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都知事が意識を失い、命令する者のいなくなったSPたちは無力。
というよりも、力でねじ伏せられていただけの配下だから、都知事が倒れてしまえば、会長や僕たちに逆らっても意味はないと考えたのだろう。
SPたちの動きは、もう完全に止まっていた。
押さえつけられていた生徒たちも解放され、会長のもとへと駆け寄る。
ドラマなんかだったら、みんなに抱きつかれたり胴上げされたりする場面かもしれないけど、ここがさほど広くもない室内だったせいか、そうはならなかった。
いきなり抱きついたら空気の読めない会長に殴り倒されるかも、なんて心配も、もしかしたらあったかもしれないけど。
ともかく、それからすぐに、僕たちを含めた神龍学園の生徒一同は引き止められることもなく、無事に都庁から送り出された。
都知事を殴り倒してしまったのは、さすがに問題になるかもしれないと覚悟していたけど、もともと国民のほとんどが反対していた緊急事態だったのが考慮されたためか、処分されたりすることもなかった。
東京は日本の一部。
日本を動かす総理大臣や内閣の判断で、都知事ひとりの暴走による内部反乱だったと発表され、すべては丸く収まったようだ。
都知事本人に代わって総理大臣が全日本国民に謝罪、もちろん東京が独立してひとつの国家となるという無謀な計画は完全に消え去った。
政府側の対応が実行されたのは、僕たちが都庁を離れてすぐだった。
あまりにも早すぎる展開に驚きを隠せなかったけど。
会長のふたりのお姉さんは、都知事からの接触があったあと、政府側へも情報を回していたらしい。
そのお姉さんたちのうち、上のお姉さんは現在都庁に勤務しいている職員で、菱餅先輩の両親とも知り合いなのだという。
そうやってもたらされた情報を、政府としてはさすがに鵜呑みにはできなかっただろう。
だけどその後、詳しく調査して事実関係を確認し、すでに動き出す機会をうかがっているような状態だったのかもしれない。
もしそうだったとしたら、会長を含めた僕たち神龍学園の生徒は全員、国の思惑通りに泳がされた駒だった、という見方もできてしまう気がする。
実際にどうなのかはわからないけど、そう考えると少し怒りが込み上げてくる。
菱餅先輩の機転や意外な心見先輩の活躍なんかもあり、会長自身のカリスマ性というのだろうか、生徒を惹きつける力があったからこそ、怪我人も出ずに済んだけど。
かなりの危険に巻き込まれたのは事実だったからだ。
とはいえ、文句を言ったところで、どうなるものでもない。
こうして東京を絶対王政の独立国家とする計画は失敗に終わり、都知事は解任ののち拘束される結末となった。
ただ、アメリカが関与しているという話なんかもあったはずだけど、結局そこまで踏み込むことはできず。
なおアメリカ側は、公式発表として今回の件への関与を全面否定していた。
納得のいかない部分は残るものの、それは僕たちには関係のないことだ。
僕たちにとって重要なこと、それは自分たちの学園を、自分たちの力と、そして学園をまとめ上げる生徒会長の力で守り抜いたという事実だけなのだから。
学園へと戻った生徒たちはみんな活き活きとした笑顔をこぼし、輝かしい成果を喜び合っていた。
☆☆☆☆☆
都立神龍学園の存在はそのまま残されることが、政府から正式に通達された。
学園長も今までのまま、その任務を継続できることになった。
旧都知事で諸悪の根源とも言うべき国分寺忠翁の息子、ということにはなるけど、今回の計画への関与はなかったと判断されたため、続投が決まったようだ。
実際、父親が細かいことをなにも話してくれなかったことや、東京国建国に関してはなにも知らなかったことは、僕や会長も聞いている。
それらの言葉に、嘘やごまかしを感じたりもしなかった。だからきっと、それは真実なのだろう。
そして、この学園の特徴でもある生徒会長による独裁的な制度も、これまでどおり存続することになった。
生徒会長が絶対的な権力を握る神龍学園は、失敗に終わった絶対王政の国家、東京国の実験的なモデルケースとして創設された学校だった。
そんな理由から、当然ながら世間的な非難もあった。
この制度が続けられることになったのは、会長自身の望みでもあったのだけど、いつものように会長が独断で決めたというわけではない。
