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僕の悪い予感は、すぐに的中することとなった。
ただしそれは、思ってもいない方向からもたらされた運命だったわけだけど。
「仕方がないな……」
都知事のサングラス越しの瞳が、一瞬ギラリと光った……ように感じた。その感覚は、あながち間違いではなかったのかもしれない。
それが合図となったかのように、動き出したからだ。
だけど、動き出したのはSPたちではなく――。
「お姉様♪」
「むっ? 菱餅! くっつくな! お前、こんなときに……」
菱餅先輩が、突然背後から会長に抱きついた。
なんだ、いつもの悪い癖が出たか。
僕たちは全員、そう思って呆れていたのだけど。
「うっ!?」
ドサリ……。
突然会長の体が、その場に崩れ落ちた。
「ひ……菱餅……お前……」
「ごめんなさい、お姉様」
つぶやく菱餅先輩の手に握られているもの、それは……。
「きゃっ!?」
「……くっ……」
「うわっ!」
続けざまに倒れ込むちまき、心見先輩、そして僕。
菱餅先輩が握っていたもの、それはスタンガンだった。
「ふっふっふ、そいつはすでにワシの味方になっていたのだよ。あらかじめいろいろと準備しておいて正解だったな」
勝ち誇ったような都知事の満足そうな声が響く。
ずっと落ち着いていたのは、SPたちがいるからというだけではなく、菱餅先輩も都知事側についていたからだったのだ。
でも……。
「……どうして菱餅先輩が……」
どうやらスタンガンは、出力を弱めに設定してあったようだ。
僕は痺れて動きは取れないものの、どうにか喋ることだけはできた。
会長たちにしても、うめき声を発して身をよじっていることから、意識は保っているのがうかがえる。
僕が発した疑問の声に、都知事は微かな笑みを浮かべるのみ。
代わりに、菱餅先輩本人が答えてくれた。
「うちは両親とも都庁の職員なんだじょ。だからひーちゃんも、都知事に逆らうわけにはいかないのだにょん」
いつもどおりのおちゃらけた語尾をつけた言葉ではあったけど、菱餅先輩の声は決してふざけた調子ではなかった。
どうしようもない心苦しさが、微かに震える菱餅先輩の言葉からは感じられた。
「以前、ひーちゃんが二回目のデュエルを敢行したとき、柏葉さんに渡してあった電波の妨害装置……あれは都知事から借りたものだったんだじょ。デュエルに勝てばひーちゃんが新たな生徒会長になって、都知事としても扱いやすくなる。そんな考えもあったみたいだに」
スタンガンを持った腕を、ぶらりと力なく重力に任せて揺らしながら、菱餅先輩は立ち尽くしている。
淡々と語ってはいた。
それでも、会長や僕たちを手にかけてしまったことにより、菱餅先輩の小さな胸は痛みでいっぱいになっているのだろう。
「菱餅……」
会長が苦しげなつぶやきを漏らした。
視線は菱餅先輩に向けられている。
会長の瞳に込められているのは、恨みや怒りではなく、哀れみや同情といった菱餅先輩を思い遣る気持ちのようだった。
菱餅先輩は黙って視線を逸らす。
その目には、微かに涙が溜まっているようにも見えた。
「……さて、これ以上無駄なことをする必要もあるまい。会長ともども、キミたちにはそろそろお引取り願おうか。菱餅くんは自分で帰れるね? 他の者たちは、SPにでも運ばせるとするか」
そう言って都知事は背を向ける。
「ワシはこれから忙しい身となるからね。東京国の国王として、まだまだ決めなければいけないことも多い。こんな間抜けな茶番につき合っている余裕などないのだよ」
知事はそのまま、奥の扉へと歩き始めた。
知事室と銘打っているとはいえ、ここはあくまでも来客との対話を目的とした場所でしかない。
普段仕事をしている部屋は、あの扉の奥にあるということなのだろう。
と、不意に。
扉の向こう側が騒がしくなった。
もちろん都知事が向かおうとしていた扉ではなく、僕たちが入ってきた、入り口側の扉の向こうだ。
「なんだ、お前たちは!?」
そんな大声が響いたと思った瞬間、乱暴に扉が開け放たれる。
なだれ込んでくる、たくさんの人影。
それらの人影はすべて、神龍学園の制服を身にまとっていた。
学園の生徒たちが、会長や僕たちを追って、この場所にまで乗り込んできたのだ!
「サクラン会長は、学園のみんなの味方です!」
「神龍学園は王制を敷くための実験場なんて言ってたけど、会長は決して独裁支配していたわけじゃない!」
「都知事、サクラン会長はあなたとは違います!」
口々に会長の擁護と都知事への不満を叫ぶ。
会長は、ここまで生徒たちの信頼を得ていたのか。
少々の驚きはあったものの、素直に納得できたのもまた事実だった。
「お前たち……」
会長本人は瞳を潤ませている。
ともあれ……。
状況が悪い。
会長も含めた僕たちは今、菱餅先輩のスタンガンの一撃によって倒れているし、周囲にはSPたちもたくさん控えている。
「……捕らえろ」
「はっ!」
都知事の無慈悲な命令に、SPたちが一斉に動き出す。
一介の高校生でしかない神龍学園の生徒に、抵抗するすべなんてあるはずもなかった。
駆けつけてきた増援のSPも加わり、会長を慕って来てくれた生徒たちは、あっという間に全員が押さえ込まれる結果となってしまった。