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バカ騒ぎしているだけではあっても、時間は刻一刻と過ぎてゆくもの。
気づけば窓からは西日が差し込んでいた。
「ふむ。今日はこれで帰るとするか」
「いつものことですけど、生徒会としての仕事、全然しませんでしたね」
「ま、いいだろう。それだけ平穏な日々ということだ」
平穏……なのかは、疑問符がつきそうだけど。
ともかく僕たちは五人並んで廊下を歩き、それぞれの学年・クラスの下駄箱へと別れて靴に履き替えたのち、昇降口を出た辺りで再び合流する。
なんだかんだと反発する部分はありながらも、結局途中までは一緒に帰ることになりそうだ。
「あれ? あの集団はなに?」
ちまきが前方を指差しながら疑問の声を飛ばす。
視線を上げてみれば、なにやら黒いスーツの集団が目に映った。
全員サングラスをかけていて、なんだかとても怪しい雰囲気だ。
「学園長もいるな」
会長の言葉どおり、その集団の中には学園長の姿も見える。
そしてその隣にもうひとり、学園長と比べるとかなり年上と思しき、ヒゲを生やした男性が並んでいた。
ヒゲの男性は周りの集団と同様サングラスをかけ、濃いグレーのスーツを身にまとっている。
「あのグレーのスーツの人、どこかで見たことない?」
「うん、僕もそう思ってた」
ちまきの言葉に肯定すると、他の三人もそれぞれ頷く。
「あれは、東京都知事の国分寺忠翁だな」
会長が静かに疑問の答えを示す。
「ああ、確かにそうですね。ニュースとかで何度も見たことがあります」
「だけど、どうしてここにいるんじゃろ?」
疑問を口にする菱餅先輩に答えたのは、今度はちまきのほうだった。
「菱餅先輩、あんたバカ? 都知事は学園長のお父さんなんですよ!」
仮にも先輩に対して、完全に上から目線で見下したように言い放つちまき。
いつもながらの怖いもの知らず。菱餅先輩だったら、まぁ、怒らせてもさほど害はないと思うけど。
この勢いだと、学園長や都知事にさえ平気で失礼なことを言いかねない。
近寄らせないように注意しておこう……。
僕がそう思っていたところなのに、会長は淡々とした口調で、
「生徒会長として、挨拶しに行っておくべきだろう」
と言ったかと思うと、学園長と都知事のほうへ向かって、さっさと歩き出していた。
「会長! 勝手に近づいていいんですか? 周りにいるのって、SPですよね?」
ただでさえ怪しい僕たち五人。
いきなり近づいていったら、問答無用で射殺……は、日本だからないと思うけど、取り押さえられてしまう結果になるのでは……。
「大丈夫だ。私には都知事との面識もある」
心配する僕に、会長はそう断言した。やはり淡々とした口調で。
ただ、その視線はずっと、前方――学園長と都知事のほうを向いたままだった。
会長、緊張してるのかな?
その僕の考えは間違いだったわけだけど。
それがわかったのは、しばらく日にちが経ったあとのことだった。
ともかく、会長は黙ったまま、都知事のいる集団へと近づいていく。
僕もそれを追い、ちまきたち三人も戸惑いながら続いてくる。
真っ先に気づいたのは、黒いスーツの集団だった。
ザッとフォーメーションを切り替えるように、大勢の男たちが綺麗にそれぞれの役割に従って動く。
都知事と僕たちのあいだに壁となるように割り込む者、都知事のそばに寄り注意を促す者、不審者である僕たちのほうに駆け寄ってくる者。
決められた役割どおりの統率の取れた動き。これが、プロというものか。
なんて感心している場合じゃない!
焦りを隠せない僕を、会長はそっと手で制する。
「私はこの神龍学園の生徒会長、華神桜蘭だ」
すでにSPたちによって完全包囲されている中、会長は落ち着き払った態度で凛とした声を響かせた。
ざわっ。
一瞬互いに声をかけ合い、どうするか思案するSPたち。そこへもうひとり、別の人物が割り込んでくる。
「下がっていいぞ。ワシに用のある客人のようだ」
そう言いながらSPたちの列を押しのけるように歩み出てきたグレースーツの男性。
東京都知事である国分寺忠翁、その人だった。
わずかに遅れて、すぐ横に学園長も並ぶ。
「お目にかかるのは初めてだったね、生徒会長の華神桜蘭くん。キミの噂はかねがね聞いているよ」
都知事は穏やかな表情で右手を伸ばしてきた。
会長も素直に右手を差し出し、握手を交わす。
「初めまして、都知事。神龍学園に、ようこそいらっしゃいました」
恭しく頭を下げ、歓迎の言葉を送る会長。
対外的な対応はしっかりできるようだ。とりあえず、ほっとする。
「ところで桜蘭くん。どうだね? この学園のトップとして、支配できる立場は」
突然の質問。
僕は都知事の言葉になんとなく嫌悪感を覚える。
でも会長は大人だった。
「べつに支配しているなどと考えてはいませんが。……悪くはないですね」
「ふっふっふ、そうだろうそうだろう」
思いどおりの返答に、都知事は笑みをこぼす。
だけど、
「……楽ですし」
「そ、そうか……」
続けられた会長の本音に、少々戸惑いを見せていた。
「ま……まぁ、今後も頑張ってくれたまえ」
「はい。言われなくても、そのつもりです」
なんだかちょっと失礼な物言い。
さっき僕が受けた嫌悪感を、会長も同じように捉えていたということだろうか?
会長らしいといえばらしいのだけど、なにか違うような気もする。
周囲に流れる、張り詰めたピリピリムード。
もしかしたら都知事を怒らせて、SPたちに取り押さえられ、僕たち全員、連れ去られてひどいことになってしまうのでは。
そんな不安すら頭をよぎる。
ちまきたちは雰囲気に呑まれ、喋るどころか、身動きひとつできない。
学園長も黙ったままだ。
それでもそばにいてくれているのは、会長がなにか失礼なことをしでかしたら、フォローするつもりがあるからだとは思うのだけど……。
「ふっ……。なかなか肝の座ったお嬢さんだな。優秀な生徒会長のようで、なによりだ。はーっはっはっは!」
都知事は、いきなり大笑いを始めた。
どうやら、僕の心配は杞憂に終わったようだ。