リストラヒーロー、職務質問を受ける
吾郎は大きく深呼吸をすると、もう一度辺りを見回した。
何度見直しても昭和の日本にしか見えない。
(俺は餓鬼の頃からやり直したいと思ったのであって、餓鬼だった時代からやり直すのは勘弁して欲しいよな)
第一、ここが日本のどこで昭和何年なのかも分からない。
そして昭和の日本だとしたら、手持ちの金やカードは一切使えない事になる。
(ここで考えていても仕方ない。家のある所まで歩くか)
さっき、見えていた家が近づくに連れて、吾郎は奇妙な違和感を覚えていた。
道に置かれているリヤカーにはタイヤがないし、木製の電信柱に打ち付けられた看板の文字は日本語には見えない。
日本語ではないが吾郎には慣れ親しんだ文字だ。
(幻獣文字?何で幻獣文字が書かれてるんだ?幻獣言語は組織の人間以外は知らない筈だよな)
幻獣言語は、吾郎達の組織で機密保持の為に使われている独特の言葉である。
ちなみに電信柱には幻獣文字で、傷には丸三ポーションと書かれていた。
(あー、田舎のお約束ホーローの看板か…って何でホーローの看板にエルフが書かれてるんだ?まさか痛ホーロー?)
民家の壁に掛けられたホーローの看板には、金髪のエルフの少女が薬を持って微笑んでいる。
そして極めつけは、電信柱の住所表示であった。
「スリジエ町プランタン二丁目って、ここはどこだよ?」
吾郎の叫びがプランタン二丁目に木霊した。
―――――――――――――――
田舎で不審な行動をとった人間が辿る道は一つ。
「はい、それでは本官の質問に素直に答えてね。君はあそこで何をしていたの?」
正義の味方、コカトリスイエローこと大酉吾郎は派出所で職務質問をされていた。
ちなみに警察官が金髪碧眼だった為に、吾郎の不審者度が急上昇したのも原因である。
「何をと言われましても、ちょっと道に迷って、つい」
「良い大人が迷子になったら駄目でしょ。それじゃあ、連絡先を教えて」
(連絡先?実家はきつい、この年で親に心配は掛けたくない。それなら会社…いやいや、リストラされた人間が迷子になりましたは不味いだろ)
「友人でも良いですか?」
(守、すまん。ボトルを二本入れるから勘弁してくれ)
「良いですよ、それじゃ身分を証明する物を見せて」
素直に免許証を差し出す。
免許証と吾郎を何度も見直す警察官。
(ヤバい!!正体がバレたか?)
「へー、君は異世界の人か!!いやいや、本官が生きてるうちに異世界の人間にまた会えるとは長生きはするもんだね」
長生きをしたと言っても、警察官の見た目は二十代後半が良いところである。
「あの異世界と言うのは?」
「ここは君がいた世界と違う世界なんだよ。君の世界には、こんな耳をした人間はいないだろ?」
そう言って、警官は帽子を取ってみせる。
現れたのはピンと立った長い耳。
それはさっき見たホーローの看板に書かれた少女と同じ物。
「エ、エルフ?嘘でしょ?」
「嘘ではなく本官はエルフだよ。異世界人なら驚くのは無理もないがね」
(エルフってゲームじゃないんだから…コカトリスに言われたくないか)
「あの、さっき異世界の人間に会った事があるとおっしゃいましたが、その人は今どうしてますか?」
吾郎は元の世界に帰ったという言葉が警察官エルフの口から出るのを期待していた。
「あれは本官が子供の頃だから二百年前くらいかな。村に突然、見知らぬ人間が現れたのさ。言葉は通じないが村にテレパスの魔法を使える者がいたからなんとかなった」
(そういや、この警察官も幻獣言語を使っている。今更新しい言葉を覚えるのは無理だから不幸中の幸いって所か)
These以降、英語は睡眠学習になった吾郎にはありがたい話である。
「それでどうなったんですか?」
「隣町に行く時に魔物に襲われて死んだよ」
遠い目をして、応える警察官エルフ。
「魔物もいるんですか?コカトリスもいますか?」
「いるよ、コカトリスの剥製なら冒険者ギルドに飾っているし」
(剥製って、熊じゃないんだから)
「あの何で剥製にしたんですか?」
「コカトリスは強い魔物だし貴重な素材が取れるから記念だよ…青い顔をしてどうしたんだね?」
ここが異世界かどうかはともかく、絶対にコカトリスに変身しないと心に誓う吾郎であった。
――――――
「あの、何で俺が違う世界の人間だって分かったんですか?」
「この世界には十年に一度くらい異世界の人間が迷い込むんだ。だから、警察では君達が使う文字を一覧にして配布してるんだよ」
(この昭和な世界は迷い込んだ日本人が影響してるのかもな)
「それじゃ、俺はこれからどうなるんですか?」
「君は言葉が話せる様だから、本署で調書を取ったら解放になると思うよ」
異世界に来ても職安に行かなきゃいけないと。