リストラヒーロー、手を合わせる
タイネンは出掛けると言うが、今はまだ朝。
オーガが出るのは夜、流石に早過ぎである。
悟郎はタイネンを引き止め様と手をだしが、直ぐに手を引っ込めた。
(この甘ったるい空気を吸うよりは動いた方がましだよな)
しかし、甘い空気を吸いたくないのは悟郎だけである。
「えっ、もう出掛けるんですか?お弁当を作るからもう少し待って下さい」
マイが甘える様な口調で、タイネンに話し掛けた。
「いや、今日葬られる人がいるから、早めに向こうに着いて寝ておきたいんだ…」
さっきまでの勢いはどこえやら、タイネンの口調がしどろもどろになる。
「私のお弁当はいらないんですか?」
マイは上目遣いでタイネンを見ながら、拗ねてみせた。
初心なタイネンには、効き目が充分だった様で、頬を染めながら椅子に腰を下ろした。
部屋が何とも言えない甘ったるい空気に包まれる。
もし、空気の糖度を測れる機械があったらメーターを振り切っているだろう。
堪らないのは一人蚊帳の外に置かれた悟郎である。
「すまん、ゴロー。もう少し待ってもらえるか?」
「あー、俺の都合で早く訪ねて来たんだから任せるよ。依頼の資料とかがあったら見せてもらえるか?」
悟郎は資料に集中でもしていないと、甘さに耐えきる自信がなかった。
「資料か…ちょっと待ってろ。これは知り合いの神官から借りてきた物だ。オーガの被害をまとめてある」
「今までオーガが現れたのは四ヶ月前からで被害は四件か…」
年齢も性別もバラバラで、共通している事と言えは葬られたその日の夜に被害にあっている事くらいだ。
しかし、書類を読み進めていくうちに悟郎は奇妙な違和感に包まれた。
「ゴロー、難しい顔をしてどうしたんだ?」
「どの葬儀にもオーブネンが関わってないんだよ。あの見栄っ張りなら地位のある人や金持ちの葬儀は仕切りたがると思うんだよ」
「その通りさ。でもオーブネンは被害にあった葬儀に関わるのを拒否したらしい」
タイネンの話によると、葬儀にを仕切ったのはオーブネンと同格の神官だったらしい。
(ライバルを蹴落とす為か?いや、それだけじゃない筈だ…)
「それと埋葬品が何個か無くなってるみたいだな」
「オーガが遺体と一緒に食べたんだろ」
オーガの顎の力は強く、遺体を骨ごと食べる。
その時に埋葬品を一緒に飲み込む事も珍しくない。
「かもな…でも無くなってるのは魔物を素材にしたマジックアイテムだけ。でも身に付けている筈の宝石が無事なのはおかしくないか?こりゃきな臭くなってきたな」
それは永年事件と向き合ってきた悟郎の勘。
「きな臭い?なんの事だ」
「誰かがオーガを操って墓場荒しをしてる可能性があるって事さ。それは遺体の埋葬品を知る事が出来てマジックアイテムを集めている奴」
悟郎が提示したのは、ただの憶測に過ぎない。
しかし、実際にオーブネンの性格を知っているタイネンは背筋が寒くなるのは感じた。
「確かにオーブネンなら埋葬品を知る事が出来てるし、今回の騒動で何人か神官が降格されている。何よりオーブネンはマジックアイテムに異常な執着心を持っている…でも彼奴も神官の端くれだぞ」
「まっ、証拠を何もない憶測さ。そういやオーブネンはどうやってフェンリルの首巻きを手に入れたんだ?あれは狼人族の宝なんだろ」
何より狼人族のオーブネンに対する怒りは半端なものではない。
「狼人族の族長を治療した時に貰ったらしい。最も、俺は地方巡礼に行っていたから詳しい事は知らないけどな。それに…」
オーブネンが何かを言い淀む。
代わりに口を開いたのは台所から戻ってきたマイ。
「正確には強引に奪われたんです。オーブネンの請求してきた治療代は高過ぎてとても払える物でありませんでした。フェンリルの首巻きは足りない金額の穴埋めに請求されたんです。それでも足りずに私が売られた位ですから。でもお陰で今は幸せですけど」
マイが奴隷商に売られたと知ったタイネンは自分の持ち物だけでなく、神官としての地位も売ったらしい。
「治療代って、そんなに高い物なのか?」
「基本は治療代の金額は相手に任せるんだよ。でもオーブネンは獣人相手には治療代を高くするのさ」
タイネンの場合はパン一個や無償で治療する時も少なくないそうだ。
「タイネン、マイさんにも依頼に着いて来てもらっても良いか?狼人の鼻があればおかしな奴が潜んでないか分かる」
「いや、危ないから」「着いていきます!!狩りの経験もあるから迷惑は掛けません」
マイの勢いに押されたタイネンが渋々頷く。
自分の提案であったが、墓場までの道中も甘い空気に変えられ少し後悔する悟郎であった。
――――――――――――――
オーガが出ると言う墓場は森に囲まれた高台にあった。
「ようやく着いたな。自動箱を使った方が良かったんじゃないか?」
王都から墓場までの移動に要したのは徒歩で約三時間。
「ここの道路を自動箱で走るには許可がいるんだよ。さてと、墓守りの所に行くぞ」
緩い坂道を登っていくと広大な墓場が現れた。
辺りを鉄の柵で囲まれており、一つ一つの墓碑は大きく立派である。
墓守りな話では、今日葬られたのはまだ五歳の商人の娘。
祖父の物だと言う大きな墓の脇に小さな墓が建てられていた。
(おじちゃんが守ってやるから、安心してお爺ちゃんと眠りな)
悟郎は小さな墓に手を合わせて決意を新たにした。
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草木も眠る丑三つ時、悟郎達は少女の墓から少し離れた場所で待機していた。
「真夜中の墓場か。仕事は言え気持ち良い場所じゃねえよな…幽霊出ねよな」
オカルト系が苦手な悟郎はそう言うと、軽く身震いする。
「幽霊?なんだ、それは?」
タイネンとマイはビクビクしている悟郎を不思議そうに見ていた。
「亡くなった人の魂が化けて出てくるのを幽霊って言うんだよ」
「ゴローは馬鹿だな。亡くなった魂は精霊様に導かれるから化けて出てるなんて事はないさ」
文化の違いからだろうか、プレーリーでは幽霊と言う概念がなかった。
「そうですよ。それにタイネンが祈りを捧げれば精霊様が答えてくれます」
ちなみにマイは厚手の布の服の上に皮鎧を身に付けている。
「はいはい、ご馳走さま…マイさん、何かを変わった臭いはしませんか?今、何かが枝を踏んだ様な音がしたんです」
恐怖の所為か、悟郎の耳はかなり敏感になっていた。
「待って下さい…東の方から獣の臭いがします…来ますっ」
現れたのは巨大な類人猿。
ゴリラよりも大きな体をしており、茶色い毛で覆われている。
「オーガだ!!悟郎、行くぞ」
オーガはナックルウォーキングで移動しており、動きも素早い。
「タイネン、正面から攻めるなよ。掴まれたらお終いいだからな。マイさんは墓を守っていて下さい」
オーガの腕はマイの体より太く、人の骨を容易く砕く事が出来るであろう。
(こりゃ、隙をみて変身しないとヤバイな)
悟郎は背中に冷や汗が滴り落ちていくのを感じていた。




