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「……そろそろ時間だというのに、除夜はいったい、なにをやっているんだ?」
私はこの生徒会室で、ちまきに連れていかれた除夜を、ひたすら待ち続けていた。
除夜は一向に帰ってくる気配がない。
思わず独り言が口から飛び出してしまったが、無論、誰に言ったわけでもない。
ひとりきりの生徒会室。
ここは、こんなに寂しい場所だっただろうか。
「除夜のやつ、あとでおしおき決定だな」
電話もメールも試してみたが、まったく応答がなかった。私を無視するとはいい度胸だ。
とはいえ、さすがにもう時間がない。
私はカギを閉め、生徒会室を出ることにした。
デュエルの会場が体育館で開始時間が六時半だということは除夜も知っているのだから、遅れるようなら直接向かうだろう。
そう考えていたのだが、体育館に着いても、除夜は結局現れなかった。
除夜が代理で戦うと申請してあったが、本人不在では仕方がない。急遽、私自身が出場するように変更してもらった。
生徒会長自らのデュエル。
それは今年度に入ってから初めてのこと。生徒たちの騒ぎようといったら、凄まじいものだった。
多くの人が私を応援してくれている。
菱餅としては、除夜が相手のほうがよかったに違いない。
幼い女の子にしか見えない容姿の菱餅ならば、前回同様、確実に観衆を味方につけられただろう。
だが私が相手では、分が悪い。
こう見えて、私は生徒からの人気が高い。うぬぼれではなく、それは紛れもない事実だ。
会場となる体育館では、放送部員が熱のこもった実況の声を響かせていた。
遅い時間からのスタートでは観衆が少なくなるだろう、という私の考えは完全に間違っていたことになる。
大勢の生徒が歓声を上げる中、私は体育館の中央に用意された空間へと歩いていった。
静かに会場入りしたいところだったが、私の姿を見つけるやいなや、より大きな歓声が沸き上がってしまった。
ゆっくり歩いたところで、気づかれてしまうのは仕方がないことのようだ。
そして精神体となった私は、デュエルの舞台となる擬似空間の闘技場へと足を踏み入れた。
「お姉様、よくいらっしゃいましたに~」
「菱餅、なにを企んでいる? 除夜が帰ってこないのは、お前のせいだろう?」
「はて、なんのことかにゃ~?」
「しらばっくれるか……。まぁ、すぐにデュエルだ。力づくで口を割らせてやる」
「にししし。お姉様は最近、ずっと補佐の射干玉除夜に戦わせてましたよに~? それは自信がないからに違いないと、そう考えたんだにょん。それに数ヶ月のブランクがあれば、体は完全に鈍っているはず。しばらくお姉様を観察してみましたが、とくに訓練しているような様子もなかった……。すなわち今のお姉様になら、ひーちゃんでも簡単に勝てるはずなんだじょ!」
デュエル開始のゴングと同時に、菱餅が一直線に飛び込んでくる。
体が小さいだけあって、速い。
しかし……。
「はっ!」
気合い一閃。
「ぐぎゃっ!」
『…………え~っと……』
実況も呆然とした声を漏らすのみ。
一撃だった。
たった一撃で、菱餅は地面にめり込んだ。
動けない状態になった菱餅が負けを宣言すれば、デュエルはあっさり終わる。
されど、私はそれだけで許すつもりなど毛頭なかった。
動けなくなった菱餅を、私は一方的に殴る蹴る投げ飛ばす。
みるみるうちに菱餅の頭上のヒットポイントゲージは減っていき、残るはあとわずか数ミリ。
「あ……愛のムチだじょ……。これはこれで、快……感……♪」
当の菱餅は、なにやらご満悦な様子。
「気持ち悪い!」
「ガーーーン!」
トドメの一撃。
それは蹴りによるダメージだったのか、それとも精神的ダメージだったのか。
どちらにしても、私の知ったことではない。
こうして、私はあっさりと菱餅の挑戦を退け、生徒会長の座を守ったのだった。
☆☆☆☆☆
デュエル終了後、私は菱餅に除夜のことを尋ねた。
胸倉をつかみ、壁に押しつけている状態で。
