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Rage -黒き獣の慟哭-  作者: 白猫矜持
Broken Pieces__2012.04.09
4/24

Chapter.1-2

その転校生、不可解につき


 ホームルームは程なく終わり、退屈な全校集会も何事もなく過ぎる。それからすぐに、生徒たちは放課となった。始業当日に授業がない、それを嘆く真面目な生徒も一部にはいる。だが、単純に解放を喜ぶ生徒の方が多い。早速カラオケやボーリングだとか、買い物といった計画を立て始める生徒たちを、新担任の東地ケイは「おいおい、ちゃんと勉強のことも考えとけよー」などと諭しながら教室を去っていった。この後に職員会議があるという。


「九条さん、よかったらこの辺案内してあげようか?」


 ルリネの後ろの席、すなわちエリナの隣の席にあたる男子生徒――名前は須藤といったか――が、早くも美少女転入生にアプローチをかけ始めていた。その勇気ある行為に、クラス中の視線も集まる。


 だが、エリナの方は須藤を一瞥(いちべつ)すると「ごめんなさい」と短く謝る。


「えっ……あー……」


 即時断られた須藤は表情を固まらせる。だが、さらに彼を、そしてクラスの大半を愕然とさせたのは、エリナのとった次の行動だ。


「冴島くん、一緒に帰ってもいいかな」


 そうユウトに対して言い出したのである。


「なっ、えっ?」


 須藤を含めた男子生徒たちが、愕然と口を開け広げていたのは仕方のない話だ。


 そして、驚きを隠せないのはルリネも同じだった。転入初日に、隣席の男子生徒の誘いを無下に断ってまで、接点のないはずのユウトと連れたって帰宅する理由などない。何が目的でここまでユウトに固執するのだろうか。まさか、先ほどのユウトの応対を根に持っているのか。それとも逆に、ユウトに一目惚れでもしたのだろうか――ルリネの邪推(じゃすい)は留まるところを知らない。


「…………」


 当惑する彼女を余所に、ユウトは無言のまま荷物をまとめ、鞄を手にして立ち上がる。


「どうかな、冴島くん?」


 尚も食い下がるエリナに、呆れたような表情を向けると、ユウトは独言のように呟く。


「好きにすればいい」


「ありがとう」


「え、ちょっ……冴島くん!」


 エリナは極上の笑みを、ルリネは困惑しきった声を返す。


 そのまま教室から立ち去ってゆくユウトを、ルリネは慌てて追いかけていった。クラス中の様々な感情がこもった視線を背に受けながら。幸いにも、ユウトとは同じアパートに住んでいる。帰路は同じだ。


 ルリネを小走りで追い越して、ユウトの隣に陣取るエリナ。その光景に、ルリネの中でかつてないほど燃え上がる、得体の知れない何か。人はそれを嫉妬と呼ぶのだが、この感情の正体にも彼女はまだ気付いていない。

 足を早めて、エリナとは反対側、二人でユウトを挟む位置につく。傍から見ればユウトはまさしく両手に花――羨望(せんぼう)の的であることだろう。ユウト自身はこの状況を楽しみも悲しみもしない無表情だったが。


 校門を抜け、アパートまで徒歩一〇分の道を歩む。ユウトは前だけを真っ直ぐ見つめながら。ルリネはちらちらとユウトの横顔を窺い見ながら。エリナは物珍しそうに周囲を見回しながら。


「東京って高いビルばかりかと思ってたけれど、意外と普通の一戸建ても多いのね」

「…………」

「そういえば、ここからは見えないのかな、スカイツリー」

「…………」


 三人のうちで、言葉を発しているのはエリナだけだった。ユウトはまったく耳を傾けている様子もなく、ルリネは所在なさげにユウトの方をちらちらと見ているだけだ。


 でも、なんだか――とルリネは疑問に思う。エリナの喋り方は、まるでその言葉を聞いていようがいまいがどうでもいい、というようなものに感じられたのだ。会話の内容ではなく、言葉を発すること自体が重要なことで――そう思えるのはなぜだろうか。


