少年
「チッ、ここもやられちまったか」
魔王は焼け野原を見て舌打ちをする
そこは人間の小さな集落だった
遠くに赤子の泣き声が聞こえる
魔王はその泣き声を頼りに走る
「無事でいてくれよ!」
魔王には魔力がないしかし自慢の脚力を使い疾走する
崩れかけた家屋に入り赤子を探す
「こんなとき俺が魔法を使えたらどんなに楽か...」
そうボヤくと赤子を見つける
「怪我はしてねぇよな。ったく、親はどうして...ん?」
足に何かが触れる
魔王が見下ろすと母親らしき女性が魔王の足をつかんでいた
「息子を....どうか....」
瓦礫の下敷きとなっておりこれは助からないと見て取れる
「安心しろ、子供は俺が責任を持って育てるよ」
「ありがとう....ございます」
母親は息を引き取った
7年後 魔界
「オラ坊主!しっかり当ててこい!」
「うるせぇクソオヤジ!てめぇさっきから逃げてばっかじゃねぇか!」
アイザックは木刀を振り回し育ての親である魔王ヘマタイトに立ち向かう
「ハッ!てめぇの甘っちょろい振り方なんて見え見えすぎて当たる気にもなれねぇんだよっと!」
アイザックの足をすくうとアイザックは呆気なく尻餅をついた
「勝負あったな」
ヘマタイトはアイザックの額を指で弾くと子供のように笑った
「クソ!もう一回だ!」
アイザックは立ち上がる
「無駄無駄、お前が俺に勝とうなんざ一生かけてもできやしねぇよ」
ヘマタイト鼻で笑う
「んだと!?」
「なんつったって俺様は魔王だからな。ケツの青いガキのお前にこの俺が倒せるかよ」
ヘマタイトは嘲笑う
「覚えてろよ!いつか勇者になってアンタを倒すからな!」
アイザックは木刀をヘマタイトに向けて投げると城へ走っていった
ヘマタイトはわずかに体制をずらしてそれを避ける
「いいぜ、かかってこいよ。まぁどうせ俺が勝つけどな!」
走り去るアイザックの背中にヘマタイトは挑発する
「まったく、いい歳して大人気ないな君は」
「ゲ!脅かすなよエレン」
「これは失敬。魔王様」
エレンと呼ばれる女性は少し皮肉っぽくお辞儀をする
「頭上げろよ気持ち悪りぃ。んで何の用だよ」
「近々魔界の反乱軍がこの近くを通るそうだ。数は5とか」
「どうせ5に0が四つつくんだろ?」
「よくわかったな」
「ただの勘に決まってんだろ。そんでその情報はどっからのもんだ?」
「これだ」
エレンは懐からス魔〜トフォンを出すとヘマタイトに見せた
「おいこれ6ちゃんねるじゃねぇか。信用出来るのか?」
「大丈夫だ、今まで君に寄越した情報のソースは全て6ちゃんねるからだ」
「そりゃ信用できるわな」
「どうする、兵たちに警護を命じた方がいいんじゃないか?」
「いらないねそんなものは。大体無駄に国民を死なせるもんかよ」
「つくづく君はお人好しだな。それくらい素直ならいい父親になれるものを」
エレンの指摘にヘマタイトは嫌な顔をする
「なんでその話がでてくんだよ」
「さっき君がザックとここで遊んでいたのを見ていた」
「こっそり見るなんて悪趣味もいいとこだなおい。つかあの坊主の名前を変に略すなよ」
「堂々と見ると君は私をジロジロ見てザックに一本取られるかと思ってな」
「仕方ねぇだろ、てめぇのぶら下げてるパイ乙が俺のリビドーを刺激すんだからよ!」
「君はガキか、それともクソガキか」
エレンは軽蔑の眼差しを向ける
「俺様は魔王だっつの!」
「だから国民たちに大うつけ者と言われるんだ」
「ったく、みんなで寄ってたかって好き放題言いやがって。首跳ねんぞ首ぃ!」
「私を処刑して真っ先に泣くのは君の方なのになに寝ぼけたことを言ってるんだ」
「うるせぇ!」
ヘマタイトは地団駄を踏んだ
「なぁ、坊主が勇者になって俺を倒すんだとさ」
「君が愛情を注いだ子供が勇者になるのか、皮肉なものだな」
「あの腰抜けのことさ、どうせ途中でビービー泣いて諦めるだろうよ」
ヘマタイトは木刀を拾い上げると土を払う
「そう言う割には何か期待してるんじゃないのか?」
「わかる?」
「何年君の世話をしてきたと思ってるのだ」
「忘れたね、あのガキはいい目をしてやがる。きっと俺よりもビッグな男になってくれるだろうよ」
ヘマタイトは子供のように笑う
「やっぱり君は親バカが板についているな」
「親バカ言うな!」
「あー、そんで夜になって連中がやってきたわけだが」
「酒臭いぞヘマタイト」
「うっせぇ!飲んでねぇとやってらんねぇんだよ!」
「いい加減酒を飲むのやめろ、ザックがボヤいていたぞ」
「んなもんいつでもやめられる」
