リストラヒーロー、考える
吾郎は薄暗い安宿のベッドに腰を掛けながら、一人思案に耽っていた。
(オーガか…問題は、どうやって戦うかだな)
吾郎は今まで集めた情報の整理を始める。
まずオーガは墓を荒らし屍肉を喰らう魔物と言う事。
(先ず、これが分からないんだよな。人の屍肉を主食として種が保てるのか?…普段は違う物を食ってる筈だよな)
次に墓を荒らせる魔物だと言う事。
(墓石を動かさなきゃ屍肉にはありつけない。つまり手を使う事が出来ると…オーガは大型類人猿から進化した魔物なんじゃないか?)
地球には雑食の類人猿はいるが、肉食の類人猿はいない。
しかし、この世界にはマイの様な狼人がいる。
狼人に進化する過程で肉食の類人猿が産まれていてもおかしくはない。
(大型類人猿なら群れで生活をしてる筈だよな…墓を荒らしているオーガは、群れから追い出された若い雄なんじゃねえか?)
大型類人猿は群れで行動する種が多いが、若い雄が群れから追い出される事があるという。
(それなら辻褄が合うよな。大型哺乳類なら墓を荒らす位の知恵はあるだろうし、墓場に来たのは普段使っている猟場が使えなくなったからか…そうすると正面から戦うのは得策じゃねえな)
オーガが大型類人猿の一種だとしたら、その膂力は驚異である。
(変身が出来れば問題ねえんだけどな…流石に異世界から来たコカトリスは不味いか。タイネンには第一形態だけ見せておくか)
何しろオーガは倒さねば吾郎は奴隷に身を落としてしまうのだから。
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次の日、吾郎はまだ夜が明けきらぬうちにタイネンの家を目指した。
何しろこの世界の住人は、夜が明けると同時に起き出して活動を開始する。
あまり遅く出掛けてはタイネンとすれ違いになってしまうし、ギルドで顔を合わせる訳にもいかない。
案の定、まだ早朝と言っても過言ではない時間にも関わらずタイネンの家の竈からは煙が立ち上っていた。
(なんとも暖かい光景だね…お邪魔虫は少しぶらついてくるか)
独り身の吾郎にとってみれば、あの暖かな煙は入るのを躊躇わせる結界なのである。
吾郎はそれから三十分程辺り付近の森散策して時間を潰した。
誰への言い訳の為なのか、途中で摘んだ木苺の実を蕗の葉に包んで持っている。
「朝、早くすいません。大酉です、タイネンさんはいらっしゃいますか?」
「ゴローか?こんなに朝早くどうした?」
朝早くと言ってはいるが、タイネンの身支度はきちんと出来ている。
「近くの森を散策したら、思っていたより木苺が採れたんだよ。それにちょっと話があってな」
吾郎はそう言うと潰さぬ様に持っていた蕗の葉をタイネンに手渡した。
「そんな気を使わなくても良いんだぞ。まあ、上がれ。マイど…マイ、ゴローが木苺を持って来てくれた。お茶を入れてもらえませんか?」
吾郎の前でマイを呼び捨てにしたのが恥ずかしいのか、タイネンの顔が朱に染まる。
「普段の話し方で良いんだよ。無理は体の毒だぞ」
「抜かせ、俺はお前みたいに他人の恋路のお節介を焼ける程、擦れてないんだよ」
「まあ、こんなに沢山の木苺を。オオトリさん、ありがとうございます」
次に吾郎を出迎えてくれたのは、満面の笑みを浮かべたマイであった。
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タイネンの家は隅々まで掃除が行き届いており、外見からは想像が出来ない快適であった。
(快適なんだけど新婚夫婦の家に来た時みたいな尻の座りが悪いな。さっさっさと本題に入るか)
「話ってのは俺の生まれについてなんだよ…俺は異世界からの迷い人で、後一ヶ月で二十万ブレを役所に納めないと奴隷になる」
「異世界人か…話には聞いた事があったが、まさかゴローが異世界の人間だとはな」
タイネンは驚いたのを誤魔化すかの様に自分の顔をツルリと撫でる。
「それが大事なお話なんですか?異世界の人だからと言って、タイネンさんはオオトリさんを嫌ったりしませんから安心して下さい」
マイはそう言うと誇らしげに微笑んでみせた。
「話はもう一つあるんですよ。俺は異世界の人間でも特殊な人間でして姿を変えれるんです…まあ、見せた方が早いですよね」
吾郎はそう言うと手のバンクルに手をかざした…今まで何十回、何百回と繰り返した変身ポーズなのに緊張で手が震える。
現れたのは黄色のバトルスーツを身にまとった戦士。
第一形態だから翼も尻尾もないが、異様な出で立ちと言ってもおかしくなはない。
「この姿になると力や素早さが格段に違うんだよ。これからパーティーを組んでピンチになったら変身する事もあると思うから頼んだぜ」
吾郎は不安を悟られぬ様、早口で捲し立てた。
少しの沈黙の後、タイネンが口を開いた。
「その姿になれば強いのか?」
「鉄の剣位じゃ傷はつかないよ」
「そうか、変身する時は先に言えよ。それなら誤魔化し様もある…マイ、匂いは変わらないのか?」
タイネンの問い掛けにマイが鼻をヒクヒクと動かしてみせる。
「いえ、なんと言いますか…オオトリさんに鶏みたいな匂いが混じった感じになっています」
「それなら臭いからばれる事もないか。それじゃ、俺は黄色いのとオーガを倒しに行ってきます。マイは留守をお願いしますね。ゴロー、行くぞ」
吾郎は初めて異世界で受け入られた事に気付き安堵の溜め息を漏らした。