「ついこの前引っ越してきたばかりから、全然観光もしてないし……今度一緒にどう、冴島くん?」

「――九条、といったか」


 だんまりを決め込んでいたユウトが、エリナの饒舌(じょうぜつ)に耐えられなくなったか、とうとう口を開く。


「何かしら?」


 小首を傾げるその動作も、実に優雅なものだった。


「どういうつもりだ」


 ユウトの声は静かだったが、低く、かつ重々しい響きを秘めていた。


「どう、って……転入初日に知り合った同級生と、親睦を深めようとしているだけよ?」

「そうか。残念だが、ここでお別れだな」


 三階建ての建物を見上げながら、ユウトは残念さのかけらもない声色で言い放つ。ユウトとルリネ、二人が借用しているアパートだ。


「へぇ、そうなの。学校から近くて便利なのね」


 感心して頷くエリナを余所に、ユウトはそのまま階段を上ってゆく。


 そして、


「えっ、ちょっ、えぇ!?」


 さも当然、と言わんばかりにユウトに追従する転入生。慌てふためきながらもルリネは二人の後を追う。


 分からない。九条エリナの言動が、さっぱり理解できない。

 ルリネの中で、転入生=美少女=変わり者、という新たな方程式が構築されようとしていた。


 エリナの動きには迷いがない。躾の厳しい良家で育てられたお嬢様のように、一挙手一投足が優美だ。演技がかっていると言ってもいい。しかし、その行動自体は突拍子がない。ルリネの頭には疑問の嵐が渦巻いていた。


 ユウトは二階の最奥の部屋に住んでいる。ルリネはその二つ隣だ。自室の前で足を止めた彼女は、何とも言えない複雑な心境でユウトとエリナを目で追う。


 まさか、このまま二人で中に入っていくのではないか――


 過剰とは言い切れない予感が不安に変わる直前に、ユウトは足を止めた。エリナも同時に立ち止まり、意図の見えない視線をユウトに送っている。


 二人の間の絶妙な距離に、微妙な沈黙の幕が下りる。


 先にその幕を切り落としたのはユウトだった。


「もう一度聞く。どういうつもりだ(、、、、、、、、)

「だから、親睦を深めようとしているだけだって――」

「そうか。おれは遠慮しておく」


 突き放した物言い。滅多に耳にしない、冷静ではなく冷徹なユウトの声。


 エリナが口を開く前に、ユウトはドアを開けて中へと入ってしまった。ルリネが呼び止める暇もない。ただ二人だけが、都会の喧騒が遠く響くアパートの廊下に取り残された。ユウトが彼女を部屋へ招待しなかったことに安堵しながらも、二人の関係、主にエリナの行動には疑問だけが残っている。


「――っ」


 ふと気が付くと、いつの間にか転入生がルリネの顔をじっと覗き込んでいた。ユウトに相手にされなかったことを特に意に介することもないようで、彼に向けていたものと同じ好奇の目を、今度はルリネに向けているのだった。


