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リストラヒーロー、山を登る

 吾郎の予想通り、襲撃どころか大きなトラブルも起きず護送の旅はスムーズに進んでいた。

 もはや護送と言うよりドライブと言っても差し支えのない平穏さである。

 タイネンとマイは直ぐに二人だけの世界を創ってしまうので、必然的に吾郎はサクラと会話する機会が増えていた。


「あんたも物好きだね。あたいみたいな男女と話して楽しいかい?」


「楽しいし、運転手を放っておくなんてマナー違反はしたくないんだ。邪魔なら口を閉じるよ」

 かつてのクリプティドファイブで成人は吾郎だけである。

 必然的に吾郎が運転手を務めていたが、一人で運転する事が度々あったのだ。

 だから、一人でひたすら運転する辛さを吾郎はよく知っている。

 最も、他のメンバーに体を休ませておく様に話したのは吾郎本人であり、仲間に不満を感じた事はない。


「いや、こうも暇だと眠くなるから助かるよ。しかし、こんなに暇なのに、金をもらったら罰が当りそうだね」

 確かにサクラの言う通り、猫人族だけでも問題なくケルベロスの爪を運べる。


「猫人の政治的立場を教えてもらえるか?協力関係にある種族や敵対関係にある種族はいたりするのか?」

 この依頼に不審を感じているのはサクラだけではない。

 吾郎は依頼の内容を聞いた時から、何とも言い難い違和感を感じていた。


「小難しい話をするね。猫人の連中は、どの種族とも深く付き合わず、浅く広く付き合ってるんだよ」


「例えば俺達が護送中に、何らかのトラブルに巻き込まれて命を落としたら政治問題に発展したりするか?」

 

「冒険者の仕事は自己責任さ。依頼の途中で死んでも誰も文句は言わないよ。ましてやあたいみたいな爪弾き者が死んでもみんな知らんぷりさ」

 サクラの話では馬人族で好まれるのは従順な女で、じゃじゃ馬を地でいくサクラは親からも疎まれていたらしい。


(タイネンは神官から籍を外されている、マイさんは一族から奴隷に出され家族との縁が切れている。そして俺はこっちの世界には知り合いがいない。これは偶然なのか?)


「あの蜥蜴人ってのは、どんな種族なんだ?」


「ゴロは本当に変な奴だな。あたいより頭が回る癖に常識的な事は知らないんだね。蜥蜴人は戦いを好む種族で、依頼も傭兵や護衛を好んで受けるんだよ」

 蜥蜴人にとって戦闘で死ぬ事はこの上ない名誉であり、病床で死ぬ事は屈辱らしい。


「俺にも色々あるんだよ。ケルベロスの爪って、そんなに凄い宝なのか?」


「ああ、ケルベロスの爪はキングの遺産って話さ。猫人はケルベロスを神として崇めているからね。キングの遺産となれば国宝だよ」

 何種かの魔物にはキングと呼ばれる存在がおり、ケルベロスキングの様に信仰対象になっている者も少なくない。


「マイさん、オーブネンに奪われたフェンリルの首巻きもキングからもらった物なんですか?」

 フェンリルの首巻きはマイ達狼人族の宝であったが、オーブネンと言う神官に奪われたのだ。


「はい、あれは私達狼人族にフェンリルキング様が下賜して下さった物です」

 フェンリルの首巻きは、フェンリルキングの抜け毛で作られているとの事。


「ゴロー、コカトリスキングもいるって話だぞ」

 タイネンは神官時代、癒しの旅をしていたので様々な話を知っている。


「まじかよ。でも、遺産って事はケルベロスキングはもういないのか?」

 

「確か何十年か前にフェニックスキングとの戦いに敗れて亡くなったと聞いてるぞ」

 今回猫人の町で、開かれる祭りはケルベロスキングの供養も兼ねているらしい。


「なんか嫌な予感がして来たな。タイネン、何時でも動ける様に荷物をまとめておいてくれ」

 永年戦いの場に身をおいてきた吾郎に備わった危険を感じる勘が確信へと変わっていった。


―――――――――――――――


 旅に出て七日目、一行はいよいよレグール教の寺院が建つ山へと差し掛かっていた。

 山には鬱蒼とした木々が生い茂り、昼だと言うのに薄暗い。


「随分と険しい山だな」

 山道はあるにはあるが、細く曲がりくねっており自動箱はすれ違う事は不可能であろう。


「今日一日は猫人か道路を借りきったらしいね。それでも念の為に先遣隊を出すそうだよ」

 タイネンとマイは先遣隊の先を行く事で、トナリーノも了解してくれている。


「この山道を歩きで登るなんて疲れるだろうな」

 タイネン達に様子見を任せた吾郎は他人事の様に話している。

 

