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入学式が終わり、最初のホームルームを始めたばかりであろう一年C組の教室に、突然の乱入者が現れた。
それは言うまでもなく、会長と僕なのだけど。
呆然とする生徒たちと担任の先生の視線を一身に受けながらも、まったく怯む様子すらなく、会長はずかずかと教壇へと歩を進める。
悠然とした態度は、さもそれが当たり前の行動であるかのよう。
担任の先生が、あまりの勢いに教卓前の定位置をあっさりと譲り渡したところからも、その堂々たる姿が想像してもらえるだろう。
一方、腕を引っ張られながらひょこひょこと教室へと入ってきた僕は、会長とは正反対に、とっても情けなく見えたことだろう。
……と、微妙などよめきが広がり始めている生徒たちの中に、知り合いの顔がまざっているのを発見する。
幼馴染みの柏葉ちまきだ。
一緒のクラスだったのか。クラス分けの情報をゆっくり見ている時間もなかったから、全然気づかなかった。
ちまきは微かに首をかしげながら、訝しげな視線を送ってくる。
あんた、なにやってんの? っていうか、その女、誰? とでも言いたげな目だ。
とはいえ、ただ引っ張られるだけの僕に答える余裕なんてない。
バン!
会長が教卓に両手をつく。どよめきが一瞬で静まる。
そしてコホンと咳払い。
「二年A組、華神桜蘭。この学園の生徒会長だ」
会長は凛とした声を張り上げ、手短な自己紹介を済ませると、続いてこう宣言した。
「このクラスに所属するこいつ――射干玉除夜は、私のものとなった。というわけで、よろしく頼む。以上!」
今までの横柄な態度から、なんとなく想像はできていたけど。
どうやら僕は会長にとって、補佐というよりも、手下とか下僕とか、そういった扱いのようだ。
それにしても、『私のもの』って……。その言い方はないんじゃなかろうか。
などと考えはしたものの、僕に反論するような権限なんてないんだろうな~と、黙って成り行きを見守る構えに入る。
担任の先生も生徒たちも、呆然としながら、会長と僕の姿を交互に眺めるばかり。
同じ中学から来た生徒も中にはいるようだけど、今日が入学式である以上、クラスメイトのほとんどが僕のことを知らないはずだから、それは自然な反応だったと言えるのかもしれない。
このまま僕が『会長のもの』という認識で決定づけられるかと思った矢先、
「ちょ……ちょっと! 私のものって、どういうことですかっ!?」
ガタッと大きな音を立てて椅子から立ち上がった生徒が、ひとりだけいた。
幼馴染みのちまきだ。
「言葉どおりの意味だが?」
平然と答える会長。
そ……そんなふうに言ったら、絶対に違う意味で取られます!
「な……っ!」
絶句するちまき。
うん、完璧に誤解している目だ。幼馴染みだからよくわかる。
いや、そうでなくても簡単にわかりそうだけど。
会長の宣言は、さらに続いた。
「それと、除夜はこの私とともに、生徒会室で授業を受けてもらうことになる。そのため、クラスに顔を出すことは少なくなると思うが、了承してくれたまえ」
授業はもちろん、それぞれの教室で行われる。
基本的には自分の教室で授業を受け、必要であれば理科室など実験設備のある教室にも移動する。
ただ、大抵どこの学校でも、通常の授業においては、許可さえもらえれば教室以外の場所からでも受けることができる。
それは、エアコムの機能があるおかげだった。
教師が授業する姿は、エアコムの映像転送機能によってどこからでも見ることが可能。
だからこそ、担当教師から許可を受けた生徒は、どこで授業を受けても一向に構わないということになる。
なお、教科書類はすべてエアコム内にあらかじめダウンロードされ、データとして記録されているので、わざわざ持ち運ぶ必要もない。
また、教師が黒板に書いた内容もそのままデータ化され、エアコムから参照可能となる。
黒板に書かれた内容以外にメモしておきたい場合でも、エアコム内の個人用ノートに記述できるようになっている。
教室移動の必要がある教科や体育なんかは、さすがにエアコムの機能ではまかなえないため、全員が同じ場所に集まって授業を受ける必要があるけど。
それ以外の教科であれば、保健室登校の生徒でも受けられる仕組みになっているのだ。
「そ……そんな……! せっかく同じクラスになれて、一緒に授業を受けられるって思ってたのに……!」
ちまきが、なんだかすごく残念そうな顔で会長を睨みつけながらつぶやく。
幼馴染みで小学校からずっと僕と一緒の学校に通っているちまきだけど、運悪く、これまでは一度も同じクラスになったことがなかった。
