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「端午の節句が近いな!」
「……そうですね」
生徒会室にて。
会長が目をキラキラさせながら上機嫌でこんなふうに叫ぶのは、決まってなにか思いついたときなわけで。
嫌な予感しかしない僕は、適当な受け答えで流そうとしたのだけど。言うまでもなく、そんなのは無駄な抵抗というもの。
「男性の祭りだが、ここはせっかくだから全校で祝おうじゃないか!」
「……やっぱり……」
お祭り騒ぎ大好き人間なのだろうか、この会長は。
なのだろうか、というよりも、なのだろうな、と確信できるけど。
「巨大な鯉のぼりを飾るぞ!」
「はぁ……」
「もちろん、鎧兜も用意するからな! いやぁ、忙しくなるな~!」
会長の瞳のキラキラ度合いは、これまでに見たことのないほどのきらびやかさを秘めていた。
どうでもいいけど、輝きすぎだろう。
そのうち、レーザービームでも飛び出しそうだ。
「レーザービームくらい、今でも出せるぞ?」
「ええっ!? マジですか!? っていうか、あなたは人間ですか!?」
驚き桃の木山椒の木。
「……いや、さすがに冗談だぞ?」
「そ……そりゃあ、そうですよね! あははは……」
しまった。
会長ならレーザーくらい出せてもおかしくない、なんて考えてしまった不良品的思考回路は、早急に改めなくては……。
いつの間に僕はこんな常識のない人間になってしまったのだろうか。
原因は会長本人だと、わかりきってはいるけど。
ともかく、会長がここまで乗り気になっているのだから、端午の節句イベントを開催する方向で進んでいくのは決定事項と思って間違いない。
会長がお祭り騒ぎ大好き人間だというのは、確信を通り越して、確定、さらには必然へと昇華。もはや自然の摂理と表現してもいいかもしれないな。
「ま、いいじゃない。授業がサボれるなら、なんでもいいわ!」
「……おい、お前。なんでここにいる?」
平然と会話に加わってきたのは、当然ながらちまき。
ついさっきまで、いなかったような気がするのだけど……。
「細かいことは気にしちゃダ~メ♪」
「気にするぞ。出ていけ!」
「嫌です!」
ちまきは、頑として居座るつもりらしい。
さほど広くない生徒会室ではあるけど、人がひとり増えたくらいなら大して変わらないだろう。
そう思った僕が馬鹿だった。
「バカ者! ここは私と除夜の愛の巣だ。部外者が入ってくるのは断固拒否する!」
「ちょっと会長、愛の巣ってなんですか!?」
「そうよ! っていうか会長さん、こんなところに除夜ちゃんを拉致監禁するなんて、犯罪ですよ犯罪!」
「お前こそ犯罪だろう! その存在自体が!」
「あたしのなにが犯罪だって言うんですか!?」
「騒音公害だバカたれ! 生徒会室では大声厳禁だ!」
「会長、あなたは人のことをとやかく言えません!」
どうやらちまきの場合、ひとり増えただけで騒音レベルは数倍にも膨れ上がるようだ。
数十秒後。
隣の家庭科室で部活動中だった家庭部の女子生徒たちが「うるさい!」と言って怒鳴り込んできて、僕たち(会長含む)は平謝りする結果となるのだった。
☆☆☆☆☆
「ふぅ……。ちまきのせいで、大変な目に遭ったよ」
家庭部の部長さんたちへの謝罪を終えて生徒会室に戻るなり、僕はぼやき声をこぼす。
「ちょっと、あたしのせいだって言うの!?」
「怒鳴っちゃダメだってば。だいたいどうして、ちまきが生徒会室に来るのさ?」
「あたしなりに考えたのよ。会長には、事故みたいなものとはいえ、一歩先に行かれちゃったし。もっと頑張らないとって」
「どういうこと?」
「……ふぅ……。なんでもないわよ、この鈍感」
「???」
ちまきの言いたいことはまったくわからなかったけど、とりあえずこの話はここまで、と目で語っているので、これ以上とやかく言わないことにした。
「えっと……それで、なんの話でしたっけ?」
「端午の節句だな」
「ああ、そうでした」
ここでようやく話の軌道修正を達成する。
脱線が多すぎるのも自然の摂理ってことで、仕方がない事象なのだ。
「イベントっていいわよね、授業を潰せるし!」
そうそう、こうやってちまきが会話に割り込んできたせいで、脱線してしまったんだっけ。
今度こそしっかり車線を守れるよう、ちまきの言葉は無視するとして。
「端午の節句ってことは、こどもの日ですよね?」
「ああ、そうだ。……なんだ、除夜。高校生はもう子供ではないとでも言いたいのか?」
僕の指摘に、会長は少々不機嫌そうな顔で言い返してくる。
自分の意見が通らないと機嫌が悪くなる会長は、まさしく子供と言えるのかもしれないけど。
「いえ、そうではなくて……」
「だったら、なんだと言うのだ? はっきり言え!」
「え~っと、こどもの日って祝日ですよ? 休みの日に学校行事イベントを開くんですか?」
…………沈黙。
「し……しまった、盲点だった!」
うわっ、気づいてなかったのか、この人!
生徒会長がこれでは、先行き不安だ……。
「そそそそそうよ、祝日なのよ! かかかか会長さん、そそそそんなことも気づかなかったんですかっ!? バババババカなんじゃないですかっ!?」
そしてここにも、気づいていなかったらしき人物がもうひとり。
こんなにも明確にどもるというのも、珍しいを通り越してある意味すごい気がする。
僕の周りって、どうしてこう、間の抜けた人間しかいないのだろうか。
……一瞬「類は友を呼ぶ」などという言葉が頭をかすめたけど、僕はそれをすっぱりと振り払った。