リストラヒーロー、管理される
コカトリスは、鶏の体と蛇の様な尻尾を持つ魔物である。中には7mを越える固体もあり、石化や麻痺等の様々なブレスを使う。その為、人々から非常に恐れられており、街の近くで野生のコカトリスが発見されれば騎士と冒険者による討伐チームが作られる事もある。
しかし不思議な事に、その日街道を歩くコカトリスを見ても誰も怖がらなかったと言う。それ処かコカトリスの首に嵌められている首輪を見て笑いを堪えていた。
人々が安心している理由は野生のコカトリスではないからである。コカトリスの嘴には手綱が付けられており、背中には巨大な籠が乗せられていた。手綱を握るのは馬人の娘で、籠には猿人の男性神官と狼人の女性、そして和装の狐人の女性が座っている。
(く、屈辱だ…なんで俺がこんな目に合わなきゃいけないんだ)
コカトリスに変じた梧郎の鶏冠がワナワナと震えていた。震えながらも口もとい嘴はギュッと閉じている。愚痴をこぼすコカトリスがいたら即捕縛対象になってしまうだろう。
「ねー、ママ。あのコカトリスさん怖くないの?」
幼い女の子が無邪気な笑顔で梧郎を指差す。彼女は両親から゛コカトリス等の魔物は怖い生き物だと見たら逃げなさい゛と教えられていたのだ。しかし、街道を歩く人達はコカトリスを見かても逃げようとせずに平然と歩いている。母娘の服装は粗末な野良着で、母親は畑帰りなのか野菜が沢山入った籠を担いでいた。
「大丈夫よ。あのコカトリスさんはキュービー様のペットなんだって」
母親は梧郎の背中に乗っている人物を恐れているらしく小声である。
(やっぱりペット扱いされているじゃねえか。でも、首輪を外したら総司令に叱られるよな)
梧郎の首輪には木製のネームプレートが下がっていた。そこには可愛らしい文字でキュービーのペットGOROと書かれていた。ちなみに文字の色は鮮やかなパステルカラーで描かれており、中年戦士の屈辱を倍にさせている。
「すごーい。ママ、コカトリスさんは何を食べるの?」
(好きな物は豚カツと餃子に…炊きたてのご飯が食いたい)
残念ながらにブレーヌは米はなく、パン食が中心である。日本人の梧郎は熱々のご飯が恋しくなっていた。
「ゴロは人参等の野菜を好きなんですよ」
親子に声を掛けてきたのは梧郎の背中に乗っていた人物、狐人の王キュービーこと九稲環である。
「キ、キュービー様…申し訳ありません」
突然、キュービーに声を掛けられた母親は慌てて頭を下げた。幻獣十王のキュービーと言えば、強大な戦闘力と大国の王並みの権力を持つ人物である。
「頭をおあげ下さい。今の私はただの旅行者なんですから…ねぇ、ゴロ貴方は野菜が好きよね」
環の問い掛けに梧郎は首を左右に振って答えた。梧郎の食生活は独身男性の代表の様な物で、居酒屋マモさんがなければ病気になっていただろう。
「…野菜が好きよね…」
瞬間、環の声が低くなる。慌てて頷く梧郎。
(なんでコカトリスの姿で旅をしなきゃいけなんいんだ?つうか、総司令は忙しいんじゃなかったのか)
梧郎がいくら愚痴った所で、相手は元上司で現身元保証人。序でに言うと梧郎の師匠でもあり、逆立ちしても敵う相手ではない。
プライドと打算のせめぎ合い…次の瞬間、梧郎は素早く頷いた。
「凄いー!!このコカトリス、キュービー様の言葉が分かるんだー」
女の子の顔がパーッと明なる。そして無邪気な笑顔を浮かべた。
「ええ、ゴロは人の言葉が分かるんですよ…ねぇ、ゴロ」
梧郎は環の言葉にやけくそ気味に頷く。何より梧郎の正義の味方としてのプライドが、子供の期待を裏切るのを許さなかった。
「キュービー様、ゴロちゃん私が野菜をあげたら食べてくれますか?」
女の子が上目遣いで梧郎を見てくる。嫌な予感を感じてしまい、梧郎の額から冷や汗が流れた。
「むしろ喜んで食べますよ…ねぇ、ゴロ」
環は尻尾を伸ばしてバングルの通話スイッチをオンにした。
(梧郎、空気を読みなさい)
(マヨネーズもドレッシングもなしで野菜を食べろって言うんですか!?)
