リストラヒーロー、護送される
自分が異世界にいると知った吾郎は、ヘコんでいた。
(異世界?ないない、ありえないって!!飯はどうやって食べていけば良いんだ?身分証明がなきゃどこにも住めないだろうし…待てよ、もしかして俺は日本で行方不明扱い?リストラされて行方不明になったって誤解されるんじゃねえか?また親父とお袋に心配を掛けちまうな…)
未成年が幻獣戦隊に入るには親の許可が必要な為、吾郎の両親も吾郎がコカトリスイエローだということは知っている。
その為、”もう年なんだから危険な現場から事務職に移れ”とか”正義も大事だろうけど、あんたの人生も大切なんだよ。お見合いをするにしても正義の味方なんて言えないし”と心配をされていた。
(ちょと待て…パソコンに元カノの写メとアドを入れっぱなしだ!!このままだと失恋とリストラのショックで行方をくらました事になるんじゃねえか?)
吾郎は二年前に彼女に振られていた、振られたからといって直ぐに写メを消すのも器が小さい様な気がして今まで放置をしていた。
正確には新しい彼女が出来たら消すと心に決めていたのだが、中々見つからずに現在に至る。
(うわー、異世界最高なんて小説の中だけだよな。あっ、台所にバナナ置きっ放しだ。片付けないと部屋がコバエ天国になるって)
吾郎は直ぐに帰ってくる予定だったので昨日硬めのバナナを買っておいたのだ。
不幸中の幸いなのは、吾郎に趣味といった趣味がなく、正義の味方という立場上行動が制限されていたので貯金だけはあり家賃滞納の心配がないくらいである。
「そろそろ動きたいんだが、良いかね?」
吾郎の悶絶が落ち着いたのを、見計らいエルフの警察官が声を掛けてきた。
「あの、どこに行くんですか?」
「本庁は隣町にあるから冒険者ギルドに行って、君の護衛を頼むんだよ」
今の吾郎には拒否権等ある訳がなく、警察官の後をノロノロとした足取りで着いていった。
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「ここが冒険者ギルドですか…?」
吾郎が案内されたのは木造平屋の建物。
(これが冒険者ギルド?まるで田舎の村役場だな)
確かに冒険者ギルドホワイトパーチ村支部と書かれた看板が掛けられていたが、どこかのどかな佇まいは田舎の役場にしか見えない。
「そうだ、中にいるのは見た目はいかついが、気は優しい良い子達ばかりだから緊張する必要はないぞ」
冒険者ギルドの中は様々な人種がたむろしていた。
そして吾郎の視線は一ヶ所に釘付けになっていた。
冒険者ギルドで吾郎の目を釘付けにしたのは、日本ではお目にかかれないレベルの美貌をもつエルフの女性や蠱惑的な肢体と可愛らしい猫耳をもつ猫人の娘ではなかった。
(ひ、ひでぇ!!こんな生き恥を晒す様な事をするなんて…しかも鶏冠や爪が取られてるじゃねえか)
吾郎の目を釘付けにしたのは、冒険者ギルドの片隅に置かれたコカトリスの剥製である。
それは日本の村役場によく置かれている狐や狸の剥製同様に薄く埃をかぶっていた。
しかも鶏冠や爪は素材として剥ぎ取られたらしく、代わりに形を模した紙が差し込まれていた。
「さて、本庁があるプレーリーまではこの子達が護衛をしてくれる」
(この子達ね…確かにエルフから見たら、こいつらでも餓鬼なんだろうな)
警察官エルフの呼び掛けに答えたのは、筋肉粒々のベテラン冒険者達。
吾郎は厳ついベテラン冒険者に連行される様にして冒険者ギルドホワイトパーチ支部を後にした。
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(護衛ね…これはどうみても護送だろ?それに何なんだ、この乗り物は?)
吾郎はワゴン車程の大きさがある木製の箱の中にいた。
箱の中には木で作られた椅子が八脚並べられており、吾郎は冒険者達に囲まれる様にして椅子に座っている。
箱に作られた窓から外を見ると、ゆっくりではあるが景色が流れていた。
(このエンジンも車輪もついてない箱がなんで動くんだ?しかも浮いてるし)
「すいません、この箱はどんな原理で動いているんですか?」
「ああ、おめさは別の世界の人間だったな。この自動箱にはジャイアントバットの羽根が組み込まれてるだよ。だから魔力を流せば動くちゅー訳だ」
冒険者の一人がゆったりした口調で説明をしてくれた…くれたが。
(魔力を流せば動く?どんな理論だよ)
「何時かグリフォンタイプの自動箱さ乗って、母ちゃん以外のおなごとドライブしてえな」
「オラはペガサスタイプのオープンボックスがええな」
「おめえがペガサスタイプのオープンボックス?おらを笑い死にさせるつもりだか?」
「オラはやっぱり”何時かはコカトリス”だなや」
男達の笑い声が箱に響く中、吾郎はしっかりと背中を守っていた。
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(確かに、ここは日本じゃないみたいだな)
窓から見えるのは、どこまでも広々と続く草原と地平線。
草原には様々な花が咲き乱れていたが、実の成る植物以外に興味がない吾郎には、その花が地球では見ない物かどうかは分からない。
何しろ、吾郎が分かる花といえば桜とタンポポ、向日葵ぐらいしかないのだ。
「すいません、プレーリーの町で働くとしたら何があるでしょうか?出来たら魔物を倒さなくても大丈夫な仕事が良いです」
「逆に聞くだが、おめえは何が出来るんだ?それが分からねえば何も教えられねえだよ」
(正義の味方の経験があるから…端から聞いたら痛いよな。コカトリスに変身が出来ます…町に潜り込んだ魔物に認定されて体中むしりとられるか。
石化や麻痺のブレスを吐く事が出来ます…怪しいを通り越して危険人物になるな)
「力仕事やスタミナ自信があります。どんな重い物でもどんとこいですね」
「あー、残念だけんど、バルーン系の魔物を組み込んだ道具があれば力がなくても重い物も楽して運べるだよ」
「本庁の人と話をして決めます…決まればですけどね」
そう言い終わると、吾郎は深い溜め息をついた。