「な、なんですか?」


 意識しなくても、警戒したような声音になってしまう。


「あなた、名前は?」

「え、っと……御堂、ルリネです」


 今になってようやくルリネに対して興味を抱いたような態度。普通なら腹が立ってもおかしくない場面だが、ルリネは反射的に、律儀に答えてしまう。


「御堂さん、あなたは冴島くんとは親しいのかしら?」


 またもやユウトの話題である。


「親しい、というか、えっと、そんな、でもないかな? あ、いやでも全然親しくないってわけじゃなくて、その……」


 自分でもユウトとの関係はうまく説明できない。仮に友人と呼んでいるものの、それが果たして正しいのかどうか、ルリネには決める勇気がなかった。


「ふぅん……御堂さん、この近くに住んでるの?」

「近くっていうか、この部屋なんだけど……」

「へぇ、冴島くんの二つ隣なのね」


 果たして何が面白いのか、小さな笑みをエリナは浮かべる。あごに繊手をあてがって沈思する様も、心なしか楽しげだ。


「あの……?」


 戸惑うルリネに、エリナは満面の笑みを湛えて向き直った。


「御堂さん、よかったら部屋に上がらせてもらえないかしら?」

「えぇ? えっと――」

「私、転入してきたばかりだから、早くクラスのみんなに馴染めるように、って思ったんだけど……ああ、無理に、ってわけじゃないのよ? 断ってくれても、ぜんぜん」

「うぅー……」


 エリナの申し入れを純粋に喜ぶ反面、底の見えない――と言えば失礼だが、とにかく不信感を拭えない彼女に対して、そう易々と警戒を解いてもよいものか迷っていた。ただ、クラスで友人の少ないルリネにとって、これはまさに夢のような出来事であるのも確かだ。


 しばらくの間を置いて、ルリネはおっかなびっくり眼鏡越しの視線をエリナに送る。


「いい、ですよ」


 友達。その響きに抗うことはできなかった。


               ■


「それでね、宮古さんってすごく物知りなんだ。だから、よく休憩中にね――」

「へぇ、珍しいことも知ってるのね」

「そうそう、それで、その話を聞いた池谷君と相沢君が――」


 テーブルを挟んで談笑する二人。テーブルの上にはルリネが用意したお菓子の入った皿と、ジュースの注がれたコップが二つ。その光景を一見すれば、ルリネとエリナは古くからの友人と呼べるほどの間柄に見えるだろう。ルリネがエリナを部屋に上げてから小一時間、いつの間にかすっかり打ち解けていた。


「御堂さんってクラスメイトのことに詳しいのね。友達が多いって憧れるなぁ」

「そんなことないよ、ただ……」


 ただ、自分は羨ましそうに眺めているだけ。その事実を告げることで、エリナはどのような表情をするのだろうか。そう考えると、どうしても先を言うことはできなかった。おまけに、これは先月までのクラスの話だ。


「どうしたの?」

「う、ううん、なんでもない」


 ルリネは慌てて首を振る。今はこうして新たな友好関係を楽しもう、と思いを切り替える。


 その矢先。


「そういえば、御堂さんって冴島くんとどういう関係なの? こうして住んでいる所も近いんだし……まさか恋人、とか?」

「むぐっ――けほっ!」


 ジュースを口に運んでいたためにむせる。一瞬で、耳の先まで真っ赤に染まりあがる。


「そ、そそそんなのじゃないって! 偶然、ほんとに偶然知り合っただけなの!」

「へぇ~、運命の出会いってやつかしら?」

「違うってばぁ……!」


 エリナは意地の悪い笑みを浮かべる。確かに、休憩時間、帰宅時間は大抵一緒にいるルリネとユウトを見れば、恋愛関係にあると思ってもおかしくはないだろう。実際はルリネがついて回っているだけなのだが、どうにも勘違いされると気恥ずかしいものがある。


 それでも、こんな恋愛話に花を咲かせる「女子らしい会話」ができることを、ルリネはなによりも喜び、楽しんでいた。ついさっきまで抱いていたエリナに対する疑念が失礼なものに思えてくる。


「でも、それにしては仲がいいわよね?」

「そう、かなぁ?」

「ねぇ、どんな出会いだったか、聞いてもいい?」


 少し身を乗り出して、興味津々な様子のエリナ。大きな瞳をさらに輝かせている。こう迫られては黙っていることもできなかった。


「えっと、私がこっちに引っ越してきた頃の話なんだけど――」


 とつとつと語る、一年前の出来事。


 偶然のはず――心のどこかで、運命かもしれない、と思っている奇跡的な出会い。




To be continued.

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