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「ま、そんな不満も、私の力でねじ伏せるわけだが」
「人の思考にまで割り込んでこないでください!」
僕は人外の能力を発揮したと思しき会長に怒鳴りつける。
「それはともかく。この学園についての説明は以上だ。わかったか?」
「とりあえず、わかりましたけど……」
やっぱり、変わってるんだな、この学園。
……それに、この会長。
「私は普通だ」
「…………」
僕の心の中を完全に読み取っている時点で、どう考えても普通じゃないと思う。
というのは、当然ながら口には出さないでおいた。言葉にしなくても、読み取られている可能性は否定できないけど。
今、僕と会長は生徒会室にいる。
そこで補佐となった僕に、会長直々にお話してくれているところだ。
……もしかしたら、洗脳されているところ、と言い換えてもいいのかもしれない、といった不安も頭をよぎっていたり……。
「まぁ、納得してくれたと思っておこう。それでは続いて、神龍学園における生徒会長のシステムについて、もう少し細かく説明しよう」
会長はそう言いながら、背後にあったホワイトボードになにやら書き込んでいく。
大きな丸がふたつ。
それぞれの丸の中には、「生徒会長」「挑戦者」と文字が書き加えられた。
そしてその丸と丸の間に、さらに加えられた文字は……。
『VS』
……え~っと……?
戸惑う僕の前で、会長は今まで書いた全体を丸で囲み、
『デュエル!!』
と、ひときわ大きな文字を書き殴った。
「これが、我が学園における生徒会戦挙だ」
デュエル、の文字の横には、言葉に出しながら書かれた、『生徒会戦挙』の文字――。
「字が違ってる……ってわけじゃ、ないんですよね……?」
「うむ」
そう答えた会長は、生徒会戦挙の『戦』の字を丸で囲んだ。
「デュエル、すなわち戦いだからな」
会長はさらに解説を続ける。
この学園の方針として、一番強い者が生徒会長となる。そのためのデュエルなのだそうな。
といっても、実際に血なまぐさい戦いを繰り広げるというわけでもない。
これもエアコムの機能のひとつなのだけど、喧嘩や争いがあった場合、擬似空間での戦いによって決着をつけることができる。
神龍学園ではその機能を使って、生徒会長を選出……もとい、戦出する、というわけだ。
解説を加えると、この擬似空間で行われるデュエルは、周囲からの観戦が可能。
実際に戦うふたりは、なにもせずに立ったままの状態になり、シールドに守られる。
そこから精神体が抜け出し、擬似空間内にあたかも実体が存在しているかのように、本人にも観戦している人にも視認することができるのだ。
精神体での戦いといっても、己の肉体を使って戦うのとなんら変わりはない。
ただ、精神体だから怪我をする心配はなく、思う存分、戦うことだけに専念できるのだという。
その際、体力だけではなく、本人の様々な要素を総合した力が数値化され、デュエルで戦う精神体の能力となるらしい。
ゲーム感覚での戦いをイメージしているようで、それぞれの精神体の頭上にヒットポイントのゲージが表示される。
ヒットポイント以外の能力値表示はない。
実際に戦ってみなければ、相手が強いのか弱いのかわからないのだ。
ちなみに、精神体は本人の姿がそのまま反映される。着ている服などもそのままだ。
デュエルは通常、学園内で行われるため、制服を着用している場合が多い。
とすると、女性の場合スカート姿になってしまうわけだけど。
しっかりとガード機能が働き、周囲の観戦者に下着を見られたりする心配はないという。
デュエルでは、痛みを感じることもない。
それでも、ヒットポイントが減る瞬間は気持ち悪く感じてしまうようで、普通の人であれば動きが鈍る。
その隙を狙ってコンボを決め、一気にヒットポイントを削ることも可能なのだとか。
う~ん、なんというか、ほんとにゲームみたいだ……。
最終的に、どちらかのヒットポイントがゼロになった時点でデュエルは終了。
勝ち負けの結果はギャラクシー上のデータとしても残るので、ごまかしようがない。
もとは無駄な喧嘩などによる怪我や殺人なんかをなくすために開発された機能だったけど、今では様々な優劣を決める場面で使われている。
「デュエルの機能で、生徒会長まで決める世の中になってるんですね」
「そういうことだ」
僕の言葉に、素直に頷く会長。
ところで、生徒会戦挙のデュエルは、いつ開かれるか決まっているわけではない。
挑戦したい生徒がいればいつでもデュエルの申請が可能で、申請から一週間後にデュエルが行われ、そこで現職の生徒会長が防衛するか、挑戦者が新たな生徒会長になるかが決まる。
申請できるのは一度にひとりだけで、申請があってからデュエル終了までは、他の人がデュエル申請することはできない。
デュエル自体は一対一だけど、複数人で連続デュエルなんてしていたら、現職の生徒会長が圧倒的に不利なのは明らかだからだろう。
一度デュエルで負けた人が再戦することも認められてはいるけど、その場合はさらに一週間の再申請禁止期間が設けられる。
それは、連続で同じ相手とのデュエルばかりが行われる状況を防ぐ。という意味合いもあるに違いない。
とはいえ、基本的にいつでも挑戦を受けなければならない立場なのは変わらない。
すべてが思いどおりになるとまで言われるくらいの権限を持つ生徒会長といえども、なかなか大変な役割なのかもしれないな。
……だったらこの人は、どうして生徒会長になんてなったのだろう?
そんな僕の疑問は、またしても読み取られていたようで。
「私が生徒会長になった理由か……それはだな……」
ふっと穏やかな表情に変え、会長が静かなつぶやきを漏らす。
「もちろん、楽をしたいからだ」
「……え?」
「会長は授業もこの生徒会室で受ければいい。ノートは自動でエアコムに記録されるし、先生の話なんて聞く必要もない。私は生徒会長となって自堕落な生活を送る。そのためにこの学園に入学したと言っても過言ではないのだ」
……そんなこと、自信満々に宣言されても……。
困り顔の僕に、会長はさらなる宣言を続ける。
「私には姉がふたりいてな。両方ともこの学園で生徒会長をしていた。一番上の姉など、入学してすぐにデュエルで勝ち、そのまま卒業まで生徒会長を続けた最長在位記録を樹立したのだぞ?」
「それは……すごいと思いますけど……。でも理由は、楽をしたかったから、なんですよね?」
「無論だ」
迷いなく即答。
「そんなわけで、除夜、お前には私の補佐として頑張ってもらう。私が楽をするために!」
「…………拒否権は……?」
「ない」
容赦なく即答。
僕に「逃げる」という選択肢は、どうやら用意されていないようだった。