リストラヒーロー、覚悟を決める
依頼書を見た吾朗は、その足でギルドの一角に設けられた図書コーナーに来ていた。
吾朗の目当ては魔物について書かれている魔物辞典と言う本。
依頼だからギルドの職員にも聞けるのだが、下手に動いて怪しまれるのを警戒したのだ。
「確か魔物辞典って言ってたよな…おっ、これだ」
魔物辞典にはこう書かれていた。
角イタチ、成長すると七尺を有に超す魔物。
一番の特徴は額に生えてる角で、この角には強力な幻覚・変身作用を持つ。
角イタチは、この能力を狩りや逃走に使う。
毛皮は防寒性に優れコート等に用いられ、角は能力は弱るが粉末状にして利用される。
粉末状にして化粧品に混ぜて使うベテラン娼婦も少なくない。
但し幻覚作用は弱まるので暗がりでしか効果を発揮せず、夢醒めの粉とも言われている。
(七尺、つまり二メートル十センチを超すイタチか。…朝起きてたら隣で寝ていたのはオバサンだったってパターンか!?たち悪いわ!!それじゃ、あの依頼もベテラン娼婦からの依頼なのか?)
あの角イタチの兄妹を助けるにはどうしたら良いか吾郎が考えていると一人の男が話し掛けてきた。
「確かオオトリさんでしたよね?あぁ…角イタチの依頼が出てましたもんね」
吾朗に話し掛けてきたのは登録をしてくれたベテラン事務員男性。
「ええ、階級の限定がないのに随分と報酬が高かったので」
「普段はあんなに高くはないんですけどね。ちょっと事情がありまして」
事務員の話によると行き遅れになっている伯爵家の令嬢が見合いをするので、大量に角イタチの角を求めているとの事。
「それは話しても大丈夫なんです?それと見合いだけなら一本あれば良いんじゃないですか?」
「色々と有名な方ですから、みんな知ってますよ。それに結婚して直ぐに離縁されたんじゃ外聞が悪いじゃないですか」
事務員は溜め息を一つ漏らすと、何かを隠す様に眼鏡を外しハンカチで拭き始めた。
「いやいや…結婚して暗い部屋から出ない来ない嫁さんは駄目でしょ。お相手も貴族なんですか?」
「いえ、商人が貴族との繋がりを求めているそうですよ」
金を持っている商人だから贅沢は出来るらしく、今まで見合いを断っていた令嬢も受けたらしい。
「随分とお詳しいですね」
「まあ、色々あるんですよ」
中年の哀愁を漂わせながら深い溜め息をつく事務員。
「良かったら話を聞かせてもらえませんか?」
事務員の名前はセーリオ・アーンスト元は冒険者だが怪我をした為にギルドで事務をしているとの事。
そして伯爵家の令嬢の名前はマーガレット・エスペル、セーリオとマーガレットは幼馴染みで両想いであったが身分の違いから結ばれなかったらしい。
「冒険者として活躍をすればマリーとの仲を認めてもらえると思って頑張って無理をしてしまいまして。幸い、文字の読み書きや計算が出来たので、ギルドに事務員として雇ってもらえました」
「セーリオさんは結婚をされているんですか?」
「マリーが嫁に行かなきゃいけませんよ。彼女は一番大切な時期を私を信じて犠牲にしてしまったんですから」
セーリオはそう言うと苦笑いをしている様な、それでいて泣いてる様な不思議な表情を浮かべる。
セーリオが帰ったのを見計らって吾朗は魔物辞典でコカトリスの事を調べ始めた。
コカトリス、成長すると十尺を超す鶏の魔物。
一番の特徴は麻痺・毒・石化のブレスを使う事。
嘴や爪は武具に、羽は羽毛布団、毒袋は薬、肉は食用、尻尾の鱗は防具にと捨てる所がない魔物である。
その為、強力な魔物であるが依頼は後を経たない。
またイング王国ではコカトリスに騎乗するコカトライダーが有名。
(食用?食うのも食われるのも絶対に無理!!それにコカトライダーってなんだよ!?…いざとなれば羽を売るか)
少し悩む吾朗である。
(角イタチ兄妹を守るのは簡単だ。でも諦めらさせるとなると一苦労。セーリオさんはマーガレットさんの事をまだ好きだし、マーガレットさんもセーリオさんの事をまだ好いている。きっと商人の所に嫁いでも部屋に幽閉されて一生を終えるだけだろうな。それなら…)
吾朗は再度夜光草の依頼を受けると、数日分の食糧を買い込みのルグレの森に向かって行った。
吾朗はルグレの森に着くとガイラとアメリの兄妹を探し始めた。
幸い、ガイラは森の奥で見つける事が出来た。
「あれ?コカトリスの兄ちゃんじゃん?また夜光草を探しに来たのか?」
「ああ、それもあるがアメリちゃんはどうしている?冒険者が角イタチを狙ってルグレの森に来るかも知れないんだ」
事実、吾朗は森の上を飛んでいる時には何組かの冒険者のパーティーを見かけている。
「マジで?アメリは、この間の木の下にいると思うけど」
狩りに来ていたと言うガイラの顔が段々と青ざめていく。
「冒険者に見つかったら厄介だ。俺の背中に掴まれ…急ぐぞ」
アメリと初めて会った大木を目指す為に吾朗は一気に飛び上がった。
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大木まで後少しとなった時、ルグレの森に甲高い悲鳴が響き渡った。
「アメリの声だ!!」
大木に急ぐとアメリが四人組の冒険者に囲まれていた。
(まさか人間と戦う日が来るとはな…下手すりゃお尋ね者か)
「いい年した大人が子供を取り囲んで恥ずかしくないのか?ガイラ、アメリを連れて逃げろっ」
「兄ちゃんはどうするんだ?」
泣いているアメリを庇いながらもガイラが吾朗の心配をしてくる。
「俺はこいつらを懲らしめてから後を追う!!」
「見たことがない奴だな…魔物か?」
「大した大きさじゃない囲むぞ」
「話しは出来るみたいだな…その餓鬼をよこせ」
「邪魔をするなら斬るぞ」
まだ年若い冒険者達は数を頼みに吾朗達を脅し始めた。
「お兄ちゃん、逃げても良いよ。私が捕まれば良いんだから…」
(数を頼みにする冒険者と身を挺して俺を逃がそうとする子供…どっちが正義何だろうな…)
「大丈夫だよ、アメリちゃん。逃げな」
「随分と偉そうな魔物だな。何者なんだよ!!」
「俺は正義の味方だっ!!クリプティドファイブのコカトリスイエローが子供を守らなきゃ正義の味方失格なんだよ」
吾朗はアメリ達を守る様にコカトスティックを構えた。