梧郎は空気を読む事に関しては世界一とも言われる日本人である。キュービーから何も言われずとも、全てを察していた。
(お黙りなさい!!こっちにいる間に貴方の乱れた食生活を直してあげます)
「ゴロちゃん、はいっ!!」
そんな師弟のせめぎ合いを知らない女の子が差し出してきたのはほうれん草の葉っぱ。
(梧郎、分かってますね)
(ほうれん草を生で食べろって言うんですか!?バター炒め…せめてお浸しにして下さい)
梧郎はコカトリスに変身していても味覚は人間の時と変わらない。
(ごっろっう…正義の味方が子供を裏切って良いと思ってるんですか?)
(分かりましたよ。食えば良いんでしょ…えぐっ、草の味しかしねーよ!!この世界にサラダほうれん草なんてある訳ないよな)
サラダほうれん草は栄養が偏りまくっている梧郎の食生活を心配して、富山兄妹がよくサラダに入れてくれていた。
「すごいー!!もっと食べるかな?」
女の子は嬉しそうに歓声をあげたが、梧郎の額からは冷や汗が流れる。
「ごめんね。ゴロは朝にいっぱい餌を食べたからお腹がいっぱいなんだ。それにアタイ達は先を急ぐんだ」
梧郎の窮地を救ってくれたのは御者をしていたサクラ。ちなみにタイネンとマイはキュービーに怯えてしまい気死寸前であった。
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環の威光もあり、梧郎達一行の宿泊先は厩舎が併設された高級宿になった。厩舎と部屋は繋がっており、 扉を閉めてしまえば他人の目を気にする必要はない。
「疲れたー…ったく、コカトリス使いが荒いっての」
梧郎は人の姿に戻ると同時に愚痴を溢した。当初の予定であれば、自動箱による快適な旅を送れる筈であったのだ。
「これ位の距離で情けない事を言うんじゃありません。梧郎、鍛練不足じゃありませんか?」
ちなみにコカトリスの姿での旅を提案したのは環である。理由は至極明瞭、いくらイング王国でも、突然コカトリスが現れた怪しまれてしまう。しかし最初からコカトリスの姿で旅をしてればコカトレース参加者と見なされる。確かに、イング王国に入ってからコカトリスに変身したら、不自然極まりない。
「長時間第三形態でいるのは疲れるんですよ…それより総司令、本当に旅に出て大丈夫なんですか?」
環は狐人の王であり多大な政務を抱えている。それに幻獣十王の一人が動いたとなれば、いらぬ憶測を呼びかねない。
「少なくとも貴方より私の臣下の方が信用出来ます。それに貴方には大事な責務が発生してるんですよ。師としても上司としても責務を持つ必要があります」
「受けた依頼はきちんとこなしますよ。心配しなくても大丈夫ですって」
梧郎は長年戦いの場に身をおいてきただけあり、環の面目を潰さない自信があった。
「心配しなくても大丈夫?どの口がそれを言うんですか!?私が心配してるのは貴方の私生活ですっ。心配されるのが嫌なら早くお嫁さんをもらって私を安心させなさい。梧郎、これを受け取りなさい」
環が梧郎に渡したのは1日のタイムスケジュール。早寝早起きな上に鍛練な勉強時間も設定されており、まるで小学生の夏休みである。ちなみに目標欄は好き嫌いをなくす事になっていた。