「じゃあ今すぐやめろ」
「今はそのときじゃねぇんだよ」
「じゃあいつやるんだ」
「坊主が勇者になったらな」
「ほぅ...」
「まぁその話は後にしてよ」
目の前に広がる反乱軍を一瞥する
「楽しいパーティーを始めようぜ!」
ヘマタイト後ろにあった魔導ラジカセを蹴飛ばすと軽快な音楽が流れる
「まったく、真面目に仕事はできないのか君は」
エレンはため息をつく詠唱を始める
「倍になれ、苦労・災難。炎よ燃えろ、窯よ滾れ」
魔法陣が敵陣に展開される
「明日、明日、そして明日としみったれた足取りで日々が進み、行き着く先は運命に記された最期の時だ」
魔法陣は更に大きくなり色が濃くなる
「昨日という昨日全て愚か者達を塵に塗れた死へと導く虚しい灯りだ」
詠唱が終わると同時に空間が爆発し圧縮するとポッカリとそこに大きな穴が空けられる
「相変わらずその呪文かっこいいねぇ、んじゃあいっちょ俺も行きますかねぇ!」
担いだ人間の背丈をゆうに超える鉄塊が変形し更に長大となる
ヘマタイトが剣についたトリガーを引くと刀身が紅く染まり稲妻が迸る
「じゃあな!」
一振りすると敵の軍勢は跡形もなく殲滅される
プシュー
蒸気を発しながら鉄塊は元の形に戻ると魔力が凝縮された結晶が排出される
「あー、スッキリした」
ヘマタイトはタバコを咥えマッチを擦り火をつけると紫煙を吐いた
「おい、まずいぞ」
「なんだよ今度は、別のとこで敵さんがサンバでも踊ってんのか?」
「いや、ザックが城を抜け出した」
エレンの表情が珍しく焦る
「そうか!そうか!」
ヘマタイトは豪快に笑った
「ついに抜け出しやがったかあのクソガキ!おうおういいねぇ!」
「呑気に笑っている場合か!」
「ったくわかってねぇなぁ。男ってのは一人で旅をして強くなるもんだ」
エレンからはヘマタイトの表情が読み取れない
朝日が昇る
「見届けようぜ、アイザックの門出ってヤツをよ」
エレンは驚いた。ヘマタイトが初めてアイザックの名を口にしたのだ
「お前、泣いているのか?」
「けっ、バカ言うんじゃねぇよ。あんなヤツいなくて清々してらぁ、おかげでちっとは食いぶちが減って嬉しいぜ」
「君は素直じゃないな」
「うるせぇ。あーそうだ、一つ頼みがある」
「なんだ?」
13年後 勇者養成学校
「アイザック!ちゃんと剣で戦え!」
教官が怒鳴る
アイザックはそれを無視し対戦相手の腕を掴むと足を払い軽くひねる
相手はくるりとちゅうを舞い地面に落下する
「勝負ありってな」
アイザックは木刀を向けて勝利を宣言する
「正々堂々戦え!」
相手は立ち上がると怒鳴り大きく振りかぶる
「見え見えなんだよ!」
アイザックは相手の攻撃を避けると襟首を掴み木刀を持った右手で3回顔面を殴ると頭突きで相手をノックアウトさせた
「あー、だっりぃ。退屈すぎんだよチキショー」
学校の屋上で横になる
昔ヘマタイトと遊んだ日々を思いだす。アイツならどう出るか、どう戦うかを模索する
「やっぱあのクソ野郎ならもっとすげぇことするんだろうな」
一気に不快感が襲ってくる
「だー!うっぜぇ!早く勇者になってアイツをぶっ殺してぇ!!」
起き上がり床を殴るとヒビが入った
「先輩、ここにいたのですか」
後ろから少女の抑揚のない声がする
「なんだよフィーア」
「先生がお呼びです」
フィーアは無表情でアイザックに伝える
「ほっとけ、どうせまた反省文だろ」
アイザックは再び横になる
「いえ、それが勇者への推薦だそうです」
「なんだと!?なんで早くいわねぇんだそんなこと!」
「ほっとけと言ったのは先輩でしょう」
「とりあえずありがとな!」
アイザックは走って職員室へと向かった
「ザックが勇者になるそうだぞ、ヘマタイト」
「ああ、やっとその時が来たようだな」
ヘマタイトは笑う
「時々学校に行ってはこっそり見守っていた癖に」
「うるせぇな、これはあれだ。どんな勇者が生まれるか偵察をだな」
「まぁいいさ、私は行くぞ」
「おう、頼んだぞ」
「そういえばヘマタイト」
「なんだ、エレン」
「酒を飲むのやめたんだな」
「まぁな、俺は一度でも宣言したらそれを実行する男だからな」
ヘマタイトはドヤ顔をする
「あとはザックに対して素直でいてくれたら嬉しいんだがね」
「お前って本当に嫌な女だな!」
「その嫌な女に惚れたバカは誰だったっけかな」
「あ!てめぇ!」
ヘマタイトが言う前にエレンは飛び去っていった
「まぁいいや、さてと!これから楽しくなりそうだ!」
ヘマタイトは新しいおもちゃを手に入れた子供のように無邪気に笑った