第4話 大学一年 五月 (2)
「入ってもいいのかな?」
「ここまで来たんだし入らないわけにはいかないだろ」
問いかけると伊藤はそう答えた。深呼吸したかと思うと彼は扉をノックした。はいという返事がしたかと思うと誰かが扉の方に向かってくるのが伝わってきた。扉が開いて活発そうな男性が顔を出した。ハワイ帰りかと思われるようなアロハシャツと健康そうな焼けた肌が印象的だった。
「入部希望?」
男は自分たち二人の姿を見ると笑顔を浮かべながら尋ねてきた。
「少し見学したいと思って」
「おお、良かった。今年は全然新入生入ってこないから困ってたんだ。さあ、入って入って」
自分が答えると彼は一人で盛り上がっていた。伊藤の姿を見て驚かないとはなかなかの大物のようである。見学と言ったのは聞こえていたのだろうか。入部するつもりだと決めつけているような態度に不安になるのだった。
「あ、俺は二年の坂本慎一ね。他の部員からは慎ちゃんって呼ばれてるな。そう呼んでもらって全然構わないから。うちは三年で引退だから四年はいないんだ。今は三年が五人で、俺の学年が十人、あ、俺を含めてね。新入生は今のところそこに座っている篠原さんだけかな。でも二人が入るから三人になるか。もしかしたらサークルなくなるんじゃないかって不安だったんだ。あ、そういえば二人の名前は?」
怒涛のマシンガントークだった。聞いてもいないことを話し始めたかと思うと勝手に新入部員にされていた。部屋の中には彼のほかに男性が二人と女性が一人いた。男性二人はこちらに目を向けたかと思うと、伊藤の姿に驚いたのか瞬時に目を逸らした。女性はこちらを見て軽く会釈をした。どうやら今紹介された新入生の篠原さんのようだ。
「僕は伊藤貴志って言います」
「橘不動です」
「伊藤君と……橘君だね、オーケー。二人は撮影に興味があるの? それとも役者の方?」
順番に答えると彼はそれぞれの顔を見て名前を繰り返すのだった。名前と顔を一致させているかのようだった。顔も覚えたから逃げられないぞと言われているようだった。
「いえ特には。ただ映画を見るのが好きだったので」
伊藤がそう答えたので、自分も同じだと頭を縦に振るのだった。
「なるほど。まあ、やりたいことは活動するうちに自然と見つかるから。心配しないでも大丈夫。せっかく来てもらって悪いんだけど三年は今から少し用事があって出なくちゃいけないんだ。あ、でも一年生同士が交流を深めるいい機会かな。ちょうど篠原さんもいることだし。ここで自由に話してくれていいから。出るときに鍵を閉めて一階の事務室に届ければ大丈夫。ちなみに鍵は入り口の壁にかかっているから。そうそう、そこにあるやつ。あと入部届はあっちの机の上にあるから。とりあえず名前だけ書いておくだけでいいから。じゃあ、これからよろしく」
いつの間にか入部することが決定されていた。こちらに意見を述べる権限はないようだった。彼と奥にいた二人の男性は荷物をまとめて出て行った。嵐のような男が去った部室には、静寂とともに自分と伊藤と篠原さんの三人だけが残されたのだった。