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デュエル当日の放課後。僕はいつものように会長と生徒会室にいた。
「こんちわ~っす!」
突然、なんだかやけに明るい声を伴って、ちまきが生徒会室へと入ってくる。
「あっ、ちまき。ここに来るのは、ちょっと久しぶりだね」
「うん……えっと、寂しかった?」
「え? べつに……」
「…………」
いきなり不機嫌にさせてしまったようだ。
「そ……それより、今日はどうしたの?」
「部外者が勝手に入ってきては困るのだが」
ちまきの機嫌がこれ以上悪くならないようにと、話題を逸らす作戦に出た僕だけど、会長が横から会話に割り込んできた。
なんというか、会長も少々不機嫌な様子。
六時半からデュエルがあるわけだし、気分的に張り詰めているだけかもしれないけど。……って、そんな繊細な人でもないか。
ともかく、その会長の言葉で、ちまきの機嫌はよりいっそう悪くなってしまった。
「いいじゃないですか、少しくらい! それに今日は、除夜ちゃんに大切な用事があるんです!」
会長を睨みつけた上、言葉でも噛みつくちまき。いつもにも増して強気だ。
相手が先輩であり生徒会長であっても関係なし。……と、それはいつものことか。
「ですから除夜ちゃんを借りていきます! いつも除夜ちゃんを独り占めしてるんですから、それくらいいいですよね?」
普段から強気ではあるけど、今日のちまきからは、なんだか気合いのようなものまで感じる。
その勢いに圧されたのだろうか、会長は素直に頷く。
「ああ……わかった。だが、今日の夕方にはデュエルがある。それまでに返してくれよ?」
ニュアンス的に「帰して」ではなく「返して」なのが、物扱いされているのを物語っている。
「わかってますよ。それじゃあ、除夜ちゃん、ちょっとついてきて」
「うん、わかった」
大切な用事ってなんだろう?
そう思いながらも、僕は頷く。とりあえず、ついていけばわかるはずだ。
「それじゃあ、行ってきます」
「ああ」
僕はこうして、生徒会室から連れ出された。
☆☆☆☆☆
ちまきは、黙って僕の前を歩く。どうやら下駄箱に向かっているようだ。
とすると、目的地は外。
でも、外は雨が降っているようだった。薄暗いとは思っていたけど、いつの間に降り出したのだろうか。
考えてみたら、僕は傘を持ってきていない。
天気予報では降水確率が低かったのに……。ちまきも見る限り、傘を持っているようには思えなかった。
ちまきはひと言も喋ることなく、黙々と靴に履き替え、出口へと歩いていく。僕もそれに続く。
雨の勢いは思った以上に激しい。
そんなことはお構いなしに、ちまきはそのまま外へと身を躍らせた。
雨粒が容赦なくちまきの全身を襲う。
「ちまき、濡れちゃうよ? 僕も傘は持ってきてないけど、なにか代わりのものとか、誰かに借りるとか……」
「いいから、早くついてきて」
問答無用でピシャリと僕の言葉を遮る。
逆らったらあとが怖い。それは幼馴染みで長いつき合いの僕にはよくわかっている。ここは素直に従うしかない。
黙って歩き出すちまきを追いかけ、僕も雨の中に飛び出した。
☆☆☆☆☆
ちまきの目的地は、校庭の一角にある体育倉庫だった。
雨が激しいためか、校庭には部活動をしている生徒の姿もほとんど見当たらない。
「ねえ、ちまき。こんなところに連れてきて、どうしたの? それに、雨に濡れて寒くない? 僕、寒いんだけど……」
「いいから、入ってきて」
「うん……それじゃあ、お邪魔します……」
体育倉庫に入るだけなのに、なんとなくそんな言葉をこぼしながら、ちまきの背中を追う。
微かにカビ臭い体育倉庫。
雨雲が空を覆い尽くしているため、薄暗いを通り越して、かなりの暗さと言ってもいい。
その体育倉庫の一番奥まで歩み進んだちまきは、ゆっくりと僕のほうへと振り向いた。
激しい雨に濡れながら、この体育倉庫まで来た僕たち。
僕はまぁいいとして、ちまきはこれでも一応女の子なのだから、問題があるんじゃないだろうか?
暗いからよく見えはしないけど、ブレザーの下のブラウスだって濡れているに違いない。とすると、下着が透けていたりとかも……。
僕のほうは、ちまきが相手ならべつに変な気分になんてならないと思うけど、ちまきは恥ずかしくないのかな……。
と、そのとき。
金属製のドアが大きな音を立てる。
スライドさせるタイプのそのドアが、突然、閉まったのだ。
「あっ……!」
僕は振り返ってドアのほうに視線を向ける。
ドアは完全に閉まっていた。
さらにはガチャガチャと音がして、続けて足音が響く。
足音は雨の中だというのに駆け足で遠ざかっていたようだった。
あまりにも唐突で、しかも一瞬のことだったため、すぐに反応できなかったけど。
これってもしかして……。
僕は今さらながらにドアまで駆け寄り、横に引いて開けようと試みる。
思ったとおり、びくともしない。
カギをかけられ、体育倉庫の中に閉じ込められてしまったのだ!
