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洗濯を終えたあと、僕は生徒会室の掃除や会長の私物の整理までさせられた。
……私物の管理くらい自分でやってほしいところだけど、僕に拒否権はないらしい。
会長の洗濯物は、生徒会室の天井付近にロープを張り、部屋干しにしている。
もともと狭い部屋なのに、至るところから洗濯物がぶら下がっているせいで、余計に狭さを助長させる結果となっているのだけど。
それ以前に、下着も含めて干してある状態では、僕としては目のやり場にすらも困ってしまう。
ともかく、そうやって掃除などもすべてこなして一段落した僕は、パイプ椅子に座り、会長と一緒にコーヒーをすすっていた。
この生徒会室には、湯沸しポットも用意されている。
コーヒー、紅茶、日本茶が取り揃えられており、お菓子類も用意されている上、冷蔵庫まで完備されている。
どこをどう考えても、経費の無駄使いだと思うのだけど……。
ただ、コンロは見当たらない。火事になったら困るという理由からだろうか。
どちらかというと、隣が家庭科室だから必要ない、という理由のほうが大きいような気はするけど。
今使っているカップを含めた食器類も、使い終わったら僕が隣の家庭科室で洗うことになるのだろうか。
……だろうか、というか、おそらくそうなんだろうな。
ずずず。
大きな音を立てながら、あまり上品ではない飲み方をしている先輩はブラックコーヒー、僕はカフェオレをいただいている。
会長から労いの言葉はない。僕が補佐として仕事をするのは当たり前だと思われているのだろう。
「お前の髪はサラサラだな」
コーヒーを飲んで落ち着いたからなのか、会長が不意にそんな話を振ってきた。
こんな普通の会話をするのは、初めてではなかろうか。
「……ええ、よく言われます」
確かに髪の毛はちょっと自慢だった。
綺麗な黒髪、というのはよく言われることだ。ちまきには、小さい頃から羨ましがられている。
羨ましい~と言いながら髪の毛を引っ張りまくるのは、やめてもらいたいところだけど。
「射干玉というのは、そういう髪のことを言うんだったか。だからそんな名字なんだな」
「……いや、偶然だと思いますけどね……」
それにしても、会長から髪の毛の話題が出てくるとは思わなかった。
いくら会長でも、一応は女性なんだな。
……なんて考えたら、それだけで心を読まれて死刑ものだろうか。
「で……でも、髪の毛だったら、会長も綺麗ですよね」
とりあえず、睨まれているような視線を感じたため、僕のほうから会長を褒める話題に切り替えていく。
「ん? ああ、そうか? まぁ、あまり手入れなどしてないのだがな」
そう言いながらも、会長はまんざらでもなさそうな表情を見せる。
「サイドテールにまとめてますけど、ゴムを解いたらかなり長そうですよね。髪を洗うのも大変じゃないですか?」
「そうなのだ。水分を吸うと余計に重くなるからな、重さで首が折れてしまいそうなのだ!」
……そんなヤワな首でもないでしょうに。
とは、もちろん言葉にしない。
心を読まれてしまうかも、とは思ったものの、今なら気分もよさそうだから、きっと大丈夫だろう。
そう高をくくっていたのだけど。
「……それにな、水を吸った髪を振り回せば、強力な武器にもなるのだ」
なにやら抑揚のない口調で言い捨てながらも、会長のこめかみはピクピクと動いているようだった。
そしてさらに、トドメのひと言。
「あ~、それは会長らしいですね」
僕は思わず口にしてしまっていた。
「……待ってろ。今からお前で試してやる」
「わ……わぁ~! 冗談ですってば、会長!」
おもむろにシャワー室へ向かおうとする会長を、僕は必死になって止めにかかった。
☆☆☆☆☆
「そういえば会長、さっきお姉さんの話をしてましたけど」
再びパイプ椅子に腰を落ち着け、今度は紅茶をすすりながら、僕はまだ若干不機嫌そうな会長に話しかける。
「……ああ、そうだな。それがどうかしたか?」
どうやら、若干ではなく、かなり不機嫌そうだ。
「いえ、あの、上のお姉さんは卒業まで生徒会長だったと言ってましたけど、その場合、次の生徒会長はどうなるんですか?」
「そのときは、卒業する生徒会長が指名する形になるな」
まだ不機嫌さは消えていないながらも、会長はしっかりと答えてくれた。
「上の姉は卒業の際にも伝説を残している。次期生徒会長に、一番ひょろい見た目の気弱な男子生徒を指名したのだ。頑張って強くなれ、と言ってな」
「……その人と、面識はあったんですか?」
「いや、なかった。ひと目見て、面白いことになる……もとい、この学園の未来のためになると感じたそうだ」
「…………そうですか」
「もっとも、新学期早々すぐにデュエルで負け、その生徒会長は最短在位記録を更新して、逆の意味で伝説となったようだが」
「絶対、嫌がらせですよね……」
会長のお姉さんも、どうやらかなりひどい人のようだ。
この人のお姉さんなら、当然といえば当然なのかもしれないけど。
「だが、悪い姉ではないぞ? 上の姉も下の姉も、私は尊敬している」
……この会長の口から尊敬という言葉が出てくるなんて、正直僕は驚いた。
「姉妹の仲で一番年下だった私は、昔からあんなことやこんなことをされ続けてきた。兄弟姉妹なんてものは、所詮上下関係だからな。だからこそ、私はそんな姉たちに負けないような、いや、姉たちを追い越すような生徒会長となることを望んでいるのだ」
「……それは……お姉さんにいじめられた仕返しを、ここの生徒に対してする、という極悪非道な宣言とも取れるのですが……」
「ふっ……さて、どうかな?」
ニヤリと笑みをこぼす会長。
「いやいや、否定してください!」
「はっはっは、冗談だ」
ほんとに冗談なのか、いまいちよくわからない。
だけど、会長の機嫌はよくなったみたいだから、とりあえずよかったと思っておこう。
会長は今、僕の目の前で笑っている。
大変なんじゃないかな~とも思っていた生徒会長補佐の仕事だけど、要はこうやって会長の話し相手になってあげればいいだけなのかな?
だとしたら、会長自身が楽をしたいだけの人っぽいし、僕のほうも結構、楽できるのかも。
なんて気楽に考えていたのだけど。
それが甘い考えだったと僕が思い知ったのは、そのすぐ翌日のことだった。
★★★★★
生徒会長は、デュエルで決まる。
生徒会長を続けるには、防衛戦で勝ち続ける必要があるのだ。
だから戦え、って……ええっ!?
僕が会長の代わりに、デュエルで戦うんですか!?
次回、第三話、デュエルは補佐の大仕事?
……そんな役目、聞いてないですってば!