リストラヒーロー、ケルベロスキングと話す
三つ首の獅子は夏の終わりの蛍の様な弱々しい光を放ちながらも悠然と立っていた。
光は今にも消えてしまいそうだが、ケルベロスキングは威風堂々としており王者の貫禄を感じさせる。
「ゴロー、あれはなんだ?向こうが透けて見えているぞ」
タイネンの言う通り、ケルベロスキングは半透明で向こうの景色が透けて見えていた。
「幽体って言うんだよ。早い話が剥き出しの魂さ…半端な知識で反魂法を使ったから、あと一時間も持たないだろうな」
最も、完全な知識で反魂法を行ったとしても不幸な結果しか残らない事を吾郎は知っている。
「人語を喋るコカトリス…お前、ヒヨビの血脈か?」
吾郎を見つめながら真ん中の首がゆっくりと口を開く。 ケルベロスの王と言うだけあり、逆らいがたい威厳のある声だ。
「すいません、ヒヨビって人は見た事も聞いた事もないんですが」
「コカトリスの癖にヒヨビを知らないんですか?」
右の首が訝しげな目で吾郎を見ている。
「待てよ、そのバングルは…そうか君は放ち子の子孫だね」
左の首が何かを悟ったのか、ゆっくりと目を閉じた。
「このバングルを知ってるんですか?」
吾郎のバングルは翼の先端に取り付けられており、きちんと注意しなければ分からないだろう。
「それは我ら幻獣十王が放ち子に授けた物だ。詳しく知りたければコカトリスキングのヒヨビの所を訪ねよ…これだけは教えてやろう。お前は喚ばれたのではない。この世界に戻って来たのだ」
「直ぐには信じられない話ですね。さて、俺は行きますよ…巻き込まれる訳にはいかないんでね」
吾郎の推測が正しければジュングラは間もなく死の町と化す。
「お待ちなさい。今回の依頼料をお渡しします…もう、あの子達は必要がない物ですから」
布袋がフワフワと揺れ動きながら、吾郎達に近付いていく。
「馬鹿な事をしたとは言え、俺達の眷族だ。最悪の事態は防いでみせる」
切れかけの電球の様にケルベロスキングがの光が点滅し始めた。
「始まったか…飛ばすからきちんと掴まってろ」
「コカトリスの放ち子よ。この世界を頼む…」
吾郎は、ケルベロスキングの遺言を背中で聞きながら全速力で翔んだ。
「ゴロー、ケルベロスキングが輝きだしたぞ」
それは尾を向けている吾郎でも分かる強い輝き。
「良く見てみな…何か小さな光を吸収してるじゃないか」
ゴローが振り返ると、ケルベロスキングはジュングラの町出てきた小さな光を吸収している。
「あれはジュングラに住んでいる猫人の魂だよ。こんな胸糞の悪い反魂法を教えたのは、どこのどいつだ!!」
「ゴロ、ハンゴンホーって何なのさ!?」
サクラが知らないのは当たり前で、この世界に反魂法は存在しない。
「反魂法は死者を甦らせる外法だよ。やり方は色々あるが、今回使われたのは他者の魂を代償にして死者を甦らせるやつさ」
最初に捧げられたのは、依頼に参加した冒険者や生け捕りにされたの神官の魂。
「そんな事が出来るんですか!?それじゃジュングラが出てきたあの光は…まさか?」
マイが何かに気付いたらしく唖然としている。
「あの時、草木が枯れたでしょ、あれは足りない分を他の生物の魂で代用したからなんですよ。でも、反魂法が中途半端だからケルベロスキングは幽体でしか復活出来なかった…そして幽体を維持する為の力をジュングラに求めたんですよ」
吾郎は怒りを押し殺す様に嘴を強く噛み締める。
「それじゃジュングラの町はどうなったのだ?」
「多分、死の町になってるよ。とりあえず離れるぞ」
十分くらい飛ぶと広い草原が見えてきた。
「今日はこの辺で野宿だな」
「ゴロー、夜営の準備を何もしてないんだぞ」
タイネンの言う通り、今回は宿着きの依頼だったのでテントどころかランプも持ってきていない。
「俺がいれば魔物は近付いて来ないさ」
コカトリスは高位の魔物であり、好き好んで近づいてくる魔物や獣はいない。
「寝床はどうするんだ?焚き木をしなければ風邪をひいてしまうぞ」
「安心しろ、純度100パーセントの羽毛布団があるじゃないか」
生きてる羽毛布団が、どや顔をしている。
「お主の背中で寝ろと言うのか?」
確かに吾郎の背中は広く、羽毛にくるまれば風邪をひく事はないだろう。
「宿代はブラッシングで勘弁してやるから安心しろ。でも涎は垂らすんじゃねえぞ」
「その前にゴロあんたは何者なんだい?コカトリスに変身する猿人なんて初めて聞いたよ」
サクラが吾郎の目を見ながら問い掛けてきた。
「俺は異世界の人間なんだ。でも誤解するなよ、異世界の人間でコカトリスに変身出来るのは俺だけさ」
「変わり者とは思ってたけど、異世界の人間とはね。アタイは翼にくるまらせてもらうよ」
サクラはそう言うと、吾郎の翼の下に潜り込んでいった。
「とりあえず明日ギルドに報告だな。そのまんま話す訳にはいかないから、ジュングラに着いたら拘束されそうになったって口裏を合わせるぞ」
翼は吾郎の腕にあたる。そこにサクラがいる為か吾郎は眠れない夜を過ごす羽目になった。
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幸い、吾郎達の話は疑われる事もなくジュングラの調査隊が派遣された。
「ゴロー、この後はどうするんだ?」
「依頼をこなしながら情報集めだな。コカトリスキングがどこにいるか分からないし」
闇雲に探しても徒労に終わるだけである。
「あの良かったら、アタイもパーティーに入れてもらえないかな?」
サクラが気恥ずかしそうに話し掛けてきた。
「サクラ位の腕なら、どこでも引っ張りだこだろ?」
「女の冒険者が安心して組めるパーティーは少ないんだよ。その点、誰かさんは寝込みも襲わなかったしな…それともアタイに魅力がないからかい?」
吾郎達のパーティーには同性のマイがいるし、タイネンはマイに惚れていて他の女に興味すら示さない。
「俺のクマを見ろ。誰かさんの所為で寝不足なんだよ」
結局、一睡も出来なかった吾郎の目にはクマがくっきりと出来ていた。