「ああ、お姉様……。デュエルの精神体だけでなく、実体のほうにも愛のムチをいただけるんですに!? ドキドキわくわくするじょ!」
などと気持ちの悪いことを言っている菱餅に、容赦なくひざ蹴りを食らわせる。
苦しみながらも恍惚の表情。やはり気持ち悪い……。
そんな菱餅のスカートのポケットから、なにかがこぼれ落ち、チャリンと音を立てた。
「む……なんだ、これは? 体育倉庫のカギ? ……なるほど、そういうことか」
一瞬で状況を悟った私は、カギを拾い、一目散で体育倉庫へと向かった。
足もとがぬかるんではいたが、雨はすでに止んでいた。
泥が跳ねるのも構わず、目的地へと一直線。
すぐに体育倉庫の前まで到着する。
スライド式の金属製のドアが立ちはだかる。南京錠がかけられているようだ。菱餅が持っていたのは、このカギに間違いない。
焦って震える指先のせいでなかなか入ってくれなかったが、どうにか気合いで押し込んでカギを回すと、ようやく南京錠は外れた。
「除夜! 大丈夫か!?」
勢いよくドアを引き開けてはみたが、体育倉庫の中は暗かった。
そうだ、ドアのすぐ横に電気のスイッチがあったはずだ。私はそれを手探りで見つけ、スイッチを入れた。
そこで目撃してしまう。
マットの上に寝っ転がっている状態で、下着姿のちまきが除夜を抱きしめているところを。
「か……会長……!? あ……あの、これは……!」
焦り声を上げる除夜と、自分の脱いだ制服で下着姿の体を隠すちまき。
「な……なんと、ハレンチな! それに、除夜は私のものだと言ったはずだろう!?」
私はツカツカとふたりに近寄り、除夜の腕を乱暴につかんで立ち上がらせる。
「なにをやっていたんだ、お前たちは!?」
「いや、疲れて寝てしまっただけで……」
「だったらどうして、ちまきは下着姿なんだ!?」
「それは、雨で制服が濡れたから……」
私の詰問に、焦りながらも答えを返す除夜。
それにしても、なんなんだ、この気持ちは!?
胸の辺りがちくちくと痛む、この不快な感じは!?
「そういえば会長、デュエルはどうなりました?」
「……勝った」
「そうですか、よかったですね! でも、行けなくてすみませんでした」
謝られたところで、私の気持ちは一向に晴れることはなかった。
☆☆☆☆☆
次の日、僕はちまきと一緒に、会長に謝罪した。
ちまきは菱餅先輩と共謀して、僕をデュエルに参加させない作戦を実行していたらしい。
エアコムが電波停止状態になっていたのは、妨害装置をちまきが持っていたからだった。
そんなこと、普通はできないはずなのに……。
というか、そんな装置が存在すること自体、問題があるのでは……。
ともあれ、装置は菱餅先輩に返してしまったあとらしく、菱餅先輩本人も口を割らなかったため、細かく確認することはできなかった。
菱餅先輩って……いったい何者なのだろう?
それに、あれから会長の様子もおかしく、僕の顔をじっと見ては、真っ赤になってうつむいたりすることが多くなったのも気になるところ。
僕はあの体育倉庫で、ちまきとふたりでマットに横になったあと、疲れて眠ってしまっていた。
会長に弁解した言葉は、紛れもない事実なのだ。
ちまきのほうも、前の日になかなか寝つけなかったようで、僕と同じタイミングで眠ってしまったのだという。
ふたりとも、会長が体育倉庫の電気を点けたことで目を覚ました。だから実際、なにもなかった。
電気が点いたせいで、暗くて見えなかったちまきの下着姿は見てしまったわけだけど。
どうでもいいけど、僕たちはどうして、電気のスイッチのことにまで頭が回らなかったのだろう。
眠気でぼーっとしてたからかな、やっぱり……。
ともかく、会長がこんな様子だと、なんだか調子が狂ってしまう。
会長はいったい、どうしちゃったんだろう?
その答えは、僕には見つけ出すことができなかった。
★★★★★
僕たちの通う神龍学園に、東京都知事が訪問してきた。
都知事は学園長の父親。
だからそれは不思議なことではないはずだけど……。
次回、第九話、都知事の訪問、そして会長は……。
……会長、なんだかちょっと、おかしくないですか……?