映画サークルには自ら望んで入部したのだと思っていた。自ら入部し、活動し、思い出をつくったのだと。事実はそうではなかった。坂本先輩の勢いと篠原さんの笑顔によって逃げるにも逃げられなくなったのだと今日の夢で思い出したのだった。
入部した日から一ケ月ほどサークルの同期は自分と伊藤と篠原さんの三人だけであった。当時大学の中にほかには知り合いのいなかった自分たちは非常に仲良くなり、卒業までよく一緒に過ごしたのだった。