今回の決定に関してだけは、学園の全生徒による投票という民主的な方法が採られた。
結果、圧倒的な票数で、今までどおり生徒会長主導の体制が継続されるに至った。
賛成率は実に99%。残りは無効票で反対はゼロだったのだ。
改めて会長の支持率の高さを見せつけられ、僕としては驚いたものだ。
生徒会室の掃除や脱いだ衣服の洗濯まで補佐にやらせるほどズボラで、思いつきで深い考えもなく行動する適当な性格で、イベントをしたらしたで自分はちょっとのアルコール分で酔っ払って僕にひどい仕打ちをした上、準備も後片づけもほとんど先生方任せ。
そんな部分だけを見ていたら、この人が生徒会長で本当に大丈夫なのだろうか、という思いも浮かんでくるけど。
今までのことを総合して考えてみれば、おそらくこれでよかったのだと思える。
「いきなり規則を変えるというのは、リスクを伴うものだからな。この学園は、今のままのほうがいいだろう」
夕焼けが周囲の風景を朱く染め上げる中、清々しい表情で会長が言い放つ。
凛々しい会長の横顔は、とても輝いて見えた……のだけど。
「……私はこれからも、楽に生きたいしな」
「やっぱり、それが本音ですか!」
僕は遠慮なくツッコミを入れる。
ちまきも菱餅先輩も心見先輩も、ツッコミを入れた僕自身も、当然、笑顔だ。
会長が本当に楽をしたいだけではないことを、みんな知っているから。
「除夜、痛いじゃないか。だいたいだな、私にはまだ、やり残したことがたくさんあるのだ。夏休みのあとも、いろいろなイベント盛りだくさんで、学園生活をエンジョイするつもりだからな」
相変わらず、お祭り騒ぎが大好きな会長。
「この学園は、私のものだ!」
こんなふうに言ってはいるけど、学園に通う生徒たちのことを一番真剣に考えているのは、間違いなく会長だろう。
「学園はいいですけど、除夜ちゃんはあたしのですからね!」
「待て! 除夜は学園の生徒であり、私の補佐でもある。ゆえに私のものだ!」
「いや、僕は誰のものでもありませんから!」
ちまきも相変わらずだ。
今後もきっと同じようなことが繰り返されていくに違いない。
巻き込まれる僕の身にもなってほしいものだけど。
「これからもお姉様と一緒だにょん! ひーちゃんは嬉しいじょ! 隙をついて、あんなことやこんなことを……にしししし!」
「……我も桜蘭のそばで匂いを嗅ぎまくれるのが嬉しい……我の肺はすでに、桜蘭の匂いのまじった空気しか受けつけない……はぁ、はぁ……」
「お前らはもう少し自重しろ!」
スパパーン!
連続平手打ちで、ふたりの先輩は頭を抱えてうずくまる。
どうでもいいけど、自重させるのは、少しだけで大丈夫なのだろうか……。
それにしても、あんな大変なことがあったというのに、僕たちはまったく変わっていない。
だけど、これでいいんだ。
なんたって、いろいろ面倒はあるにしても、最高に楽しいのだから。
「よし! とりあえず今日は、学園存続記念パーティでも開催するか!」
会長の思いつき発言は、やっぱり健在。
「ちょっと、会長! いきなり即日開催はさすがに無理なんじゃないですか? 準備もしてないわけですし……」
「それなら任せておきなさい!」
周囲で僕たちの様子を黙って眺めて先生方が一歩前に出てきて、そう胸を張って言いきった。
先生方も、会長に積極的に協力する構えを崩していない。
さらには取り囲んでいた多くの学生たちも、お祭り騒ぎパーティの開催を喜び、すでにはしゃいだ声を叫び始めていた。
なんというか……会長と同じで、バカばっかりだ。
でも、それがこの学園のよさなんだよね。
僕の横で、ちまきが笑っている。
菱餅先輩も心見先輩も笑っている。
生徒たちもみんな笑っているし、先生方も笑っている。
そして会長も笑っている。
もちろん、僕自身も。
どうやら神龍学園は、華神桜蘭生徒会長の独裁支配のもとで、今日もとっても平和なようだ。
……当然ながら、パーティで酔っ払った会長によって、僕はこれまで以上に散々な目に遭わされる結果となってしまったのだけど……。
誰だよ、先生方のために用意したワインを会長に飲ませちゃったの……。
以上で終了です。お疲れ様でした。
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