第2話 大学一年 四月 (2)
図書館に着くまで十分ほど歩いていると彼が見た目とは裏腹にとても穏やかな人物だというのが分かってきた。知り合いのいない大学で居心地の悪さを感じていた自分にとって、彼との会話はとても心地良かった。
「なんか同級生なのに敬語つかい合うのも変な感じですね」
彼となら仲良くなれるかもしれないと思い勇気を出して言ってみた。すると彼は一瞬驚くような顔をした後嬉しそうに微笑んだ。
「そうだな。ため口でいいか?」
彼の返事に笑って頷いた。
図書館でのコピーはすぐに終わった。その頃には最初の動揺が嘘のように彼と打ち解けていた。二限まではまだ時間があるから話でもしようということになり二人で食堂に向かった。
「橘は何か部活とかサークルとか入ってるのか?」
「何にも。伊藤は柔道部?」
学内で毎日のように勧誘のビラを貰ったのだが特別興味を引かれるものがなかった。それ以上に興味があったとしてもたった一人で見学に行く勇気などなかった。
「いや大学で柔道をするつもりはないんだ」
そう言ってから伊藤は少し口ごもった。何か言いたげな表情だった。
「どうした?」
「橘は映画とか興味あるか?」
話を促すと伊藤は尋ねてきた。彼の口から映画という単語が出てきたのが少し意外だった。
「うん、結構好きだよ。高校生のとき気分転換にそれなりに見に行ってたし」
そう答えると彼は非常に嬉しそうな顔をした。映画が好きというのは本当であった。日々のほとんどを受験勉強に費やす中、たまに映画を見るときだけは勉強のことなど忘れて物語に夢中になれた。ここ数年の話題作から少しマイナーなところまで結構な範囲を網羅している自信はあった。
「映画サークルに興味があるんだ。あ、そのサークルは自分たちで映画を製作してるらしいんだが。行きたいと思ってたんだが一人じゃなかなか行きにくくてな……。良かったら来週一緒に見学に行かないか?」
伊藤が尋ねてくる。映画製作には今まで興味を持ったことがなかったが結構面白そうだなと思えた。また自分と同じ理由で見学に踏み出せない彼を応援しないという選択肢はなかった。
「面白そうだな。いいよ。一緒に行こう」
その答えに伊藤はその日一番の笑顔を浮かべていた。
その後二限が始まるぎりぎりの時間まで、彼と好きな映画について話し合っていた。彼はその風貌に似合わず恋愛映画が好きらしく、また涙もろいところもあってよく映画館で泣いてしまうと語った。熊みたいな大男が隣で泣き出したら近くのカップルは映画どころじゃないだろうなと笑ってしまった。
来週映画サークルの見学に行くことを約束し、連絡を取り合うため携帯電話の番号とメールアドレスを交換した。大学生になって初めて電話帳に入ったのが伊藤の名前である。名残惜しさを感じながら彼と別れ、二限の教室に向かうのであった。