倉庫の奥には明り取りの窓があるものの、高い位置にある上、サイズ的にも小さいため、人が出入りできるような余裕はない。
真っ暗ではないにしても、いっそう暗くなってしまった体育倉庫内。
そこに今、僕とちまきは、ふたりきりで閉じ込められてしまった。
「そうだ、エアコムで会長に連絡すれば……」
僕はエアコムのウィンドウを開く。
だけど……。
「え? 電波停止中???」
どういうことだろう?
そんな連絡、なかったと思うけど……。
エアコムは現在、生活にも直結しているツールとなっている。
そのため、ギャラクシーのシステム側でメンテナンスする場合などには、問題にならないよう機能ごとに行われるし、一週間以上前に告知することも徹底されているはずだ。
僕はそんな告知なんて、まったく聞いていなかった。それなのに、停止中だなんて。
いったいこれは、どうなっているのだろうか……?
「ちまき、どうしよう?」
慌てている僕とは対照的に、ちまきは落ち着いていた。
いつもだったら、僕より先にパニックになっていてもおかしくないのに。
「除夜ちゃん……。ゆっくり、お話できるよ」
慌てても仕方がない。そう言いたいのだろう。
ちまきの穏やかな口調で、僕も少しは頭を冷やすことができた。
「……そういえば、最近はあまり話してなかったね」
こちらから連絡できなくたって、きっと会長が探してくれるはずだ。今日はデュエルも予定されているのだから。
せっかくだから今は、久しぶりに訪れたふたりきりでの会話の時間を大切にしよう。
僕はそう考えた。
畳まれた状態で置いてあったマットに、僕は腰を下ろす。
そのすぐ横に、ちまきも座った。
「最近のちまき、朝一緒に登校してても、ほとんど喋らないよね。下校のときは、いないことも多いし」
そう言うと、ちまきは彼女らしくなく、両手を体の前辺りで組んで、なんだかもじもじし始めた。
「それは……その……」
「どうしたの?」
恥ずかしがっているのはわかった。
とはいえ、不思議とそれほど嫌がっているようにも思えなかった。
それならばと、僕はしつこく聞き出してみることにしたのだけど。
ちまきは意外とあっさり白状してくれた。
「実はね、会長さんのことでイライラして、食べ過ぎちゃったの。おなかがポッコリだったのよ……。だからダイエット成功するまで、おなかを見られたくなかったの。まだ完全にダイエットできてはいないけど……」
「そうだったんだ……。でも、ここ数日はちょっとご無沙汰だったけど、生徒会室には結構顔を出したりしてたよね?」
「そ……そりゃあ、少しだけでもいいから除夜ちゃんには会いたいし……」(ぼそぼそ)
僕の質問に、ちまきはなにやらぼそぼそと小声で言い始めた。
よく聞こえなかったけど……。
「え? なに?」
「いや、えっと、その、生徒会室なら椅子に座っちゃえば、おなかを見られたりしないから! だからよ、うん!」
「ふ~ん? そんなの気にすることないのに」
「除夜ちゃん……」
頬を染めるちまき。
そして……。
「あ……雨に濡れたから……制服、脱ぐわね……」
「え……ええええっ!? いきなり、なに言ってるの!? 露出狂!?」
「ちゃうわ! と……とにかく、脱ぐから……。あ……でも、こっちは見ないでね……」
「うん……」
しゅるしゅると衣擦れの音が暗い体育倉庫に響く。
その音を聞く限り、どうやらブレザーだけではなく、下に着ているブラウスも、さらにはスカートまでも脱いでいるように思えた。
……ってことは、今のちまきってもしかして、下着姿……?
衣擦れの音が聞こえなくなると、今度は、ぴちゃっ、とか、ぴちゅっ、とか、そういった感じの水音が微かに響き始めた。
体育倉庫の雨漏りの音……というわけではない。
音は僕のすぐそばから聞こえていた。
暗くてよくは見えないけど、ちまきの癖が出て、ひと房だけ伸ばしている前髪をくわえて吸っている音なのだろう。
暗がりでぴちゃぴちゃと音がしているのは、なんだかちょっと、エロいかも……。
下着姿と思われるちまきがすぐ横にいるという状況も相まってか、僕は必要以上に意識してしまう。
外の雨音が、やけに大きく響く。
「寒い……」
「そりゃ、脱いだのなら当たり前……」
「人肌で、温めて……」
「え……ええええっ!?」
「暖を取るには、それが一番いいのよ……」
「いや、そうかもしれないけど……。それだと、その……僕も脱いだほうが、いいのかな……?」
「エッチ……」
「あ、で、でも、それは恥ずかしいから、やめておこう!」
「うん……」
暗いからお互いの顔なんて見えない。
だけど、おそらく僕もちまきも、茹でダコよりも真っ赤になっているに違いない。
ドキドキと脈打つ鼓動は、僕のものか、それともすぐそばに寄り添うちまきのものか。
なんだかもう、頭もぼーっとしてきて、なにも考えられない。
ちまきのほのかな甘い匂いに包まれながら、僕たちふたりはマットの上に倒れ込んだ。