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Rage -黒き獣の慟哭-  作者: 白猫矜持
Broken Pieces__2012.04.09
3/24

Chapter.1-1

崩壊の序曲



訪れる二人は


 御堂(みどう)ルリネは、学内掲示板を食い入るように見つめていた。


 季節は春、桜舞い散る四月。冬の寒さが抜けきっていない中を、優しい朝日に照らされながら生徒たちは登校してくる。ルリネは今日からめでたく高校二年生となる。そんな彼女が熱心に眺めていたのは、他でもない新しいクラス表だった。


 都内の私立進学校に入学したルリネには、あまり友人と呼べる存在はいなかった。彼女の出身が首都圏から大きく離れていることと、彼女自身の性格――やや引っ込み思案なところが影響して、友人関係を思うように築くことができずにいた。


 しかし、そんなルリネが探していたのは自分の名前ではない。たった一人、彼女にとって友人と呼ぶことができるだろう人物の名前。


「――あ、あった!」


 小さな歓声が漏れてしまい、周りの視線に赤面しながら眼鏡の位置を直してごまかそうとする。


 見つけた名前は、冴島(さえじま)ユウト。

 嬉しいことに、今年も自分と同じクラス、二年五組らしい。


 冴島ユウトがルリネのことを友人と思っているのかどうかは疑問だった。それでもルリネにとって、そのクラスでまともに会話できそうな人物といえばユウトだけだった。ルリネとユウトの縁は、入学前に遡る。ちょっとしたトラブルに巻き込まれたルリネを偶然にも救ってくれたのが冴島ユウトだ。さらに入学してみると同じクラスだったこともあり、ルリネにとっては唯一の友人と呼べる存在になっていたわけである。


 胸を静かに躍らせながら、五組の教室に向かう。ホームルームまでは時間があるので、教室の中は半分ほどしか埋まっていなかった。そんな中で、窓際の席に退屈そうに座っている男子生徒の姿が目に留まる。


 彼に声をかける前に、自分の座席を確認。黒板に貼り出された紙には、見事にユウトの隣に並ぶ自分の名前があった。新学期早々、本当に運がいい。


「お、おはよう、冴島くんっ」


 隣の席に腰を下ろしながら、努めて陽気に声をかける。


「ああ」

「あ、えと、今年も同じクラスだね」

「そうみたいだな」


 およそ無感動な返答。ユウトにとっては、ルリネとクラスメイトになるかどうか、など些細なことだったのだろう。こっちが勝手に友達と思っているだけだ。当然といえば当然だが、それでも少し気を落としながら、同時に普段と変わらない様子のユウトに安心する。嫌われているわけでもない、と思う。


「担任の先生、誰になるのかな? 後藤先生とか村田先生だといいなぁ」

「もうすぐ分かる。なるべく楽な先生がいい」

「だよねぇ、厳しいとつまんないもんね」


 担任によってはその一年が天国になるか地獄になるか左右してしまう。だから重要といえば重要なのだが……どう祈ったり嘆いたりしたところで、担任を変えることはそう簡単なものではない。ちょっとした不条理だ。


 しかし、担任以上にルリネが気にかけていたのは、ユウトとの会話そのものだった。


「あ、でも村田先生って産休だったっけ……」

「そうだったかもしれない」

「だよね……」

「……」

「……」


 沈黙。


 何とか話を続けようとルリネは努力するのだが、どんな話題であれユウトの食いつきは悪い。一応の返答はしてくれる。そこから会話を発展させることができないのだった。


 少し俯き加減になりながら、横目でユウトの様子を窺う。ユウトは適度に力を抜いた姿勢で椅子に座り、やや首を傾けて外を眺めていた。暇なとき、彼はいつもそうしていた。別段思いつめている様子でもなく、かといって呆然と無意味に視線を遣っているわけでもない。そうあることが、まるでユウトにとってありのままの姿であるかのような、違和感を抱かせない所作だった。


「――そういえば」


 自分は黙っていた方がいいのではないか、とルリネは時々思うことがある。しかし、そういうときに限ってユウトの方から声をかけてくれるのだ。


「クラス表に、転入生と注釈のある名前があった」

「えっ、転入生? 全然気付かなかった……載ってたの?」

「ああ。このクラスだ。名前までは覚えていないが」

「転入生かぁ……どんな生徒だろうね」

「女子だということしか分からない」

「女子なんだ。へぇ~」


 地方出身者、言い換えれば田舎者であるルリネが思い描く転入生は、やたらとキラキラ輝くようなイメージだ。転入生=垢抜(あかぬ)けた美少女という固定観念。もっとも、そういった生徒に出会った経験はない。ただの妄想だ。


 どちらにせよ、クラスに馴染むことのできない自分にとっては、関係のない話になってしまうのだろう。転入生と自分が仲良く会話している様子など、ルリネには想像することはできなかった――ユウトとの出会いのような事件がなければ。


「あっ、ええと……そういえば、春休みの課題、やってきた?」

「ああ。それなりには」

「提出、明日、だよね」

「確かそうだったな」


 とりとめもないコミュニケーション。途切れがちだが、それでもルリネにとっては精一杯の会話を続けるうちに、クラスには次々と生徒の姿が増えていた。やがて予鈴が鳴る頃には、春休みがあけたことを惜しむ顔が満ちることになった。