そっか、ちまき、そんなに楽しみにしてたのか。
クラスが違っても、一緒に登校したり、頻繁に僕の部屋に押しかけてきたり、今までだってなんだかんだでかなりの時間、一緒に過ごしてきたというのに。
「というわけで、これは私のものとなった」
「いや、僕は会長補佐ですから。会長のもの、ってわけじゃないです」
所有物扱いが続いたことへの反抗の気持ちもあったけど、ちまきに誤解されたままだとなにかと厄介なので、僕はきっぱりと言い放つ。
「会長補佐……そっか、なるほど、そうなんだ……」
納得しかけたちまきではあったものの、すぐに会長が余計なことをつけ加えた。
「補佐というのは、私の手となり足となり働いてくれる存在だろう? 私のためにどんなことでもしてくれる役割、というわけだ。そうすると、やっぱり私のものと言っていいのではないか?」
「ど……どんなことでもって、なにをさせるつもりですかっ!?」
ちまきの言葉に、会長はニヤリと笑う。
「さて……なにをしてもらおうか。私は有能だからな、仕事の手伝いはさほどいらないだろう。とすると、私の欲求を満たすための手伝いをしてもらうというのが、一番有効な使い方なのかもしれないな」
「な……っ!?」
「たとえば、あんなことやこんなことや……むふふふふ」
「ちょ……、なに言ってるんですか!? そんなの、補佐の役目じゃないです!」
「ほほう? そんなのとは、どんなことだ? 詳しく、しっかりと言葉に出して言ってみろ」
「うっ、それは……!」
会長は、ちまきをからかって楽しんでいる様子がうかがえる。
意外と素直……というか単純なちまきは、そのことに気づいていないみたいだけど。
「ともかく、私は生徒会長だからな。すべては私の思いどおりになる。それがこの学園のルールなのだ!」
「お……横暴です! ……先生も、なんとか言ってください!」
ちまきは、自分ひとりでは会長の勢いに勝てないと悟ったのか、黙って成り行きを見守っていた担任の先生に協力を求める作戦に出たようだ。
だけど、
「ごめんなさいね、わたくしには、なにも言えませんわ。この学園では、生徒会長は絶対の存在ですから……」
残念ながら先生は、ちまきの助け舟とはなりえなかった。
「そ……そんな……」
へなへなとその場に崩れ落ちるちまき。
「ふっふっふ、除夜を奪いたければ、いつでもかかってくるがいい。私は逃げも隠れもしないからな」
「べ……べつにあたしは、除夜ちゃんなんて関係なくって、会長さんのやり方が横暴だって言ってるだけで……!」
ちまきはなんだか赤くなりながら、焦り声を響かせる。
「ふっ……除夜、お前はあの子から『ちゃん』づけで呼ばれているのか」
「ええ、まぁ。幼馴染みなので。僕のほうは、ちまきって呼んでますけど」
「そうか。仲がいいんだな」
「そうですね、わりと」
「わりと、ってなによ!? それに除夜ちゃん、なに冷静に会話してんのよ!? 会長さんの言いなりで、本当にいいわけ!?」
なにやらちまきの怒りの矛先が、僕のほうにまで向いてきてしまった。
「僕はべつに、それも悪くないかな、とか」
「な……なによ、それ!? あっ、もしかして会長さんが、その……び……美人だから……?」
ちまきは、なにやらちょっと悲しそうな声で、そんなことを尋ねてくる。
「え? 美人……? ん~、全然考えてなかったな……。単に変な人としか思ってなかったし」
「……除夜、お前、なかなか失礼なヤツだな。まぁ、今回は不問としておくが」
僕の言葉に、会長が一瞬だけムッとしていたけど、それはともかく。
「でも……除夜ちゃんはこのクラスの生徒で、だから、ここで授業を受けるのが自然で……」
ぼそぼそと意見を述べるちまきの声は、さっきまでの勢いを完全に失くしていた。
「悪いが除夜には、私の補佐としての役目を優先してもらう。報告は以上だ!」
勝ったと悟ったのだろうか、バシッと言いきった会長は、僕の腕を強引に引っ張って教室を出る。
「あぅ……除夜ちゃん……」
最後に見えたのは、とても寂しそうにうるうるした瞳を向け、僕をつかまえようとするかのように右手を前方にかざしているちまきの姿だった。
時は新世界暦十二年。
こうして僕は、生徒会長の補佐になってしまった。
★★★★★
狭い生徒会室で、会長とふたりきり。
ちまきに言われるまで気にしてなかったけど、会長ってよく見れば美人だし、なんだか甘くていい匂いもするし。
このドキドキは……恋? ……それとも……やっぱり、恐怖心かな……?
次回、第二話、ドキドキ生徒会室!
……会長って、こんなパンツはいてるのか……。