リストラヒーロー、巻き込まれていく
移動する自動箱の中で吾朗は一枚の紙をジット見ていた。
それは助手席に座っている若い僧から渡された行程表。
行程表には簡略された地図も書いており、吾朗はそこに色々と書き込んでいた。
「ゴロー、真剣な顔で何をしてんだ?」
吾朗と違いタイネン達は襲撃を警戒してか、外を見張っている。
吾朗は顔を上げて辺りを見回すと、タイネンにだけ聞こえる小声で呟き始めた。
「襲撃がありそうな所をチェックしてるんですよ。四六時中緊張していたら無駄に疲れるだけですから」
吾朗は護衛を頼まれるも多く、今では地図を見ただけでも襲撃を受けそうな場所を特定する位は容易である。
「お主はそんな事も分かるのか?」
「絶対とは言えませんが、何ヵ所か怪しい所があります。先ず初日に通る林道だけど道幅はどれ位なんですか?」
「そこは自動箱が一台通れる位の広さだよ。確かに襲うにも逃げるにも最適な場所だな」
吾朗はタイネンの言葉を聞くと、更に地図に書き加えていく。
「次、三日目に町の教会に寄るらしいんですが、オーブネン殿はここには良く行かれるのですか?」
「そこにはオーブネンの師に当たる司祭がいらっしゃるから、その町による時は必ず寄ると思う。でも、そこは町中だから襲撃はないと思うぜ」
タイネンの話を聞いた吾朗は、地図に書かれている教会を大きな丸で囲んだ。
「襲撃犯が逃げる考えを持っていればそうでしょうが、最初から死ぬ覚悟で襲ってきたらどうでしょうか?オーブネン殿に、なんらかの恨みを持っている奴ならここで襲うと思います」
「ふむ、その根拠はなんだ?」
タイネンが興味深そうに吾朗の顔を覗き込んでくる。
「恨みを晴らそうって奴は自分の正当性を主張したがるんですよ。自分は物取りとは違う、こいつを襲う訳があるって言いたいんです。そうしたら自分が殺されても、相手の看板に泥を塗れましね。何よりここで待っていればオーブネン殿は確実に来ますし」
吾朗は、そう言うと地図に書かれた教会をトンと叩いた。
「師の前で恨み言を言われたらオーブネンに恥を掻かされると…確かに、警戒するには越した事はないな」
タイネンの呟きに吾朗は静かに頷いた。
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吾朗達に宛がわれた宿屋は護衛の為か、オーブネンと同じ高級宿屋であった。
「こんな豪華な宿屋にも、安めな部屋があるんですね」
「ここは金持ちが連れてきた奴隷や護衛が泊まる部屋さ。その証拠に窓がないだろ」
そこは布団が一組みだけ敷いてある狭く暗い部屋。
中腰にならなければ頭がつかえる程に天井は低く、横になればなったで足が壁にぶつかる。
「窓がないのは逃亡を防止する為ですね。これじゃ寝返りもうてないんじゃないですか」
「それでも雨露をしのげる分、野宿するよりはましさ。荷物を置いたら見張りに行くぞ」
オーブネンは小心者らしく、吾朗達護衛に対して代わる代わる部屋の見張りをする様に命じてきたのだ。
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オーブネンの部屋がある階は、高級宿屋に相応しく豪奢その物であった。
廊下には分厚い絨毯が敷かれ窓枠や扉には金細工があしらわれている。
扉から漏れてくる声からはオーブネンが酔っぱらっているのが、有り有りと分かった。
(小心者が虚勢を張るには酒が欠かせないんだろうな)
オーブネンは部屋に若い目見麗しい僧侶を四人連れ込んでおり、上機嫌で酔っているのが漏れてくる声を聞いただけでも想像がつく。
(見張りが一番手って聞いた時は外れと思ったけど、この様子じゃむしろ当りだな。野郎同士がいちゃつく声なんて聞いたら背筋が寒くなら)
見張りと言う役割柄、吾朗達は緊急時以外は会話をする事が許されていない。
許されてはいないが、タイネンも吾朗と同じ気持ちらしく何度も顔をしかめていた。
「オーブネン様、フェンリルの首巻きを見せてもらえますか?純白で綺麗な毛皮と聞いております」
若い僧侶の一人が甘ったるい嫌な声でオーブネンにねだり始める。
「仕方がない奴じゃ。これがフェンリルの首巻きだよ」
次の瞬間、部屋から甲高い嬌声が聞こえてきた。
吾朗がふと脇を見ると、タイネンはどこか後ろめたそうな顔をしていた。
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幸いな事に吾朗が懸念していた森も無事に抜け、目的地の王都まで後一歩となった三日目の事。
オーブネンが師に挨拶をしようと自動箱を降りた途端、建物の影や木の上から幾つもの人影か現れたのだ。
「我が狼族の宝を返してもらいに来たぞ!!」
(なんだ、ありゃ?耳と尻尾が生えた人間?コスプレじゃねえよな)
「狼人族の男だ、動きが素早いから気を付けろ!!オーブネン殿を取り囲め」
護衛達がオーブネンを囲む様にして円陣を組んでいく。
そんな中、吾朗は一人の狼人の男に違和感を感じた。
(彼奴、オーブネンじゃなくタイネンを見ている…それに、あれは嫉妬している顔だ)
他の狼人がオーブネンを睨み付けている中、その狼人だけはタイネンを暗く荒んだ目で見ていた。
次回リストラヒーロー、タイネンの罪を知る
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