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第3話 十一月二十六日(月) (2)

 空になったカップを机に置いて時計に目をやった。そろそろ出勤しなければと思い支度を始める。一通りの準備を終わらせて玄関へと向かった。靴紐を結び終わって扉を開けると冬の冷たい風が吹き付けてきた。一瞬怯むが気合を入れ直して外に出る。鍵をかけて学校へと歩き始めた。寒さはつらいが冬の澄んだ空気は好きであった。身体にたまっている悪いものが呼吸とともに吐き出されていくような錯覚を受けた。

 学校までは歩いて二十分ほどであった。自転車で通勤してもよいのだが、季節によって変化する街並みをゆっくり観察したいがため徒歩での通勤を続けているのだった。学校の近くまで来ると徐々に生徒の姿を見かけるようになる。横を通り過ぎていく生徒に挨拶しながら職員室に向かう。扉を開けると目の前には見慣れた顔があった。

 「あ、不動先輩おはようございます。いつもより早いですね」

 「おはよう。職場では橘先生と呼べって言ってるだろ」

 話しかけてきたのは神木良介という一つ年下の教師であった。中性的な整った顔立ちに加えて、モデルみたいなスタイルをしている。実は大学のサークルの一期下の後輩でもある。彼は中学生の頃から教師になると決めていたらしい。大学卒業後数回しか会っていなかったのだが、何の因果か今年の四月から同じ学校に勤務することになってしまった。大学時代の名残で今でも不動先輩と呼んでくるのだった。

 消去法で教師になるなんてと思ってましたけど、意外にちゃんと教師してますね――四月に会ったとき失礼にも彼は言った。久しぶりに聞く神木の言葉に、大学生の頃に呼び戻されたような懐かしさと、もう何年も前のことなんだなという一抹の寂しさを感じたのだった。

 大学生の頃から手際がよく人付き合いも上手、容姿も文句なしの彼であったから、他の教師や生徒からの信頼・尊敬は篤かった。子どもの頃から教師を志していた熱意もあって、彼の授業や生徒指導は学校の誰もが認めるものだった。ある日の居酒屋の席で、唯一困っていることは年に数人アプローチしてくる生徒がいることですね、と気の毒そうに彼は語った。

 大学時代なぜか女性の影が見えなかった神木であるが、現在は付き合って五年になる同い年の彼女がいる。以前の職場の同僚で、この人しかいないと電気が走ったらしい。いい加減結婚しないのかと尋ねると、付き合ってるっていう曖昧な関係が楽しいんですよ、とよく分からないことを彼は言った。

 「そういえば、次の土曜日暇か?」

 伊藤からのメールを思い出し神木に尋ねる。

 「日曜日ですか? 特に用事はなかったように思いますけど、どうかしましたか?」

 「伊藤に飲みに行かないかって誘われてな。忙しくないならどうだ?」

 机の上を整理しながら会話を続ける。規則正しく整頓されている彼の机と自身の雑然とした机を見比べて溜め息が出るのだった。

 「あ、いいですね。行きますよ、是非」

 「そうか、じゃあ詳しいことはまた今度な。店の予約は伊藤がやってくれるはずだから」

 神木は快諾した。時計を見るとそろそろ朝のホームルームの時間だった。机の上の整理を終えてから教室へと向かうのだった。


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