「山登りも修練の一環だよ。さて、ゴロー行くぞ」

 しかし、タイネンはしれっとした顔で吾郎を誘った。


「おい、色ボケ坊主。なんで俺も行かなきゃ行けないんだ?」


「グソウとマイの二人だけで集団と戦えと言うのか?それに戦いの経験の豊富なお前は必要不可欠じゃよ」

 戦いの場に身をおいてきた吾郎が説教を生業としてきたタイネンに口で敵う訳もなく見事に言い負かせれてしまう。

 

「ったく、なんでわざわざこんな山に寺を作るかね…坊主にはドMしかいねのか?」


「世俗との関わりを断つ為じゃよ。たらたら歩いていたら日が暮れるぞ。ほれっ、キリキリ歩け」

 タイネンは手に持った錫杖で、吾郎の尻を叩いた。


「分かったよ。タイネン、道のチェックを任せる。マイさん町の臭いがしたら教えてもらえますか?」


「町の臭いですか?」

 町の臭いと言えば曖昧に聞こえるが、様々な臭いが混じり合った暮らしの臭いである。

 

「正確には町の臭いが染み付いた人間の臭いです。ここには世俗との交流を断った神官しかいない筈。町の臭いがしたら、ここ何日かのうちに来た人間…つまり、オーブネンが寄越した人間の可能性があります」

 寺院が建てられている山だけあり、空気は澄みきっていた。

 世俗とはかけ離れた空気であり、マイの敏感な鼻なら町で暮らしている人間の臭いは嫌でも鼻につくであろう。


「やれやれ、精霊様のお札を道に捨て置くとは嘆かわしい」

 山道を歩き始めて三時間程経ったが、その間五枚のお札が道に置かれていた。

 しかも、札は茶色い紙で出来ており精霊の気配に敏感なタイネンでなければ気づかずに踏んでいたであろう。


「たぶん、どこかでオーブネン側の坊主が札を落としたって足止めをするつもりだな。そして違う坊主が踏まれた札を持ってきて文句をつけるつもるなんだろ」

 そうなれば寺の神官達も黙ってはいない。

 猫人の一行を取り調べの為に勾留させ、その隙にケルベロスの爪を奪う算段であろう。


「しかし、札に足形が着いてなければ猫人が撥ね付けるだろ」


「その時は強引に奪うつもりだろ…来たぞ、タイネン任せる」

 道の少し先にレグールの神官がふんぞり返って立っていた。


「この痴れ者っ!!精霊様のお札を道に置き忘れて威張ってる奴がいるかっ」


「タ、タイネン様?なぜここにおられるのですか?」

 タイネンの一喝に神官の顔が青ざめていく。

 元とはいえタイネンは高位の神官、そのタイネンに札を拾われたとなれば罰は逃れられない。


「儂は僧籍から離れたとはいえ、レグールの信者である事には変わりがない…何より下らぬ欲の為に他者に迷惑を掛けるのであれば容赦はせぬぞ」

 神官の顔がますます青ざめ、体を強張らせていく。


「いえ、あれはですね…なんと言いますか」


「タイネン。たまたまお札を落としただけだろ。そんなに責めるなよ。ほれ、早く上役に今の事を伝えに行きな…早く行けっ!!」

 吾郎の怒鳴り声に驚いたのか神官は一目散に走り去って行った。


「情けない、レグールの神官ともあろうものが…情けない」


「それだけオーブネンがうまく立ち回ってるんだよ。これで最初の目論みは潰せたな」

 ふんぞり返っていた神官と別れ三十分程歩いた頃である。

 森が途切れ開けた場所が出てきた。

 正確に言えば開けた過ぎた場所である。

 何しろ左は緩やかな斜面になっているし、右は深い谷なのだ。


「こりゃまたおあつらえ向きの襲撃ポイントだな…マイさんあの森から何か匂いませんか?」

 吾郎達のいる所から少し離れた斜面に木が生えており林を作っていた。


「ええ、町に住む人の匂いがします」


「タイネン、猫に伝えてくれ。襲撃者を誘きだすから戦いの準備をしてくれってな」

 襲撃は哀しい位に終わってしまう。

 何しろ、吾郎のファントムブレスにより幻の集団と戦っている所を本物の猫人達に襲われてしまったのだから。

 襲撃をした神官達はみな生け捕りにされてしまう。

 寺に確認しても見知らぬ神官ばかりで、寺は口を出して来なかった。

 一行に安堵の空気が流れる中、吾郎だけが緊張を高めていた。

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