 ホームルーム開始が近づく中、クラスの女子生徒の間では、はやくも担任についての噂話が囁かれていた。いわく、


「さっき職員室前の廊下ですれ違った先生さ、めっちゃイケメンだったんだけど!」

「えっ、マジで? どんな感じの?」

「なんかこう、ワイルドっていうか、スポーツ選手みたいな感じでさー」

「担任になってくれないかなー、その先生! もしそうなったらあたし皆勤賞とる!」


 などなど。黄色い声でのべつまくなしに騒ぎ立てる女子生徒たちを遠巻きに眺めながら、ルリネは始業のチャイムをぼんやりと待っていた。


 間もなく、チャイムが校内に響き渡る。


               ■


「今年一年間、きみたちを受け持つことになった、東地ケイだ。よろしく」


 教壇に立つ男は、室内を見回して言った。


 年の頃は三〇ほどだろうか、不潔に見えない程度に生え揃ったあご髭がワイルドな男性らしさをかもし出し、短髪はすっきりとした印象を見る者に与える。長身かつ程よく筋肉質な肉体は、どこかアイススケートの選手のような洗練された感覚をルリネに抱かせた。


 新任教師にして担任を目にした女子たちは、小声で囁きあっている。それが歓声の類であることは想像に難くない。


「なんか、雰囲気のいい先生だよね」


 隣のユウトに小さく言葉を投げかけるも、ユウトはどこか不服そうな表情である。


「……そうだな」


 それだけ言うと、またいつものように視線を窓外へと向けた。


 まさか、担任教師の人気ぶりに嫉妬したのだろうか。そう一瞬勘ぐったルリネだが、そんな単純な様子ではなさそうだ。ユウトはそんなジェラシーを抱く性格ではない、はず。では一体何が気に入らないのか、あれこれと憶測を巡らすもののまったくピンとこない。


 ケイの話は続く。


「俺の担当教科は古典だ。厳しくやるから、そのつもりでな。三年生はこの一年が人生最初の大きな関門になる。来年の一月にはセンター試験、そして大学の二次試験と続くわけだが……何も三年生だけが受験生、ってわけじゃあない。お前ら二年生だって、進学を目指しているわけなら立派な受験生だ。それに、この高校は有名な進学校だそうじゃないか。俺の責任で経歴に傷がつくのはなんとも情けない話だ。そうならないように、徹底的に古典を教えるつもりだから、覚悟しとけよ」


 数人の生徒のどよめき。私立進学校といえども、この時期から皆がそろって受験勉強に本腰を入れているわけではない。ルリネもまた、日々の予習復習で一杯一杯なのだ。


「あー、それと、気付いている生徒もいるだろうが……というか全員知ってんのかな? 実はこのクラスに転入生がいる。ま、新しいクラスだからな、気負うことなくフツーに仲良くしてやってくれ。紹介しよう、九条エリナだ」


 教室の入り口が開く。次いで巻き起こった波紋は、今度は男子の間に起きたものだ。


 その波を呼び起こした女子生徒は、堂に入った歩みで黒板の前に立つ。


「九条エリナです。両親の仕事の都合で、他の県からこの学校の近くに引っ越してきました。よろしくお願いします」


 一礼するその挙措も、育ちのいい令嬢のようだった。


 九条エリナと名乗った少女は、フランス人形のような愛くるしさと日本人形の静謐な美しさを併せ持った、まさに美少女と銘打っても名前の方が負けてしまうような美貌の持ち主。セミロングの快活そうな髪、気品のある整った顔立ち、そしてモデル顔負けのプロポーション。欠点を見つけろという方が無理に違いない。


 先ほどとは逆に、男子生徒の間で様々な歓喜の声が広がっていく。ルリネの中で転入生=美少女というイメージが完全に定着した瞬間でもあった。


「あーっと、九条の席は……あそこだ、窓際の、冴島の後ろ」


「えっ」


 不意打ちに思わず素っ頓狂な声を上げてしまうルリネ。ケイはクラス名簿を見ながら、訝った視線をよこす。


「どうした、あー……御堂?」


「あっ、いえっ! な、なんでもありません……」


 耳の後ろまで真っ赤に染まった顔を俯けて、ルリネは消え入りそうな声で返答した。ユウトの名前に反応してしまったのだ。だが、なぜ咄嗟に反応してしまったのか、ルリネ自身にも理由はよく分からなかった。


 エリナが指定された席へ向かう。が、席に着く前にユウトの隣でその足を止める。


「冴島くん、ね? これからよろしく」


 落ち着いた声は、クラス全体にしんと響いた。ユウトがどういう生徒であるのか、今朝の様子でだいたいの想像がついた生徒は多いのだろう。すなわち、クラスにあまり関心がなく、自発的な行動を欠く生徒。だから、エリナの挨拶に対する反応がどのようなものになるのか皆が息を潜めるようにして待ち構える――そんな奇妙な状況ができあがっていた。


「…………」


 ルリネからはユウトの表情を窺い知ることはできない。それでも、なにやら不穏な雰囲気が充満し始めていることは嫌でも感じられた。

 エリナは見下ろす形でユウトの返答を待っている。


「……ああ」

「ふふっ」


 一〇秒ほどの間を置いて、およそ友好的とはいえない調子でユウトは言った。クラスの空気は凍りつく寸前だ。しかし、エリナは特に気にした様子もなく、ユウトの後ろの席に座る。


「…………」


 ユウトは普段どおりに視線を外に逸らす。


 そのとき、一瞬だけ、ルリネは垣間見た。彼の瞳が帯びていた、剣呑(けんのん)な光を。ただ怒っているだけではない。もっと大きな、人間が持つ負の感情を精一杯に押し留めたような、きっと直視することのできない、恐ろしい瞳。


 一介の女子高生が、その輝きこそまさに殺気と呼ばれるものであると気付くことはできなかった。それでも、只ならぬ剣幕のユウトにルリネは不安と惧れを抱かずにはいられない。


 何か声をかけるべきでは――


「じゃ、話を続けるぞ」


 ケイのよく響く声で現実に引き戻される。もう一度だけユウトの横顔を窺うが、表情の意味を推し量ることはできなかった。




Chapter1 "Broken Pieces" to be continued......

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