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正式な生徒会関係者となった、ちまき、菱餅先輩、心見先輩の三人。
言うまでもなく、今日も放課後になった途端、生徒会室へと押しかけてきていた。
「ひーちゃんはお姉様にお近づきになれて、嬉しいじょ!」
「……我も……。桜蘭のいい匂いが嗅げて、嬉しい……」
「うっわ、変態がいるわ! 除夜ちゃん、通報よ~!」
「ごちゃごちゃとうるさい! やっぱりお前らを生徒会に加えたのは間違いだったのだろうか……」
「そんなことないのだ! 正解正解大正解! もうこれ以上はないってくらい、いい判断だったと思うにょん!」
と言いながら、当然のように会長に抱きつく菱餅先輩。相変わらずだ。
「鬱陶しい! というか暑苦しい! べたべたくっつくな!」
「お姉様のいけずぅ~。本当は嬉しいくせにぃ~!」
「嬉しいわけあるか! お前の汗でべたべただ!」
「あら♪ お姉様ったら、ひーちゃんのかぐわしい汗の香りで、メロメロ?」
「アホか! 汗臭いだけだ!」
「にゃっ!? ひっど~い、お姉様! こんな可愛いひーちゃんのことを、汗臭いだなんて~!」
「……実際、雛松里はちょっと変な匂いがする……」
「ぬあっ!? 心見、お前までそんなことを……! ってゆーか、臭くて汚い獣同然の男なんぞに言われたくはないじょ!」
突然割り込んできた心見先輩に、菱餅先輩の怒声がぶつけられる。
……いや、声だけじゃなく、グーパンチもぶつけられていたけど。
臭いだの汚いだの言っておきながら、殴るのはまったく躊躇がなかった。
そういえば菱餅先輩の名字って、雛松里っていうんだっけ。普段名字では呼ばないし、すっかり忘れていた。
「……我は儀式で香水なども使うから、あまり悪い匂いではないはず……」
「本来の体臭がそもそも不快など言ってるのだじょ! これだから男って生き物は……」
「……桜蘭、試しに我の匂い、嗅いでみて……」
「嗅ぐわけないだろう! バカ者!」
いきなり一日目で頓挫しているような気がする、新生生徒会の人事。
もっとも、以前ちまきが冗談で言っていたような、会計とか書記とかいった役目を割り振ったりはしていないし、あくまでも『関係者』として認めただけで、生徒会の一員ってわけではないのかもしれないけど。
そっ……。
「ん……?」
先輩方のバカ騒ぎのどさくさに紛れたのか、気づけばちまきが僕のすぐそばに寄り添ってきていた。
さらには、さりげなく腕まで絡めてくる。今なら邪魔されないとでも思ったのだろうか。
でも、当然ながら会長が気づかないはずもなく。
「おい、ちまき! なぜ除夜にくっついている!?」
「だってほら、先輩方は二年生同士でくっついてるじゃないですか! だったらあたしたち一年生もくっつくべきですよね?」
「そんな理屈があるか! お前はいつもいつも!」
「それはこっちのセリフですぅ~! 会長さんこそいつもいつも、除夜ちゃんを補佐だからって連れ回して!」
「補佐は私を手伝う義務がある。だから一緒にいるのは必然だ!」
「そんなの、もう関係ないです! あたしたちも生徒会の一員になったんだから、補佐の仕事だって手伝います!」
「ほほう。だったら今すぐこの部屋から出て、先生方の御用聞きに行ってこい!」
「だったら、除夜ちゃんと一緒に行ってきます!」
「なに!? それはダメだ! お前ひとりだけで行け! 除夜には別の仕事がある」
「どんな仕事があるって言うんですか!? 細かく教えてください!」
「お前なんかに教える必要はない。お前はいわば、私の下っ端という立場になるんだぞ? 言われたことを素直に聞いていればいいんだ!」
「あたしは除夜ちゃんと違って補佐じゃありません! 単に手伝いに来てる身なんです! 善意で来てるんですから、会長さんこそあたしたちを敬う必要があると思います!」
「口の減らない女だなお前は! 今すぐ喋れないように殴り倒してやる! ……っておい、菱餅、離れろ! 動けないだろう!? というか、浄太郎! お前までどさくさに紛れて抱きつくな!」
「むふふ~、お姉様のお体~、ぷにぷにのふにゃふにゃで気持ちいいです~♪」
「ふざけるな! 私はそんなに贅肉だらけの体じゃない!」
「……桜蘭のふくらはぎ……すべすべ……くるぶしも、とてもいい形……」
「浄太郎は浄太郎で、どんどんマニアックになってきてないか!? というか、触るんじゃない!」
ドガッ!
蹴り飛ばされる菱餅先輩と心見先輩。
ふたりとも、同じように恍惚の表情を浮かべながら、「お姉様の蹴り……」「……桜蘭の蹴り……」などとつぶやいている。
そして声を揃えて、
『もっと……』
とのたまうふたりを、直接触れるのすら気持ち悪いとでも思ったのか、今度は脱ぎ散らかしたままだった洗濯物を両手で無造作につかんで振り回し、叩き始める会長。
「ああ、お姉様の制服……」「……桜蘭のスカート……」
……どうやらそれは逆効果だったようだ。
「まったく、菱餅先輩も心見先輩も、変わってますよね~」
「変わりすぎだ! やっぱり失敗だった……!」
肩で息をしながら、会長はパイプ椅子のいつもの定位置に座る。
「除夜、コーヒーを頼む」
「はいはい。お疲れ様。みんなも飲むよね?」
「もちろん!」
「ひーちゃんはお砂糖とミルクたっぷりだじょ!」
「……我はブラックで……」
僕のひと声で、一時休戦となったようだ。みんな席に着く。
生徒会室は、今日も騒がしい。
だけど、明るく楽しい雰囲気。
「会長、これはこれで、悪くないんじゃないですか?」
「まぁ……そうだな」
僕の言葉に控えめに頷くと、会長はカップに口をつけた。
そんな、ある意味平和な日々は、突如として崩れ去る。