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菱餅先輩からのデュエル申請の報告が、僕と会長のエアコムに送信されてきた。
申請されたのは今日の昼休みの終わり。デュエルの日程は一週間後となっていた。
その他に特記事項もある。
どうやら申請した菱餅先輩のほうから、時間も指定されているようだ。
「今回は時間指定か。菱餅のやつ、なにか企んでるな」
会長がつぶやく。
その顔は言葉とは裏腹に穏やかだ。菱餅先輩相手に、負けるはずはないと考えているのだろう。
もっとも、戦うのは僕の役目になると思うのだけど。
それにしても、なぜ菱餅先輩はこんな時間を指定してきたのか?
指定された時間は夕方六時半。そろそろ七月になるとはいえ、薄暗くなり始める時刻だ。
晴れていればまだ夕焼けに照らされていて明るいかもしれないけど、その時間に集まるというだけで実際のデュエル開始はもう少し遅くにずれ込むと予想される。
とすると、日が落ちてからの戦いになる可能性も高い。
さらには、時間と同様、場所も指定されていた。
「場所は体育館か。校庭では暗くなってしまう時間だろうし、そのほうが無難と判断したようだな」
会長はデータに目を通し、そう分析する。
なるほど、それも一理ある。
ただ、デュエル時に展開される擬似空間は、周囲がどんなに暗くても視認できるようになっているはずだ。
校庭でもなんら問題はない気がする。
それなのに菱餅先輩は、体育館を選び、遅めの開始時間を指定してきた……。
僕はなにか引っかかる感じを覚えた。
すでに放課後となっていたけど、今日もちまきはこの生徒会室に顔を出していない。
昼休みにちまきと菱餅先輩がこそこそと話していたのを目撃したことが思い出される。
「それにしても、せっかくのイベントだというのに、こんな遅い時間からでは観衆が少なくなりそうだな。盛り上がりに欠けそうで残念だ」
「……べつに僕たちが楽しむようなイベントでもないですよ。負けたら会長の座から引きずり下ろされるわけですし」
楽観的な会長に、僕はため息まじりで進言する。
「ま、今回も頼むぞ、除夜」
「はいはい、わかってます」
すでに覚悟の上ではあったけど、やっぱり今回も僕が戦うことになるようだ。
前回の戦いでは、デュエルには勝ったものの悪者にされてしまった感があった。
ともあれ、はっきり言って菱餅先輩は弱い。
小さな体で体力もなく、なおかつ運動音痴で、会長から聞く限り成績もかなり悪いらしい。
もちろん、デュエル時の精神体の能力に影響を与えるのは、運動能力と学習能力だけではないのだけど。
たとえそうだとしても、重要な要素となっているのは確かだろう。
だから、菱餅先輩は弱い。とてつもなく、弱い。
前回、連続したパンチの中でみぞおちに重い打撃を加えられてしまったのは、僕が完全に油断していたからだ。
そういった卑怯な手段も使ってくると知っている以上、同じ手は通用しない。それは菱餅先輩にだってわかっていると思われる。
それなのに再挑戦してくるからには、勝つための秘訣や作戦なんかを準備していると考えて間違いない。
確実に勝てる、とまで言えるかどうかはわからないけど、警戒しておくに越したことはない。
なにせ生徒会戦挙は、負けたら生徒会長が交代するという、非常に重要な戦いなのだから。
こちら側からしてみれば、勝てば生徒会長を続けられるという利点しかない戦い。
すなわち勝って現状維持。デュエルを受けるメリットなど、まったくないと言っていい。
とはいえ、生徒会戦挙のデュエル申請があった場合、拒否はできない決まりになっている。
嫌々だったとしても、戦う以外に選択肢はないのだ。
「除夜、どうした? 自信がないのか?」
僕が考え込んでいるのを見て取ったのだろう、会長が声をかけてきた。
会長としては、すべてを僕に委ねていることになる。僕が負けたら、生徒会長の座から退かなくてはならないのだから。
そうだ。僕が弱気になっていてはダメだ。
だいたい、相手が菱餅先輩なら一度戦っているわけだし、僕としても安心して相手にできる。
「いえ、大丈夫です。なにを考えて再挑戦なんてしてきたのか知りませんけど、菱餅先輩の攻撃の特徴は前回のデュエルでおおよそわかってますから、楽勝ですよ! ……たぶん」
最後に弱気が出てしまったものの、僕の発言に会長は満足そうな頷きを返してくれた。
「ふむ。頑張れよ、除夜。くれぐれも当日、体調を崩したりなんてしないようにな」
「はい」
会長、僕の体調まで気遣ってくれて……。
じーんと胸が熱くなる。
「お前がいなかったら、私が自ら戦うしかなくなる。それは面倒だからな」
……そうだった。会長はこういう人だった。
真面目そうで凛々しい綺麗な顔立ちをしていて、穏やかで温かい声だから、キラキラした瞳で見つめられながら言葉をかけられると、ついつい勘違いしてしまう。
だけど……。
おそらく、僕の身を案じてくれているのは本当だ。
恥ずかしいからこんな言い方をしているけど、会長の言葉には温かさが感じられた。
だからこそ信じてしまう、という部分もあるのだろう。
そしてそれは、僕だけではない。他の生徒たちも同じなのだ。
いきなり突拍子もないことを言い出して実行に移してしまう、自分勝手で傍若無人な会長だけど、意外にもみんな、慕っているように思える。
生徒会戦挙のデュエルで勝てば、いつでも会長の座から引きずり下ろすことができる。
にもかかわらず、デュエルを申請する人は、思いのほか少ない。
最初に戦った総合格闘技部の部長さんが、どういう理由でデュエルを申請したのかは知らないけど。
前回の菱餅先輩の場合は、会長の不信任ではなく先輩にとって僕の存在が邪魔だから、という理由だった。
今回も前回同様、自分が生徒会長となって、会長を補佐にする狙いでの再挑戦なのだろう。
とすると、会長が会長でいることを不満に思っている生徒なんて、この学園には誰もいないのかもしれない。
無理矢理補佐に任命されて、いろいろと雑用までやらされている僕にしたって、今の生活にさほど不満があるわけじゃないし。
やりたい放題できる生徒会長という役職。それは考えてみれば、すべてが自分の責任になるということでもある。
会長自身はそんなことをまったく感じさせないけど、相当な重圧があるはずだ。
それでも生徒会長を続けている。
楽をしたい、なんて言ってはいたけど、実際、言うほど楽ではないはずなのだ。
なんだかんだ言っても、人望が厚い人なのは確かなのだろう。だから、みんなついていく。
菱餅先輩や心見先輩にしたって、会長に好意を寄せているのは、会長の内面的な魅力に惹かれた結果だとも言える。
僕は……会長の補佐になって、よかったのかもしれない。
ふっと、頬が緩む。
「ん? どうした? いきなりニヤけて、気持ち悪いな。それより洗濯物が溜まってるから、早めに洗濯しておけよ? それと生徒会室の掃除もな」
僕は……会長の補佐になって、よかった……のかな……?
思いは揺らぐ。
でも、
「はい、わかりました」
素直に従う自分がいた。
……ヤバい。もしかして僕って、心見先輩と同じように、会長に調教されて飼い慣らされている状態なのかも……?
恐ろしい考えが頭をよぎったけど、僕はそれを振り払って、生徒会室に散らばっている会長の洗濯物を拾い集めるのだった。